#088 四月一日
春休みも折り返し、年度が変わった初日も初日。
吉倉家の長男ユウマは、いつもなら無防備な寝顔をさらしているはずの時間帯にもかかわらず、タブレットを片手にソファでリラックス中の母ナナミの周りをうろちょろとしていた。
それも仕方のないことだろう。
四月一日はユウマの四歳の誕生日。
午前中は家族から祝われ、誕生日プレゼントを貰ったばかりだ。
両親からのプレゼントは九つのパッドタイプのロールアップドラム。
吉倉家の地下にある本物と比べればおもちゃ同然ではあるが、四歳の子どもへの贈り物としては十分だろう。父の真似事ができるとあって、早速お気に入りのおもちゃとなっていた。
しかし現在、貰ったばかりの新しい遊び道具は絶賛放置中。
テンションが上がって昼寝ができないのはまだしも、つい午前中に貰ったばかりのプレゼントに見向きもしていなかった。
そしてそれもまた、仕方のないことだろう。
「おかーさん、まだ~?」
「まだまだよ~」
昼食を終えてからというもの、同じような質問を繰り返す我が子にナナミの返事もぞんざいになる。
楽しみにしているのはわかるが、急いだところで時間が早く進むことはない。それを説いたところで、四歳の息子が落ち着くとも思えない。
お誕生日会。
大好きなお友達を呼ぶということもあって、ユウマのテンションも爆上がり中だ。
しかしながら、ナナミには心配事があった。
「ちゃんとお昼寝しないと、お誕生日会の途中で眠くなっちゃうよ?」
「だいじょうぶ! もうよんさいになったから!」
説得力が皆無のその言い分に、ナナミは苦笑いを浮かべる。
午前中からのはしゃぎようを見ていると、お誕生日会が終わるまで体力が持つようには思えない。途中で目をこすり始めるのは容易に想像できる。下手をすれば、寝ると同時にお誕生日会が始まりかねない。
(さすがに主役がお眠なのは、来てくれるお友達に申し訳ないのよね……)
予定では十五時から十五時半の間にやってくる。
それまで残り二時間弱。そろそろひと眠りしておきたいところだ。
「ゆうくん寝ちゃってもお母さん起こさないよ?」
「ねないからだいじょうぶ! よんさいだもん!」
ユウマは同級生に比べて誕生日が遅い。それこそ丸一年近く誕生日が違う子もクラスにいる。
体の発育は遅く、運動は嫌いではないが同級生には勝てない。かけっこは後ろから数えたほうが圧倒的に早い。
年齢にはある意味敏感なお年頃。
仲の良い友人たちが一足先にお兄さんお姉さんになっていく姿を見てきて、ようやく同級生と同い年に追いついた彼にとっては、どんな言葉も四歳になったという事実の前には無意味のようだ。
だがナナミには最終手段がある。
ファンクラブ会員であるナナミには。
「マコトくんも今頃お昼寝してると思うよ?」
「……」
その一言で、神妙な面持ちで考え込み出すユウマ。
同級生にしてユウマが一番慕っているお友達。もちろんお誕生日会にも呼んでいる。呼びたいお友達の名前として真っ先に出てきた。
物知りで優しくて運動も得意。格好つけるわけでもなく自然体で落ち着いた、年齢にそぐわないその雰囲気に、彼のようになりたいと思うクラスメイトも少なくない。
ユウマもその一人だ。
ユウマにとってマコトは、仲の良いお友達であるとともに目標にしているお友達でもあった。
そんなマコトくんがやっているのであれば、ユウマにとってはやらない理由がない。
「マコトくんが前に言ってたな~。寝る子は育つ、って……。お昼寝大切だ、って……」
「……」
マコトが本当にその言葉を口にしたかどうかはわからないが、この際真実は重要ではない。それが子育て。
それにマコトは実際によく寝る。
天使な幼馴染とのお昼寝タイムは習慣となっているし、睡眠が重要だということは身をもって知っている。
年中さんになると幼稚園でお昼寝の時間がなくなることに、一人不安になっているくらいだ。周りに気を使ったり元気なお友達の相手をするのは、思っている以上に体力を持っていかれる。
そんな彼の事情は置いといて。
「……ねる!」
頭の中でどのような会議が行われていたのかはわからないが、結論は出たようだ。
すでに用意してあった布団へともぐりこみ、しばらくすると寝息をたて始める。
(ほんとマコトくん様様ね……)
ナナミはこの場にいない功労者へと感謝の念を送る。
幼稚園に通い始めたころは体が弱く、ひと月の出席日数は片手で数えられるほど。入園前から面識のあったシホも、幼稚園で仲の良い友人を作り、遠い存在になりかけていた。体調が良い日でも、幼稚園に行くのが嫌で嫌で仕方なく、泣きじゃくる事も少なくなかった。
そんなユウマが自ら幼稚園に行きたいと言い出すようになるきっかけとなったマコト、そして仲良くしてくれる友人たちには感謝してもしきれない。
ユウマにかかりっぱなしで仕事も家事も中途半端になり、軽い赤ちゃん返りをしていた姉に手を焼かされていた一年前までが、今では懐かしい思い出となっている。
母である自分よりも、同級生である彼の言うことのほうが素直に聞くあたり、多少思うところがないわけではないが……
「さて……、そろそろおもてなしの準備をしなきゃね……」
寝静まった小さな息子を起こさないよう、お誕生日会の準備を始めるナナミ。
その寝顔が、数時間後には笑顔であふれるように。
そして、少しでも楽しんでもらえるように。
読んでいただきありがとうございます。
次回は始業式…の予定
ドキドキのクラス発表…の予定




