#087 ばら組の最後
年少最後の給食を終えると、午後はレクリエーションの時間。
ばら組として遊ぶ最後の時間だ。
何をして遊ぶかはすでに先生たちの中では決まっているようで、僕たちは泥だらけになっても良いように体操服に着替えてお外へ。
他の年少クラスでは教室で椅子取りゲームや紙芝居、年中クラスではボール遊びや縄跳びをしている姿が見える。
そんな他クラスを尻目に、ばら組は運動場の隅っこをトコトコと移動しながら目的地へと向かう。
「最後はばら組のみんなでお砂場で遊びましょう!」
「「「はーーーい!」」」
手を上げ元気な返事と共に、子どもたちは我先にと砂場へと飛び込んでいく。
「まことー! すごいのつくって!」
「きょうはころころできる?」
「じゃあおだんごつくる!」
「おみずちょーだい!」
「おれもほしい!」
「いっしょにやろ?」
「うん!」
どうやら皆”泥団子コースター”をご所望のようだ。
冬の間は水が冷たくて泥を洗い流す必要が出てくる遊びがご無沙汰だったからね。ここ最近は暖かくなってきてまた遊ぶようにはなったけど。
「まーくん、おだんごはまかせて」
「えっ、うん……」
見渡せば誰一人として砂山を作ろうとせず、バケツに汲んだ水に手を浸して泥団子を真剣な表情で作っていく子どもたち。
「みんなで一緒に作ろうよ……」
最後の思い出作り的な時間なのに、何が悲しくて一人砂山を盛らねばならないのか。
皆が各々泥団子を作っているのは、まとまりがあるのかないのか疑問を抱かずにはいられない。
「ジュン、たまには手伝って」
「お! よんだか?」
とりあえず作るものは作らねばならない。
いや作る義務はないんだろうけど、ばら組のみんなは嫌いじゃない。一年間同じ教室で過ごした友人たちの期待には応えたい。
「あのあたりから土をかき集めてくれ。掘るの得意でしょ?」
「まかせろ!!」
スコップとバケツを渡し、砂場の隅っこへと移動するジュン。
掘るのが得意なのは、農業体験の時に確認している。
「ふん!」
スコップをざくざくと突き立て、掘り返した土はバケツへと入れられる。
体力お化けのジュンの手に掛かれば、一人で資材発掘は事足りそうな勢いだった。
あとは山盛る係を。
「ローズレンジャー集合~」
決して大きくない僕の呼びかけに、待ってましたと駆け寄ってくる五人の子どもたち。
「ろーずれっど!」
「ろーずぶるー!」
「ろーずぴんく!」
「ろーずるーじゅ!」
「ろーずくりむじょん!」
「「「「「さんじょう!!」」」」」
構え構えとちょっかいを掛けて来るジュンの壁……じゃなくて遊び相手として結成した元気っ子グループ。ヒロ、タクヤ、サヤ、ミキ、マサノリはそれぞれ好き勝手なポーズを決めながら僕の前に並んだ。
「ぼす! よんだか!」
「うん、呼んだ呼んだ。最後の任務があるんだけどやる?」
「にんむ!」
「やるぅ!」
「わるいやつはせーばい!」
すでに泥だらけの手を握りしめるばら組戦士。
「えっとね……、……悪い奴が来て砂場に作ったお山を吹っ飛ばしちゃったんだ。もちろん悪い奴をやっつけなきゃいけないんだけど、その前に山を復活させたいんだ。今ジュンが土をかき集めているから、その土ででっかいお山を作って欲しい。あの陽王山に負けないような山を」
「「「「「らじゃー!」」」」」
ぎゃーぎゃーとやかましく騒ぎながら、ジュンにバケツを渡して土を詰めてもらい、砂場の中央にバケツをひっくり返す。
ある程度盛ったら、頂上をバケツの底で平らに均し、如雨露で水を掛けてはパンパンと表面を叩いて固めていき、再び土を盛る。
ジュンには敵わないまでも、ばら組ではトップクラスの体力を持つ彼ら。
次第にジュンの掘るスピードがローズレンジャーに追いつかなくなりそうだった。
「ジュン」
「なんだ!?」
「負けてんぞ」
「なにっ!?」
その一言で、土を掘るスピードが早くなる。
だがさすがに五人を相手にするのは厳しいので。
「ハヤト、リュウ、土掘るの手伝って欲しい」
「いいよ!」
「すこっぷする」
泥団子を作るのに飽きている子どもたち、その中で土を堀るのが好きな二人を招集。
これで山づくりの方は良さそうだ。山を盛る方が面白そうと思ったのか、そちらにも三人が参画している。
ほっといても立派な山が出来そうなので、僕はスズカの元へ。
しほちゃんとユウマと仲良く泥団子を作る。
すでに何個かは乾燥段階に入っており、砂場の外枠の上に泥団子が並んでいた。
「たくさんできたよ!」
「おっ、すごいすごい」
