#074 謎理論
濃い冬休みが終わり、年明け初登園。
幼稚園の送迎バスの空席具合から、登園率は約五割と予想する。
まぁまだ年明け四日目だからね。
子どもと過ごす時間が取れる親御さんも多いのだろう。
幼稚園側も、年明けの一週間は自由登園期間としている。
だが残念ながら母上は本日仕事始め。
銀行員の正月休みは年末年始だけなので短い。本当に短い。
そういう意味では幼稚園の先生もか。
本当にお疲れ様です。お世話になります。
もっとゆっくりしてほしいけど、幼稚園児にはどうしようもない。
そして僕が座る席もいつもの五割。
スズカがいない。
なぜって?
スズカが実家に帰っちゃったから。
……
端折りすぎた。
八代家が八代家に突撃した日――つまり昨日。
戸塚家は朝からまずミオさんの実家に帰省。
ちなみに百瀬家は八代家のご近所なので、意外と近くにいたと思われる。
で、その後ちょっと遠いミツヒサさんの実家に移動。
そこで一泊して翌日――つまり今日の午後に帰ってくる予定と聞いている。
そういうわけで僕は今、スズカがいない幼稚園へと向かっている。
……
めっちゃ寂しい。
***
そして幼稚園に着いたら着いたで、めっちゃ騒がしい。
冬休み明けで、お友達に久しぶりに会えてテンションが高いのだろうか。
先生方もてんやわんやしている。
そんな中――
「まことっ! ぬげっ!」
……
どゆこと?
……
一回状況を整理しよう。
まず教室に入って、みんなが集まってきたので新年の挨拶を交わす。
やっぱり子どもは無邪気で元気で可愛いね。
少しは寂しさが和らいだような気がする。
だが一番の癒しが……
登園率が五割くらいかと思っていたけど、ばら組はなんと八割。
みんな幼稚園に来るの好きだね。良いことだ。
そしてしばらくいつも通り積み木で遊んでいたわけだ。
色が無いと何作っているのかよく分からなくなってしまったが。金箔……じゃなくて金色の折り紙張り付けたいけどさすがにね。
そんな中、年が変わっても相変わらず騒が……元気なジュンがやってきた。
「あけましてありがとう」と何故か感謝の言葉を伝えられ、その次の言葉が先ほどのアレ。
子どもの相手をしていると、よくあるんだけどね。
僕が見落としていたり気付いていない理論があって理解できないのか、本当にファンタジーで理解できないのか。
柔軟な思考が必要とされる幼稚園生活。
……
”ぬげっ!”
……
僕の頭が固いのだろうか。
帽子もコートも脱いでいる。まぁ上のジャージは脱いでもまだ下に体操服を着ているが…………なぜ?
教室内とはいえ、寒くないわけではないのでできれば着ていたいんだけど……
これ以上僕の固い頭で考えていても埒が明かない。
分からないことは聞くべし。
「……どうして? 理由を聞いていい?」
「とーちゃんが、まことのみたらいえこいって!」
What……?
……
まぁよくあることだ。
理由を聞いたら、さらに謎が深まることも。
スズカだって、時々そういうことあるしね。
「まーくんこれきて」ってスズカが自分の洋服持ってきて、理由を聞くと「ちゃしぶはきられなかった」って。
最終的に、着せ替え人形的な事をしたかったのかなって、納得することにした。
で、話を戻すと。
”お父さんが、マコトの見たら、家来い”
……
ふむ、わからん。
……いや、ちょっと分かってきたかもしれない。
まず、ジュンのお父さんが言ったことなんだね。
そして、僕の何かを見ることで……家来い…………?
ふむ、やはりわからん。
お兄さんたちと一緒にいる時間が長いからか、言葉は結構知っているし、意思疎通もそれなりにできるジュンなのだが、突飛なことを言い出すことが多々ある。今回はそれに輪をかけて……
冬休みを挟んだことで、僕が鈍ったのか、ジュンが成長したのか……
「まことたのむ! まことがぬげば、あそびにくるっ!」
「は?」
「――んっ!!」
「――ちょッ!?」
コイツ……
僕の服を掴んで離さない……
てっきり上だと思っていたが、まさかの下を……
しかも地味に力強い……
指が剥がせない……
ずれる……
「くっ……」
体力勝負ではジュンに勝てないと諦めて、外の一枚を犠牲にする。
スルリと長ズボンをパージし、僕は半ズボン姿へと変わる。
寒いけど、走り回ると暑くなるからね。二枚履きしていた。
「脱いだぞ……?」
「まだみてない!」
……今見るって言ったか?
