#180 先生たちの意地
スタート地点である権幻の森を出発して三十秒ほど。
足を止め、来た道を振り返るマコトに首をかしげるスズカとシホ。
「まーくん?」
「マコトくん、どうしたのぉ?」
「んー……、二人とも、一回スタートまで戻っても良い? ちょっと気になることがあって……」
「ん、もどる」
「いいよぉ!」
二人は詳しく理由を聞くこともなく、マコトの意見は採用された。
引き戻すため、しかし今は人が多くてぶつかるからと、一旦道の端に避けて待つマコトたち。
後ろから追い付け追い越せと元気な子どもたちは、すれ違うボスに対し律儀に手を振ったり敬礼したりしながら挨拶をし、そんな我が子に引っ張られるように付いていく親たちも、ボスの母上と会釈して行く。
「……相変わらず、マコトくんの人気は凄いですねぇ」
「えぇ、まぁ、私にはもったいないほど良くできた子で……」
感心するファンクラブ上級会員のマユミと、嬉しそうだが規模が規模のため若干表情が引きつるアカリ。
ミオはと言えば、しゃがんでボスに聴取。
「……まーくん、すーちゃんのこと蔑ろにしてないよね?」
「してない…………つもりだけど」
気付かぬうちに、なんてこともない。語尾が弱くなるマコトは、ぴったりと体を寄せているスズカに視線をやると――
「……”ないがしろ”ってなに?」
言葉の意味がよく分からず、首をかしげていた。
「えっと……、ミオさん」
「え、まーくんが説明してよ……」
「僕まだ年中さんだし、難しい言葉はちょっと……」
「今普通に答えたじゃん。それに年中さんは自分を年中さんとは言わない」
「いや、言うよ」
ただ説明するだけなら、マコトもミオもできる。が、それを幼稚園児にも分かるようにともなると中々に難しい。人目もある。
お互い譲らず、結局ミオがアカリに泣きつき、スズカとついでにシホも、ふんふんと頷きながらアカリの説明を受ける。
「――ん、まーくんはすーだけとくべつたいせつ♪」
「すーちゃん、いいなぁ……。しほもとくべつ……」
マコトに抱き着き幸せそうなスズカと、それとは対照的に、物欲しそうな顔をするシホ。
なんと声をかけたものかとマコトが渋い顔をしていると、自称恋愛マスターのミオが助け舟を出してくれた。
「シホちゃん、まーくんはすーちゃんの幸せを考えるのに忙しいからね。シホちゃんはシホちゃんの幸せを一番に考えてくれる人を見つけるの」
「うん……」
「シホちゃんもこんなに可愛いくて良い子なんだから、絶対見つかる」
「ほんとぉ?」
「うん、ほんと。私が保証する! 見つからなくても、まーくんが見つけて来るから大丈夫! だから今は焦らないで、女を磨くのよ」
「うん! わかったぁ!」
「ぁ、ぇ、僕が?」
「ん、すーもきょうりょくする。しんゆうのこいじ」
「すーちゃんありがとぉ!」
そんなやり取りを話を聞いていたマユミは、「マコトくんがどうにかしてくれるならシホも安心ね~」と呑気に笑っている。シホの父ヨウイチロウがこの場にいたら、和やかでは居られなかっただろうが。
「じゃあお母さんも、まーくんに見つけてもらおうかな?」
「お母さんには………………、僕がいるから」
「そっかそっか」
ぼそぼそと発されたマコトの言葉。それをしっかりと聞き取ったアカリは、嬉しそうに頷く。いずれは自分の元から巣立って行ってしまうのだろうが、今はまだ、と。
そうこうしているうちに、人の流れがまばらで緩やかになってくる。マコトたち一行は来た道を引き返し始める。
「――で、まーくん、なんで引き返すの?」
「……巡り巡って、たぶんミオさんのため」
「え、私の?」
「うん、無駄に往復したくないでしょ?」
「お、さすがまーくん。気が利くね」
サムズアップをし合う二人。
ママ友同士の話を盗み聞くに、この親子授業――スタンプラリーは結構な重労働であるとのこと。
