#040 授業参観(中)
親たちが写真を選んでいる頃、子どもたちはいつも通り自由時間を楽しんで……はいなかった。
ちらほらと教室の後方に見学中の親がいるのだ。
その視線を感じ取った子どもたちは、チラチラとそちらを見て落ち着かない様子だった。知らない大人がいることに緊張しているのか、はたまた自分の親を探しているのか。
自分の親が教室へと入ってくると笑顔になり、抱き着きに行ってしまう子もいる。
やはり年少さんはまだまだ親が恋しい時期なのだ。
ここで無理に引き剥がそうものなら子どもの機嫌を損ね、せっかくの授業参観が険悪な雰囲気になってしまう可能性もある。
先生たちは子どものご機嫌を取りながら、やんわりとお友達と遊ぶように誘導する。それはちょっと変わったクラスであるばら組も例外ではない。
(早く来て~)
副担任のリコや他の先生たちも、そんな状況に彼の登場を願わずにはいられない。
なんとも情けない話であるが、最優先は子どもたち。
先生として最大限の努力はするが、この日を平穏に乗り越えられるのであれば、利用できるものは何でも利用する気満々であった。
(((来た!)))
必死な先生たちの心情も露ほども知らず、彼は今日も幼馴染の女の子と手をつないで教室へと入ってくる。
(今日は年少組しか登園してないし、外で遊ぶチャンスかな~)
いつもは年長組と年中組でせわしない運動場や遊具も、一学年しか来ていないので空いている。リコ他の待ち人――マコトは呑気に今日の自由遊びの時間をどう過ごすか考えていた。
「おはよー」
「はよー」
マコトは誰に向けるでもなく挨拶をし、手をつなぐ女の子――スズカがそれに続く。
「おはよー!」
「おはようごじゃいます」
「おっはー!」
「おはん」
「おはよー」
「へろー」
「すーちゃんきょーもかわいーの」
「はよー」
「おはよー」
すると待ってましたと教室にいた子どもたちがマコトに群がる。
お母さんにだっこされていた子も「ママ下ろして」と願い出てその輪に加わる。親は面食らい中。
そして先生たちはグッジョブと心の中で賞賛する。
「?」
一斉に視線を感じたマコトは器用に背筋を震わせるが、気にする間もなくクラスメイトから声を掛けられる。
「まことー、きょーはなにしてあそぶー?」
「え? あ、んー……、何しよ?」
「そとでかけっこしよーぜ!」
「ジュンを捕まえてきたら考えるよ」
「よしジュンいくぜ」
「え? おぉ? オレについてこーーーい!」
ジュンを先頭に、元気が有り余ってる系の子どもたちが走り出していき、すでに外遊びしていた子どもたちを巻き込んで遊び始める。
マコトは外遊びに加わろうと考えていたが、教室にいる子を見て予定を変更する。先ほどからマコトの方を見てそわそわしているその子へと近寄った。
「おはよう、ユウマ」
「おはよ、まこと」
彼の名前は吉倉優真。
線が細い見た目の通り体が弱く、よく体調を崩しては幼稚園を休みその出席率は半分ほど。入園式も遠足も農業体験も、幼稚園に入ってからの主なイベントというイベントをすべて休んでいる子だった。
「一緒に遊ぼ」
「うん!」
マコトはユウマを誘って一緒に例の積み木で遊ぶことにした。
複雑なものではなく、ただ井桁型をひたすら高く組んでいくだけ。子どもにとってはそれだけでも楽しいようだ。
周りの子たちはマコトとユウマに加わったり、マネをし競い合うように積み木のタワーを作ったりしてその遊びの輪は広がっていく。
「ゆーま! もってきた!」
「ありがと!」
「まことくんおそい! となりにまけちゃう」
「焦るな落ち着け。基礎が大事だ」
「きそ……?」
そんな様子を教室の隅から見守る夫婦がいた。
ユウマの両親だ。奈々実とその夫の真司。
「……ユウマも楽しそうにしてるじゃないか」
「うん……!」
ナナミは元気そうに遊ぶ息子の姿に、思わず感極まって目頭が熱くなる。
(本当に楽しそう……)
ユウマはとにかく体が弱かった。
本人は体を動かすのが好きなようだが、食事をすれば戻すことが多く、慣れないことをすればすぐ熱が出る。
幼稚園に入ってからも、慣れない環境のせいか体調が安定せず、病院へと通うことが多かった。
そのせいで朝から幼稚園に行けなかったり、そのまま休むこともしばしば。楽しみにしていた遠足も、熱を出して参加できなかった。
そして何より、休みがちなせいで幼稚園でいじめられたり孤立したりしていないかと気が気でなかった。
そんなナナミの心配をよそに、幼稚園であったことを楽しそうに話すユウマ。その姿に、強がっているんじゃないかと心配になることもあった。
本人はけろりとしていたが、丈夫な体に産んであげられなくて申し訳ないという罪悪感でいっぱいだった。
「安心してくださいヨシクラさん。見ての通りユウマくんはお友達もいますから」
「セイコ先生……」
担任のセイコが吉倉夫妻に話しかける。
保健室登園や休みの連絡で何度もお世話になっている。ユウマの、そしてナナミのメンタルケアという面では、セイコの言葉にはすでに何度も救われている。
「彼がマコトくんですか?」
ナナミはユウマと一緒に遊んでいる男の子が、ユウマが話す幼稚園での話に必ずと言っていいほど登場していた名前の子だと推測する。
頻繁に話に出てくる彼だったが、残念ながら年少さんの話から人物像まで想像するのは難しかった。
「えぇ、そうです。ユウマくんが来ている時はいっつも一緒に遊んでいますよ」
ナナミはマコトに視線を移す。
ぼーっとした表情の変化に乏しい男の子だ。
特に何か目立つことをしているわけではないが、自然と子どもたちの中心にいる気配り上手な子。
すぐ後ろでお絵描きをして遊んでいる女の子には特に顕著だったが。
ユウマが楽しそうにマコトと遊んでいる姿を実際に見ることができて、吉倉夫妻はこの日ようやく安心することができた。
「セイコ先生、これからもユウマをお願いします」
「ええ、任せてください」
セイコは頭を下げる吉倉夫妻を安心させるように微笑んだ。
読んでいただきありがとうございます。
新キャラ、女の子を期待されていた方はすみません。マコトのハーレム?はここじゃないんです。




