#179 スタンプラリー
十二月第一金曜日。
朝日のわずかな暖かさえも恋しいこの日、陽ノ森幼稚園の子どもたちは陽王山登山口入口脇にある権幻の森に集まっていた。
「マコト!! たのしみだな!!」
「そうだね」
「オレがいちばんスタンプあつめる!」
「ぼくもいっぱいあつめるよ!」
「うん、頑張れ」
「うん! がんばる!」
「よっしゃ、いくぞ!」
「Stay」
「わん!」
本日の園外活動はスタンプラリー。
陽王山の散策ルートのあちこちに散りばめられたポイントを巡り、どうぶつのスタンプを集める。そして集めた数によって、先生お手製の各種メダルと交換できるようになっている。
夏休みのラジオ体操っぽいスタンプカードも、先生たちが寝る間を惜しんで……ではなく、前日の授業で園児たちが自ら作ったものだ。
と言っても一から作ったわけではない。
印刷されたスタンプを押す用の紙をハサミで切り分け、二つ折りで片面がはがき大より少し大きめの画用紙に貼り付け、そこに好きな絵を描き加えたもの。
ユウマのスタンプカードには車が走り、ジュンのスタンプカードには山のようなものが生えている。マコトのスタンプカードは……几帳面に整列している。
子どもたちは各々デザインしたオリジナルのスタンプカードを、紐を通して首から下げていた。
「……このルートでいくとこうりついい?」
「ここ、こっちいったほうがちかみちだよ」
テンション高めで開始の合図を待つ子が多い中、しおりの地図とにらめっこをするうさぎ組、いや、年中組きっての頭脳派の二人。ゲーム好きなコタロウと、物知りなハカセこと赤崎昂輝。
「ほんとだ。じゃあそっちで。…………あれ、でもこれだと”かめ”はどうするの?」
「うーん……、”かめ”は”いのしし”のつぎにいく?」
「でもそしたらこんどは”とら”がとおまわり……」
「う~ん……、マコト、どうおもう?」
「え? あぁ、うん……、たぶん今年も地図に乗ってない隠しポイントがあるんじゃないかな」
「あ、そうか……」
「どうする?」
「マッピング?」
「いや、地図はあるけど……」
「しらみつぶし」
「えぇ、いっぱいあるくの?」
「ハカセはもっとたいりょくをつけるべき」
「うぅ……」
運動が得意とは言えないコウキは渋い顔をする。
そしてこの行事に参加するのは子どもたちだけではない。
「…………あれ、スタンプカードがない!? あれ!? オレのスタンプカード!! どっかいった!! マコト!!」
「……サナエさんが持ってるよ」
「な!? かーちゃん! オレのスタンプカード!!」
「はいはい、もう落とすんじゃないよ?」
「だいじょうぶだ!! まかせろ!!」
「はぁ……、どっからそんな自信が出てくんの……」
「ここらへん!」
両手で自らの頭を触り自信の源を伝えるジュンは、こめかみを押さえる母サナエからスタンプカードを受け取り、首に下げ直し準備万端。
「マコト、オレはいけるぞ!!」
「……フライングする?」
「!? フライングはだめだ! ずるしてかつのはだめだ!」
「そうだね、ずるはカッコ悪いもんね」
「あぁ!!」
マコトの一言で、ジュンは飛び出したい気持ちをぐっと堪える。
「……もうプロだね。マコトくんになら安心してジュンを預けられるよ」
不穏な呟きが聞こえてくるが、マコトは聞こえなかった振りに務める。
別にジュンだけに限った話ではない。年中組の友人たちの扱いには慣れている。が、預けられるのは困る。
ということで、本日の行事は親も参加する親子授業。
子どもたちの成長している姿を自然の中で感じ取り、かつ一緒に学び楽しむ行事だ。
加えて運動不足になりがちな大人たちが、山を歩き回る大変さを味わい、共感することで親同士の繋がりが芽生えたり……なんて意図があったりなかったり。
そんな親の参加率は約八割(そのうち母八割、父二割)。例年が六割に届くかどうか、年によっては半分を切ることもあるため、高い方ではあるのだろう。