月に何度か陽王山に訪れ、登り慣れている子どもだけなら、体力と回復力にものを言わせて進んでいただろう。しかし今回は山道を歩きなれていなさそうな母親たちが一緒だ。
特にミオは様々な事情が折り重なり、趣味は読書と資格取得とマコトのアカリを超えるインドア派だ。できるだけ楽をさせてあげたい。
そうしてスタート地点に戻ると、シホが挙動不審な先生を見つけ名前を呼ぶ。
「あ、りかこせんせーだぁ!」
「……くっ」
あからさまに悔しそうに顔をしかめるのは、きりん組担任のリカコだ。
救護員としてスタート地点に待機している他の先生たちも、苦笑いしながら彼らを見守っている。
「……三人ともどうしたの? 忘れ物?」
「ううん! マコトくんがもどろうって!」
「ん、すーはまーくんといっしょ」
「スタンプ押してください」
「なぜ気付かれた……」
しおりの地図には、九つのスタンプポイントが示されている。それらを回ってスタンプを集めていくのがこのイベントの主旨だ。
しかし地図には記されていない、言わば隠しポイントが存在している。しかもそのポイントは、ママ友による情報共有および継承をかわすため、先生たちは試行錯誤の末に毎年変えている。と言っても、数年毎に被りはするが。
そして今年の隠しポイント。
その一つはスタート地点に設置された。
初っ端に気付かれないよう全員がスタートしてから、スタンプポイントとして待ち始める徹底ぶりだった。
例年ならばそこまでしなかっただろう。
だが今年の年中組は、そんな先生たちの企みを見抜いてくる厄介さを持っている。
その筆頭はマコトなのだろうが、彼に影響を受けた子どもたちもまた。
簡単すぎればすぐに集まってしまう。そのため、ある程度の難易度が必要だ。子どもたちの好奇心や行動力に対抗するための措置。
これは先生――大人としての意地だった。
何となくマコトも先生たちの事情は察していたが、母親たちの労力を減らす方が優先度は高かった。
「先生たち、結構いじわるだから……」
「マコトくん言葉を選ぼうね? マコトくんなら出来るよね?」
「頑張る」
「うん、ぜひ頑張って」
「先生たちの考えるゲーム、いじわるで面白い」
「……言いなおしてくれてありがとう」
リカコは親御さんに聞かれるとヒヤリとする言葉に焦りながらも、シホ、スズカ、マコトの順にスタンプカードを受け取る。
「やったぁ! いっこめ!」
「ん、ゲット」
押されたスタンプにきゃっきゃと喜ぶスズカとシホを尻目に、マコトはスタンプの絵柄に数字の”1”が含まれていることに着目し、こっそりとリカコに問う。
「もしかしてこの隠しポイント、順番通りに回らないといけない?」
「……マコトくん。先生ね、勘が良すぎるのは、あんまりよろしくないと思うの」
隠しポイントを見つけても、順番通りでなければスタンプは手に入らない。
無駄に歩かされることになりかねない仕組みに、親御さんたちは大変だなぁとしみじみと同情する。
「……だからね、皆にはあんまり言いふらさないで欲しいんだけど」
「それは良いんだけど、たぶんもう遅いと思う……」
「……ですよね~」
マコトはボスだ。
そんな彼の、スタート地点へとんぼ返りの奇行に誰も気付いていない、というのは虫が良すぎる話だ。
ちらほらとマコトたちの後に付いてきた親子も居る。
そしてこの情報は、あっという間に広がっていくだろう。主にママ友情報網によって。
「リカコ先生、諦めが肝心な時もあると思う」
「そうね、仕方ないか……。ま、何となくこうなるのは予想してたし」
「……もしかして他の隠しポイントも、いじわるな条件とかあったりする? 例えば移動式――」
「――マコトくん。先生ね、勘が良すぎるのは、あんまりよろしくないと思うの」
「……わかった」
これ以上の情報は引き出せそうにないと、マコトは白旗を揚げた。
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