#181 逞しい子どもたち
標高約二百五十メートルの陽王山には、登山コースが二つ存在する。
一つは”ハイキングコース”。
歩かなければならない距離は長いが、その分傾斜は緩やかで道幅も広く歩きやすい。途中、キャンプ広場やアスレチック公園が存在し、ハイキングを楽しむ老夫婦の休憩所にもなっている。
もう一つは”自然コース”。
ハイキングコースに比べ距離は三分の一ほど。しかし道はほとんど整備されていない。落ち葉やむき出しの石で地面は覆われ、岩の階段を何段も登ることになる。近道ではあるが、その分体力の消耗は激しい。
スタート地点から五分ほど歩いたその分岐地点で、マコトたち一行は一つ目となる普通のスタンプを押してもらっていた。
「ママ、スタンプおしてもらったぁ! くまさん!」
「ほんとだ。良かったねぇ」
「うん!」
「ちゃしぶ!」
「……の親戚かもしれないね」
クマのスタンプを見てはしゃぐスズカとシホ。やはりというか、隠しポイントの味気ない数字のスタンプよりも反応が良い。
「で、お三方、お次はどちらに行くの?」
「ん~、どっちにするぅ?」
「すーはまーくんといっしょ」
「二手には分かれんよ……」
シホは腕を組んで可愛らしく唸り、スズカはマコトと腕を組んで離れんアピール。
周りの親子を見れば、その割合はハイキングコース3割、自然コース7割といったところか。元気な陽ノ森幼稚園の子どもたちにとっては、平坦が続くハイキングコースよりも、アスレチック感覚で上れる自然コースの方が人気だった。
「まーくん、どっちにする?」
「じゃあ自然コースで」
「えー、なんか大変そう……」
ミオが不満の声を漏らすが、すべてのスタンプを集める気があるなら、どちらも通らなければならない。
であるならば、上りは自然コースの方が良い。
マコトも他の子どもたちと似たような理由……というわけではなく、下りの自然コースは上りの時以上に転倒した際の被害が怖い。実際、幼稚園での授業でも何度か陽王山には登っているが、下るときはハイキングコースであることが多い。
今回、山道に慣れていない母親たちも一緒だ。万が一の可能性は少しでも低い方が良いだろう。特にミオは、その大きなお胸のせいで足元が見え辛いのだから。
「ママがんばる」
「は~い……」
そうしてマコトたち一行は自然コースへと歩を進める。
スズカとシホが先頭を行き、マコトがすぐ後に続く。登り慣れているため、するすると進む三人。母親たちも、進んでは振り返って待つを繰り返す子どもたちを必死に追いかける。
「すーちゃんたち早いね~……」
「ん、いっぱいれんしゅうしてるから」
「そっか~、練習してるのか~」
子どもたちが逞しく成長していることに素直に感心する反面、自分たちの体力の衰えを自覚してしまい、天を仰ぎ見るミオ。
アカリも少しばかり深く息を吐き出しながら、もう一人の母親を見る。
「……マユミさんは、なんだか慣れてますね?」
「まぁ、私ももう三度目なので……。覚悟は決めてきましたし……」
「なるほど、ヒナちゃんのときに……」
「はい……」
初めて陽王山スタンプラリーに参加するアカリとミオとは違い、マユミは去年と一昨年もシホの姉であるヒナとスタンプラリーに参加した。勝手は知っている。が、疲れないわけではない。
「でも今年はマコトくんが一緒なので……、きっと何往復もしなくても済むんじゃないかと期待してます……」
去年、ヒナと仲の良いミユやアオイと一緒に回ったときは、最終的に三往復もすることになった。そして案の定、翌日および翌々日は筋肉痛で動けなくなってしまった。
今年は夫のヨウイチロウに任せるのもアリかと考えたが、ママにとっての恰好の情報共有の場でもあるため、悩みながらも参加を決めた。
「だってさ、まーくん」
「うん……、たぶん大丈夫……」
そんな母親たちの、想像していたよりも切実そうな願いを聞いてしまったマコト。彼もなんだかんだで幼稚園で鍛えられ、体力オバケになり始めている。ペース配分には気を付けようと心に決めた。
そうして一行は安全第一、注意喚起に忙しい先生たちに見送られながら、小一時間ほどかけて自然コースを踏破。
途中、二つのポイントでスタンプを押してもらい、加えてハイキングコースとの合流地点でもスタンプを押してもらい、九個中四個の(普通の)スタンプが集まった。
その勢いのまま、展望台のある頂上まで登り、そこでもスタンプを押してもらう。
「ごこめ!」
「ゲット!」
まだまだ元気なスズカとシホ。順調に集まるスタンプに喜んでいる。
「お母さん、大丈夫?」
「うん、ちょっと疲れたけど大丈夫。…………休めば」
展望台の傍の芝生広場の斜面で腰を下ろししばしの休憩。他の大人たちも同じように体力の回復、ついでに大人のおしゃべりに努めている姿がちらほらと見て取れる。
「ごろごろごろ~」
「きゃぁ~~~!」
「ふべっ」
「もういっかいやるぅ!」
その間、まだまだ体力の有り余る子どもたちは、芝生の斜面を登り転がり遊ぶ。薄茶色くなってしまった芝生にまみれながら。
「ほんと元気ね~」
「まーくんは転がらなくて良いの?」
「え? うん、大丈夫」
体力があるとは言え無限ではない。
午後は幼稚園に戻って普通の授業があるので、はしゃぎすぎても後々困る。友人たちにもそう助言したいが、楽しそうに遊んでいる邪魔をするのは憚られる。
「まーくんもごろごろする」
「はいさー」
スズカに誘われたら断れないのだが。
そうして十五分ほど休憩を挟んでから、マコトたち一行は下山を始める。そこから十分後、登山コース分岐地点のすぐ傍のアスレチック広場に足を運んでいた。
しおりの地図には、ここがスタンプポイントだという記載はない。
ただ子どもたちにとっては馴染み深い場所。スタンプポイントではないのが不自然である。
ぶっちゃけた話、これは幼稚園の行事だ。隠しポイントと言っても、本気で探さないと見つからない場所には設置されることはない。いじわるなのは兎も角。
「ドロケイ?」
「……やらないよ?」
当初の目的を忘れ、走り回って遊んでいる友人たちの姿に感化されてしまうスズカに、マコトは首を振る。
「じゃなくてね、ここが隠しポイントじゃないかなって。アイ先生かリコ先生がいるはずなんだけど……」
一つ目の隠しポイントがきりん組の担任のリカコ先生であったことから、残りの隠しポイントも担任の先生が担っているのだろうとマコトは考えていた。
スタンプラリー開始時、スタート地点で注意事項を説明し終えたアイは早々に姿を消していた。ひつじ組担任のリコも同様に。この二人が姿を消していなければ、スタート地点に残ったリカコを不審に思い、とんぼ返りすることも無かった……かもしれない。
「あ、アイせんせーがいたぁ!」
いち早く見つけたシホが声をあげた。
指差す先には、子どもたちと一緒になって走り回っているアイの姿。
「ドロケイ?」
「……捕まえる必要があるのかもしれん」
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