#186 好きをプレゼントに
用意が出来たとお隣さんから連絡を受けた八代親子は、タブレットPCのセットアップも早々に玄関へと向かう。
冬の寒さに身を震わせながら戸塚家のチャイムを鳴らすとすぐに玄関扉が開き、そこからマコトとお揃いのトレーナーを身に着け、マコトがプレゼントしたシュシュでおさげ髪を作ったスズカが飛んでくる。
「まーくん! おたんじょうびおめでと!」
「っと……、ありがと」
マコトはしっかりと受け止めると、寒さから逃れるようにさっさと室内へと入る。そして背後に回り込んだスズカの手で目隠しをされた。
「まだみちゃだめ」
「えー、すーちゃんの顔が見れなくて寂しんだけど……」
「むっ……! …………むぅ。…………が、がまんする」
(お、すーちゃんが成長しとる……)
眉間に皺を寄せるスズカ。甘言に惑わされそうになるも、せっかくのサプライズが水の泡になってしまうと思い踏みとどまる。
目隠し状態のマコトはスズカに押し進められるがまま短い廊下を通り、ドアが開くと同時に暖気を肌に感じる。ソファの前に座らされ、そこでようやく視界が開かれた。
まず目に入ったのは”HAPPY BIRTHDAY”の手書きの文字。
丸くカットした色画用紙に一文字ずつ書かれており、その上端の後ろを紐で二段に分けて繋ぎ、テレビ画面の両端にマスキングテープで固定されている。
壁には遊び終わった折り紙で作られた輪飾りや、星型やハート型にカットしたものが所狭しとくっ付いている。
「わぁ、すごいね! これすーちゃんが飾り付けてくれたの?」
「ん! そう!」
「そっか、ありがとすーちゃん」
「……どういたしまして。…………む、ふぅ」
マコトは両手を軽く広げ、吸い寄せられたスズカをぎゅっと抱きしめる。
「大変だったんじゃない?」
「ん。でもまーくんのたんじょうびだから」
「ありがと、嬉しい」
「♪」
昨晩戸塚家を後にした際には、これらの飾り付けはまだされていなかった。
マコトとアカリが帰った後、スズカが寝るまでの時間はほとんど残されていなかったはずだ。朝起きてから飾り付けは始めたのだろう。と言っても、飾り自体は事前に用意されており、マコトも一部手伝っているのだが。
ただそのせいで、いつもの休みの日よりいささか遅い逢瀬。
スズカの強めのハグからもその感情が伝わって来る。マコトは上半身をゆったりと揺らしながら、あやす様に耳元で声をかける。
「寂しかった?」
「…………ん」
「次からは僕も一緒に飾り付けしたいな」
「……でも、まーくんにサプライズできない」
「サプライズも嬉しいけど、すーちゃんと一緒に居る方がもっと嬉しい」
「………………むっふ」
マコトの首元に顔を埋め、漏れ出る興奮を隠すスズカ。鼻息が首筋にかかってこそばゆいが、耐えるのが男の役目だろう。
「あ、そうだ。僕が目隠ししたらどうだろ? 飾りつけは出来ないけど、すーちゃんとおしゃべりはできる」
自分へのサプライズだ。見れないし手伝えないけど、一緒の空間に居るだけでも変わって来る。そう思ってマコトが提案すると。
「…………まーくんめかくししたら、かざりつけできない」
「へ? あー、うん、そっか。そうだね。確かに」
スズカは上半身を反らしてマコトの顔を視界に収めると、どうしたら片手だけで視界を塞げるかと手の向きを変えて試行錯誤する。
マコトの目隠しはスズカの役目。
アイマスクなんてものに頼る気はさらさらないのだ。
「てがよっついる……。あしつかう……?」
「まだ時間に猶予はあるから……。他に良いアイディアがないかじっくり考えよ?」
「ん!」
きっと淑女は足で目隠しをしない。
◇◇◇
「まーくん誕生日おめでとー」
「ありがと」
スズカの充電もとい独り占め時間に一区切りついたところで、ミオから祝福の声がかかる。
「いやぁ、まーくんもとうとう五歳かぁ。…………五歳?」
「まぎれもなく」
「う~ん、五歳にしてはね~。もっと上でも通用するよ?」
「通用させてどうするの……」