泥だらけになりながら、しほちゃんが泥団子にふーふーと息を吹きかける。早く乾燥させたいのは分かるが、残念ながら幼女の肺活量では効果はいまひとつのようだ。
「まーくん、これあげる。きれいにできた」
「ありがとすーちゃん、大切にするね」
スズカが会心の出来の泥団子をくれた。
どうしよう、家に持って帰って飾った方が良いのかな。
泥団子を作り終えた子どもたちは、次々と砂山作りへと参加していく。
「……ねぇ、そろそろ止めない?」
「まだいけるよ!」
「せんせーだっこ!」
「はいはい、ちょっと待ってね~。よっと……」
最初と打って変わって、ばら組が一致団結して作った山は、とうとう僕の目線を超える高さにまでなっていた。
周りで見ている先生方も本気モードのようで、バケツを持った子どもをクレーンゲームのごとく抱え上げ手伝っている。
どれだけの土を盛ったんだと、その資材の出所を見ると。
「ジュンもそれ以上掘るな。下地見えてんじゃん……」
「まこと! ちきゅうがみえたぞ」
膝下が完全に埋まる深さまで穴を掘ったジュンは、カツカツとスコップで底を叩いている。
やり過ぎなクラスメイト達に困りながらも、僕は仕上げへとかかる。
目的を見失ってはならない。
大きな山を作ることがゴールではない。
スコップを手に持ち、力持ちな男性の先生に背を向ける。
「……先生、お願いします」
「はいよっと」
他の子等と同じように抱えられた僕は、頂上付近から手にしたスコップで山を削り取っていく。
螺旋を描くようにスタートし、ヘアピンカーブを作り、ゴールは禿げた砂場の一角へと向かわせる。
予想以上に大きな山なので、もう一コース作れそうだと思い、真っすぐに斜面を下る一本の道も作る。
この一年間、幼稚園で過ごした中で、僕が最も成長したのはコレじゃないだろうか。
山にスコップを入れ、適度な水で湿らせて叩いて強度を出しながら、途中で泥団子が止まらないように傾斜角度に気を付けながらコースを作る。
試しに泥団子を転がしてテストをしなくても、なんとなくどうなるか予想できるレベルにまで成長した。
「こんなもんかな……」
今年の集大成と言っても良いだろう。
園児と先生が一丸となり、持てる力の限りを尽くした。
そして砂場の主として、始球式を行う。
以前試しにやりたい子を募ったら、喧嘩になりそうだったからね。軽率な行動だったと反省。
スズカが作ってくれた綺麗な泥団子をスタート地点にセットして手を放す。
コロコロと山を周回しながら、安定した転がりを見せる泥団子。
無事にゴールへと向かい、地面に叩きつけられる前に穴に入ってキャッチする。
それを見ていた子どもたちは、自らの団子を手に先生の後ろへと並ぶ。
「すげー!」
「とんだ!」
「われちゃった……」
何度かコースの修復をして二巡ほど転がした頃に、とうとう終わりの時間がやってくる。
「はーい、そろそろお時間なので、最後にみんなで写真を撮りましょう!」
リコ先生の声に、素直に従うばら組の子どもたち。
大きな砂山の前に並び、泥だらけになった手でピースサインを作ったり、泥団子を掲げたり。
「はい、では撮りますよ~! みんなも一緒に言ってね~」
カメラを構えたミク先生が指を三本立てる。
「「「さ~ん! に~! い~ち! …………」」」
手洗い場で泥を洗い流し園服へと着替えた僕たちは、最後のさよならの挨拶をして幼稚園を後にする。
次に幼稚園に来るときはもう年少さんではない。
そう思うと、寂寥感を抱かずにはいられない。
公私ともに色々とあったが、良い一年だった。
年甲斐もなくそんなことを考える。
「……まーくん、どうしたの?」
「ん? いや何でもないよ。すーちゃん、幼稚園楽しかった?」
「うん、たのしかった」
「またみんなと一緒に遊びたいね」
「うん! まーくんとももっとあそぶ!」
「……そうだね、僕もすーちゃんともっと遊びたいかな」
「むふぅ……」
こうして僕とスズカ、ばら組の皆は年少生活に幕を閉じ、新たな学年へと進む。
年中さんになることに、期待と不安を抱きながら。
読んでいただきありがとうございます。
ようやく年少さんが終わりました。
振り返ると文章がめちゃくちゃだったり、人物像があやふやだったり、書き漏らしたエピソードやがいくつもあったり等々の後悔が…
…
気を取り直しまして、
次回は一旦人物紹介(整理)を挟んで年中の始まりです(もしかするとその前にエピソードを挟むかもしれないです)。
クラス替えや新しいお友達、後輩、親の転職、双子の成長、家のあれこれ等々。
やることが沢山ありすぎてこんがらがりそうな…
行き当たりばったりの作品ですが、今後ともよろしくお願いいたします。