だがやはり全員参加とはいかず、仕事の都合等で参加できない親もいる。親が不参加の子どもたちは、仲の良い友人か、先生と一緒に回ることになる。コウキの親も都合が付かず、コタロウと一緒に回る。
『――はい、では皆さん、特にお父さん方、張り切りすぎて怪我をしないよう注意して、頑張ってください! 目指せフルコンプ!!』
うさぎ組担任のアイが、拡声器でもろもろの注意事項を説明し終えると、ようやく開始の合図。
元気な子どもたちは親の手を引き早速走り出す。今しがた注意されたにも関わらず、子どもや女性たちにいい姿を見せようと張り切る父親たちの姿も見て取れる。
「ゆうくん、つかれたらあたしにいうの。おんぶしてあげる」
「うん! ありがと!」
「モエはてつないであげる~」
「うん! モエちゃんどうぞ!」
「あ、ずるい! カナも!」
そしていつものように、女の子に囲まれ連れ去られていくユウマ。
モテモテな息子の姿にナナミも苦笑しながら、女の子の母親たちと一緒に子どもたちの後を付いていく。
「ナナミさんも大変ね」
「えぇ……」
アカリとサナエはナナミの背中を見送りながらそう漏らす。
何が大変かと言えば、息子の見境のなさ……も全くないとは言えないが、そちらではなく、異なる派閥の複数のママさんとの付き合いが、だろう。
ママ友というのは政治家並みに派閥が存在する。子ども同士の仲が良いからと言って、親同士も仲が良いとは限らない。
子どもの習い事や成長具合、教育方針、家庭の事情、収入等々。ママ友たちのおしゃべりの話題は尽きず、それは育児で溜まるストレスのはけ口から悪口になったり、マウント取ることで精神の安定を手に入れようとしたり。
とりわけ、他の派閥のママとのやり取りは勝手が分からない分、地雷を踏まないように気を遣うものだ。
(……達者で)
マコトは同じ派閥に属し、公私共にお世話になっているナナミにエールを送る。
とは言え、彼女は年中組最大派閥の中心格であるし、仕事を通して人付き合いも慣れている。そうおかしなことにはならないだろう。
そんな親たちの事情など露知らず、ジュンはサナエの背(正確にはそのもう少し下)を押す。が、びくともしない。
「かーちゃんなにしてんだ! はやくいくぞ!!」
「はいはい」
「マコト! まけねぇからなー!!」
「おう、頑張れー」
サナエはアカリと一言二言交わしてから、今井母娘も出発。
友人たちが続々と動き出す中、マコトは未だスタート地点である集合場所……は混雑しているため、その端っこに移動し、アカリに覆いかぶさられ暖となりながら突っ立っている。
その理由はもちろん――
「まーくんっ!」
待ち人来たれり。
飛んできたスズカはマコトの腕に自分の腕を絡ませる。アカリの暖が増えた。
今回は組ごとの集団行動ではないため、当然のように二人は一緒に行動する。
マコトたちの方がスタートが早かったのは、担任の説明に費やした時間の差だろう。
念のために言っておくが、アイが雑に終わらせたわけでは無く、彼女の方がこなれていて、かつリコの丁寧さがその差に顕れただけである。
「……すーちゃん、まってぇ」
遅れてその後ろからシホ。そしてシホの母マユミとミオも姿を見せる。アカリも子どもたちで暖を取るのを止め、マユミと挨拶を交わす。
「ふぅ、すーちゃんがいきなり走り出すからびっくりしちゃったよ。……それにしても、よくまーくんの居る場所が分かったね。こんなにごちゃごちゃしてるのに」
「ん、すーはまーくんがどこにいるかわかる。あいのちから」
本当はマコトが事前に「この辺りに集合ね」と言っていただけではあるが、この事実が語られることはないだろう。
「じゃあ僕たちも行こっか」
「ん♪」
「しゅっぱつ!」
そうしてマコトとスズカ、シホの三人とその親――アカリとミオ、マユミたちは、和やかな雰囲気で動き始めた。
読んでいただきありがとうございます。
マコトの誕生日回を期待されていた方申し訳なく。
幼稚園の年間行事表にそう書いてありまして…
決して誕生日プレゼントが思いついていないわけでは…