もしやジュンの目的は、僕に付いているナニ……?
……
年明け早々、コイツはぶっぱなしてくるな……油断できんヤツだ……
「見たら……どうなるんだ……?」
「まことがいえにくる!」
……その二つにどういう繋がりがあるのかサッパリなんだが、とりあえず最終目的は分かった。
ジュンは僕を家に呼びたいんだね。
最初っからそういえば良いのに、何がどうしてそうなった……
と言うか、とーちゃんが言ってたんだよね……
多分ジュンによって色々と変な意味に変わっていったんだろうけど、今井家に行くのが怖くなってきた。
「え、まことがあそびにくるのか?」
「ぬがせたら!」
「え、そうなの!?」
「オレもやる!」
「ミキも!」
「ボクも!!」
「サヤもやる!」
「――ちょッ!?」
おいこらちょっと待てや。
ジュンを抑える側のやつらまで……
これ以上は収拾が……
先生は……他の子で手一杯……
ばら組の登園率が高いのが今は恨めしい……
もうそろそろじゃれ合いの域を超え始めて……
新年早々、こういうことは嫌だったんだけど――
「落ち着け」
表情を完全に消して、ドスの効いた声を静かに出す。
と言っても、子ども声帯で出せる程度なので、怖さはたかが知れているが……
「「「「「……!?」」」」」
だがこれが思いの外効く。
ちょっと泣きそうな子もいるけど、ここは心を鬼にしなければ……
今回は僕が相手だったから良かったものの、いじめと思われてしまいかねない。
流行り出しても困る。
それにスズカが被害に遭うようなことがあれば、容赦しないよ?
その前に防ぐけど。
「ダメだよ。人が嫌がることしたら」
「「「「「…………」」」」」
「それに男の子が女の子の体に気安く触るのも、女の子が男の子の体に気安く触るのもダメだからね?」
「「「「「…………」」」」」
「わかった?」
「「「「「うん……」」」」」
「悪い事したら?」
「「「「「ごめんなさい……」」」」」
「よく言えました」
冬休み明けで、お友達に久しぶりに会えてテンションが高かっただけなのだ。
ばら組は良い子が多いんだから。
こういう場合、どう子どもたちに接すればいいのか分からない。
自分の言っていることが正しいのかも不安になってくるし……
と言うわけで、後は先生に任せよう。
不穏な空気を感じてこっちにいらっしゃ……見守ってた……?
「で、お前だジュン……」
「えっ…………」
「反省した?」
「……うん。ごめんまこと」
「あぁ、今回は良いよ。もう気にしてないから。まぁ、気が向いたら遊びに行くよ」
「ほんとか!?」
「あぁ、だからもうズボンを返せ」
「おっしゃー!」
「掲げるな」
◇◇◇
いろいろありながらも、何とか一日を終え帰宅。
戸塚家は予定通り帰って来ていて、僕のお迎えにスズカとミオさんが。
「……すーちゃん!」
「――ふみゅ!? ――……む、み、むふぅ…………」
「あらまーくん、珍しく積極的ね。長い間すーちゃんいなくて寂しかったの?」
翌日からの自由登園期間、僕は幼稚園を休んで、戸塚家でまったり過ごした。
別に幼稚園が嫌いになったわけではないよ?
スズカのご機嫌取りのためにね?
ほら、一日半も離れ離れなってたわけだし?
あと一点報告を。
”すずかをぎゅうできるけん”が、わずか一ヵ月足らずで全て無くなりました。
読んでいただきありがとうございます。
ジュンは【#034】で初登場し、
ジュンの性別については
【#035】【#037】でそれとなくわかるようなヒントが、
【#036】【#042】【#050~】では区別してはっきりと…
不安になってきたので念のため。