「む! まーくんはちゃんと5さい。すーのほうがとしうえ!」
ニヤニヤとからかうミオに、スズカはそこは譲れないと主張する。
「まーくん5さい」
「うん、僕は今日五歳になった。すーちゃんの方がお姉さん」
「ん♪」
「……どう見てもまーくんの方が上なんだよなぁ~。……ねぇ、アカリ?」
「まーくんだし」
「まぁそうなんだけど」
今更である。
「それよりすーちゃん、誕生日プレゼント渡さなくていいの?」
「ん、わたす。まーくん、ちょっとだけがまん」
「うん、待ってる」
名残惜しそうに体を離したスズカは、マコトに渡す誕生日プレゼントを取りに寝室へと向かう。そして戻ってきたその手には、メッセージカードと一冊の本。
「まーくん、おめでと」
「ありがと」
「♪」
メッセージカードには去年と同様、『まーくん。5さいのおたんじょうびおめでとう』というメッセージと家族の絵が書かれている。後でデジカメで写真を撮り、アカリから貰ったタブレットPCに転送することになるだろう。
しかし今年はあれが無い。去年四歳になったばかりのマコトを混乱させたあれが。
『すずかをぎゅうできるけん』
文字通り、スズカに抱き着く権利を行使できるチケット。
去年貰ったチケットは一ヶ月もしないうちに使い果たした上、その後もチケットが有ろうが無かろうがスズカとのハグをしていた。果たしてチケットを渡してする必要があるのかどうかは疑問に思うところではあった。
だがチケットがもらえないのも、それはそれで寂しいものだ。そういうごっこ遊びを楽しんでいたわけで。
プレゼントを手にしたマコトは固まる。
哀惜しているのではない。
今年もスズカからのプレゼントは、マコトをしんみりとさせてはくれなかっただけだ。
『Darling』
縦二十センチメートル、横十六センチメートル、厚さ三センチメートル弱。
淡いピンクのハードカバーの本の表紙にはそう書かれている。
見覚えのあるその本の質感。
当然だ。これよりももう二サイズほど大きいが、スズカも持っているからして。マコトがその目で確認したのは五冊ほど。
(ついにやったな…………)
視線を上げてスズカを見れば、マコトが喜ぶと確信している模様。
色々と察したマコトは、場違いに吹き出し笑いそうになる感情を抑えるためにも、親指と人差し指で眉間を押さえて深呼吸する。
「……開いても良い?」
「ん!」
当の本人は恥ずかしがる様子もない。
マコトは意を決して表紙をめくる。
そして察しの良いマコトの予想は的中する。
その本は写真集だった。
マコトの、ではない。
「……すーちゃんだ。可愛い……」
「……♪」
マコトはペラペラとページをめくる。
マコトにお菓子をあーんされて頬張るスズカ。
真剣な表情で塗り絵をしているスズカ。
マコトに頭突きをしながらお昼寝をしているスズカ。
クッキー作りに励むスズカ。
おもちゃのバドミントンのラケットを振るスズカ。
マコトに髪を梳いてもらっているスズカ。
等々――
スズカがマコトが貰って喜ぶものは何だろう、マコトが好きなものは何だろうと考え導き出された答え。
”スズカの写真集”
半分くらいはマコトが映り込んでしまっているが、スズカのそれはもう可愛らしい姿を多数収録した珠玉の一冊。
編集はもちろん編集長ことスズカ。撮影・協力はミオとアカリ。
(自分の写真集を作ってプレゼントにするとは……)
なかなかできることではない。
少なくともマコトには無理である。
「すーちゃんありがと。大切にするね」
「ん♪ まーくんもねるまえはこれよむとげんきになる」
「……寝る前に元気になるのは困るね。すーちゃんに会いたくなっちゃう」
「………………む、ふ♪」
「ふむ、来年はアカリの写真集でも作ってみよっかな。小学校の頃の写真とか実家に残ってるし。まーくん喜ぶと思うんだけど、いい?」
「いや、流石に……」
「そこをお願い! まーくんの誕生日プレゼント選ぶの難しすぎるんだもん!」
「……」
読んでいただきありがとうございます。




