#094 始業式(年中)
全園集会では前から年少、年中、年長と学年順、そして各学年1組から順に、横一列――舞台に対して平行になるように並ぶ。
しかし年少さんはまだ入園していないため、一番前は年中一組。
全クラスの中で一番並び終えるのが遅かったうさぎ組は、他の在園児たちの視線を集めながら、一番最後に体育館へと入場した。
そんな中。
年中ではいち早く入場していたひつじ組。
そのうちの一人である女の子は、お目当ての男の子が早くやってこないかと首を長くして待っていたが――
(まーくんがとおい……)
遠目ながら姿を見ることはできた。
しかし残念ながら、彼は列の最後尾にいる。
名簿順的にちょうど真ん中あたりに位置する彼女の目の前を通過してくれることもなく腰を下ろした。
だから彼女は考える。
どうすれば彼に接触できるタイミングが作れるかを。
すれ違うだけでもいい。
その姿を間近で見るために自分ができることを。
(うさぎぐみのあとにはいればいい……?)
彼が先に並んでいれば、ひつじ組が入ってくるときにすれ違える。
だから――
(……うさぎぐみがんばる)
うさぎ組が早く並んでくれるよう応援する。
ここで自分たちが並ぶのを遅くすれば良いとは考えないのは、単純にそこまで頭が回らなかったからなのか、それとも彼に情けない姿を見せないようにしたいという乙女心なのかはわからない。
彼女はちらちらと見える彼の背中を懸命に目で追う。
違うクラスになり違う列に並んだことで、視界を遮るものが少なくなった。
全園集会の時間だけは、年少の時よりもちょっとだけ状況が良くなっていた。
◇◇◇
『それでは始業式を始めます』
子どもたちが静かになるのを待ち、進行役の先生が始まりを告げる。
『皆さん、年中さんは年長さんに、そして年少さんは年中さんに進級おめでとうございます――』
うさぎ組の最後尾の男の子三人は、力なき目で舞台上へと視線を固定し、心ここにあらずといった様子で園長先生の話を聞いていた。
念のために言っておくと表情がアレなだけで、彼らはちゃんと話は聞いている。
後から園長先生がどんなことを言っていたかを聞けば、ちゃんと答えられる。
正面から彼らを見れば、話がつまらないのではないかと心が折れてしまいそうになるが、端っこでかつ最前列にいるため視界に入りづらい。園長先生が彼らの方へと顔を動かす頻度が少ない気がするのは気のせいだろう。
園長先生の話が終わると、続いて来賓の挨拶。
(よくもまぁ、こういう話を用意できるよなぁ……)
”言いたいことは漏れなく簡潔に”が基本であったマコトにとって、いまいちこの時間に意味を見出すことができずにいたりする。
ただ生きた時間が短い子どもたちにとっては新鮮なものであり、人生の道しるべになる……かもしれない。思いもよらないところでこの経験が生きてくることもあるのだろう、と自分に言い聞かせる。
(例えば……、結婚式のスピーチとか……?)
大学時代、友人の結婚式に呼ばれた記憶を呼び起こす。
新郎のバイト先の店長が、中身のない長ったらしい話をしていた。
(偉い人って語りたがるのかな……)
成功した経験を誰かに伝えたいということなのであろう。
(それなら自伝でも書いてくれたらいいのに……)
マコトが明後日の方向に意識を取られていると、いつの間にか話は終わっており、新しく赴任してきた職員の紹介も終わっていた。
そして新年長の代表の男の子と女の子がそれぞれ今年度の目標を発表すると、いよいよお待ちかね。
『――続いて、みなさんのクラスを担当する先生を発表します』
その言葉で子どもたちがざわつき始める。
自分のクラスにどの先生が付くことになるのか、興味津々といった様子だ。
「(まことはだれがいい?)」
隣で静かに座っていたユウマがマコトに問う。
マコトはすぐに答えず、おしゃべりをする子どもたちが多い状況に対する先生たちの反応を見る。
鎮めることなく年長組の発表を始め、うるさくなりすぎなければ見逃すのだろうと判断して。
「(ん~、ユウマはどの先生だと嬉しい?)」
「(りこせんせいがすき!)」
「(そっか……、じゃあ僕もリコ先生がいいかな)」
しれっと告白をするユウマであったが、幼稚園児の言う”好き”を真に受けてはならない。でなければばら組は修羅場となっていただろう。
「(こたろうは?)」
「(……りこせんせい)」
「(いっしょだね!)」
マコトを挟み会話をする二人。
優しいリコ先生は人気者のようだった。
そんな彼らに現実を告げるように年中組の発表が始まる。
『続きまして年中』
舞台上に並んでいた先生たちが捌けていく。
『うさぎ組、担任――坂柳愛衣先生』
アイ先生は名前を呼ばれ、返事とともに子どもたちに笑顔を見せながら舞台に上がっていく。
そして隣で隠すことなく落ち込むユウマ。
コタロウも目に見えてではないが、内心は似たようなものだった。
(残酷だ……)
マコトは同情した。
リコ先生を願ったユウマとコタロウにではなく、素直な子どもたちから喜びと悲しみの声が聞こえてしまう先生方に。
『副担任――香坂成子先生』
陽ノ森幼稚園の誇るベテランの一人は、余裕のある笑みを浮かべながら舞台に上がった。
(さて、ひつじ組は……)
マコトとしてはうさぎ組の発表よりもこちらの方が気になるようで。
『ひつじ組担任――永田璃子先生。副担任――宮永晴香先生』
(ひとまず安心かな……)
変わらず優しそうなリコ先生が舞台に上がっていく姿を見て、マコトは胸をなでおろす。
馴染みのない先生にスズカを任せることに不安がなかったわけではない。
彼もなんだかんだで過保護であった。
『きりん組担任――岡崎利佳子先生、副担任――浪川勇吾先生』
ローズレンジャーを率いる先生も決まり、最後にまだ見ぬ年少組の担任が発表され、始業式は終わりを告げた。
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