#187 テレビゲーム機は皆で遊びたい
お昼寝中のマコトは、左の二の腕に微かな痺れを感じて意識が戻った。
(………………すーちゃんか)
自分が何を抱きながら、誰を腕枕しながら寝ているのかは、目を開けなくてもハッキリと分かる。
抱きしめながら眠った記憶は無いので、マコトより早く起きたスズカがマコトを動かし、今の体勢になっているのだろう。
「……ちゅ。……………………………………むっふ」
寝ているマコトのほっぺたに悪戯して、反応が無いにも関わらずずいぶんと愉しそうである。
マコトの誕生日ということで、朝からスズカを存分に甘やかしたせいで、スズカの方も欲望の歯止めが効かなくなってしまっているのだ。
しばらく目を開けるタイミングを見計らっていると、玄関の開閉音と共に「ただいま」「みーくんおかえり~」と声が聞こえてくる。マコトの誕生日を祝うために、午後休を取ったミツヒサが帰宅してきた。
(…………起きるか)
マコトは被せていただけの右腕に力を入れる。
「――みゅっふ!?」
不意打ちだったせいか。強く抱きしめられたスズカから驚く声が漏れる。
「……すーちゃん、おはよう」
「おはよ」
「……寝てる僕に何かしてた?」
「……………………むっふ、ひみつ♪」
「えー、何してたの?」
「ひみつ~♪」
掛けられたタオルケットを巻き込みながら、ゴロゴロと転がる二人。そのまま寝室からリビングの境目まで転がると、ミツヒサの足元へと辿り着く。
「……おかえりなさい」
「パパ、おかえり」
「ただいま。随分と楽しそうだな」
「ん! みのむしさんたのしい!」
「そうかそうか。それは良かった。――よっ、と……」
「おーーー!」
「ぅぉっ!?」
ミツヒサは抱き合ったままの二人を肩に担ぎ上げる。中々に見事なアルゼンチンバックブリーカーである。
いくら五歳児で軽いと言えど、二人ともなれば三十キログラムを優に超えるのだが、苦にしている様子が無いのは日々の筋トレの成果だろう。
「ほーれ、ぐるぐるぐる~~~!」
「きゃ~~~~~♪」
「ひぃっ…………………!」
回転アトラクションを純粋に楽しみ歓声をあげるスズカ。反して、その高さと遠心力に悲鳴を上げるマコト。
「やべ、目が回った……」
「ちょっ!?」
一瞬ふらついたミツヒサは、二人をソファに下ろす。
「パパ、もう一回やる」
「……ちょっと休憩」
「……僕はもう大丈夫」
「よし、復活した!」
「なんで!?」
「~♪」
再び担ぎ上げられ、今度は逆回転。
「――ふぅ、流石に疲れた」
「パパがんばった!」
「…………」
ようやく地上に戻って来られたマコトはうつ伏せに倒れ込む。まるで屍のようだ。
「マコト、誕生日おめでとう。俺からのプレゼントはどうだった?」
「………………すーちゃんが楽しかったなら、僕は満足です」
「ん、たのしかった♪」
「そうか。んじゃもう一回や――」
「満足! もう満足したから! …………ひどいプレゼントだ」
スズカは大変に満足そうであるが、五歳の誕生日プレゼントがプロレス技とはなんとも酷い話である。
「安心しろ。プレゼントはちゃんと別に用意してある」
「別……、の技?」
「……そっちが良いのか?」
「いや全然」
必死に首を振るマコト。初めてのイヤイヤ期かもしれない。
「ほれ、こっちだこっち」
「どっち?」
「机の上だ」
マコトは寝返りを打って上体を起こす。
リビングテーブルの上に乗せられた箱が目に入って来る。
「買ってきたぞ」
「ゲームき!」
戸塚夫妻からのプレゼントは、つい三日前に発売したばかりの据え置きテレビゲーム機。スティック型のリモコンを使用する後継機だ。
マコトへのプレゼント、と言うよりは、皆で遊ぶために買ってきたプレゼントだろう。
そもそもマコトは自宅でテレビゲームで遊ぶことはない。
たまにアカリと遊ぶこともあったが、最近は将棋を指していることが多い。一人の時は録画した番組を消化したり、電子辞書のデータをひたすら洗っているため、テレビゲームで遊ぶ時間は無い。タブレットPCも手に入ってしまったので、更に無くなった。
ゆえにマコトへの誕生日プレゼントではあるが、据え置く先は八代家ではなく戸塚家になるだろう。幼稚園に行っている以外の大半の時間は戸塚家にお邪魔しているし、人が集まるのも戸塚家だ。
個人で欲しいものが特に無いマコトにとっては、ある意味これが正解なのかもしれない。
テレビゲーム好きな両親の血をしっかりと受け継いでいるスズカも、新しいゲーム機に目の色が変わる。
ミオとアカリも集まってきたところで、見守られながら開封の義を執り行う。
スズカと一緒に箱を開け、内容物を取り出し、ミツヒサがケーブルをテレビと本体に接続し終えると電源ボタンを押す。
テレビ画面と手元のコントローラーの画面を見ながら、適当にセットアップを行っていく。
「最近のゲーム機って、始まるまで長いよね……」
「そうだな~」
出来ることが多く複雑になってしまったせいか。カセットをセットして電源付けたら即プレイ、という時代が懐かしい。そう呟いたマコトに、ミツヒサが同意する。
「最近っていつの話よ……」
「…………あれだよ、ほら、ユウマの家で、よく昔のゲームで遊ばせてもらうから、それと比べて……」
ミオから疑いの目を向けられるが、上手く納得させられたのか、それ以上の追及は無かった。
「それより、ソフトは何買ってきたの?」
「これだ」
「これは……」
ミツヒサが取り出したのは、人気シリーズのモンスターハンティングアクションゲーム。
「……レーティングがCなんだけど、いいの?」
「間違えた、こっちだ」
「……」
子どもたちが寝静まった後、夫婦で遊ぶつもりなのだろう。
ミツヒサは悪びれる様子もなく、もう一つのソフトを取り出す。
そちらは問題なく全年齢対象だ。
歴史ある横スクロールジャンプアクションゲーム。前作までは協力プレイの最大人数は四人だったが、今作は五人まで可能だ。
マコト、スズカ、アカリ、ミオ、ミツヒサ(フウカとキョウカは追々)の全員が一緒にプレイできるゲームは少ない。
ソフトのパッケージを受け取ったマコトは、スズカと一緒に裏面の説明を見ながら「みんなでできるね」と嬉しそうだ。
そうしてゲーム機本体のセットアップも待ち終わったところで、
――――ピン、ポーン
来客のようだ。
読んでいただきありがとうございます。
五人でゲーム実況している未来があったりなかったり




