#177 人気者の苦悩と小さな約束
祝日パワー(間に合え
いよいよ年の瀬。
師たちも走る……幼稚園の先生は年中走っているが、そんな十二月の最初の平日。
寒さをものともしない元気な子どもたちが通う陽ノ森幼稚園では、組ごとの朝の会が終わり、月初のイベントであるお誕生日会のために体育館に移動しようとしていた。
「はい、じゃあマコトくんとミホシちゃんはこっち来てね~」
「ボスぅ!」
「ボスがまたらちされた!」
「たすける?」
「またボスつかまった!?」
「はいはい君たちそういうんじゃないから、ちゃんと大人しく待ってて」
「えー!」
「ボスきゅうしゅつ!」
「さくせんかいぎ?」
「かずをあつめよ」
うさぎ組担任のアイは慣れた様子でしっしとするが、子どもたちは遊んでもらえると勘違いしているのか、なかなか解散しようとしない。
これが元ばら組なら聞き分け良くすぐに散っていくのだが、やんちゃが多いうさぎ組ではそう上手くはいかない。
「マコトくん、にんきものだね」
「うんまぁ、そうだねぇ……」
事態を呑気に眺め、純粋な眼差しで褒めてくるミホシに、マコトは内心苦笑いで応える。
人気者というポジションは何かと便利だ。色々と融通が効くし意見も通りやすい。
ただこうして、自分を原因としてヒートアップしすぎることも時々あるため、先生たちの負担になっていないかと心配になることもある。
「……マコトくん、ボスの一声を!」
「――者ども、静まれ」
「「「…………」」」
マコトの張らないが良く通る声に、ぴたっと静まる子どもたち。
「散れ」
「「「ちれー!!」」」
そして楽しそうに解散。
「流石ボス!」
「すごいね! マコトくん!」
「ね~!」
しゃがんでミホシに同調しているアイに、マコトは冷たい視線を送る。
(幼稚園児に何させてるんだろうね……)
流石も何も、ボス呼びが定着する仕上げをしたのは彼女だ。
そして今のようなボスとしての振る舞いや台詞は、彼女によって仕込まれたもの。
確かに、どこぞの時代劇じみた言い回しをすると、子どもたちの聞き分けが恐ろしく良い。面白いくらいにコントロールできる。マコトも時々、アイの指示なしで使ってしまっている。
「ボス、そんなに見つめられても困るよ。スズカちゃんに怒られちゃう」
「あ、セイコ先生――」
「!?」
「――が、向こうに見える」
「……ボス、そういうのは先生ドキドキしちゃうから止めてね?」
「アイせんせいは、セイコせんせいこわいの?」
「うん~~~~ん……。 そういうことじゃないんだけどね、……これはボスとの秘密のお話だから、聞かれちゃダメなの」
「ミホシは……、えっとね、きいてもいいの?」
「うん! ミホシちゃんは大丈夫! だってミホシちゃんは秘密守ってくれるでしょ?」
「うん! ひみつはね、……いわない! ……やくそく!」
「そう! 約束は守らないといけないからね!」
お口の前に人差し指でバッテンを作りながら、秘密は言わない、約束は守るもの、と信頼を得るために大切なことを教えるアイ。
(こういうところが、子どもにウケるのかな……)
アイを評するなら、面倒見が良いちょっと悪戯好きな先生、といったところか。怒られないギリギリを攻めるのが上手いとも言う。
そのやり口が、子どもたちには新鮮で面白く映り、ウケてしまうのだろう。そうして純粋な子どもたちは、逞しく生き延びる術を身に付けていくのかもしれない。
「それより、移動しなくて良いの?」
「おっとそうだった。じゃあ行くぞ者どもー!」
マコトに肩を叩かれ本来の目的を思い出したアイは、マコトとミホシを連れて一足先に体育館へと向かう。そこで軽くリハーサルをしてから本番だ。
リハーサル、と聞くと何事かと思うかもしれないが、やるのが幼稚園児なので、舞台上で並んでお誕生日台アーチを潜って、捌けて別の位置に並び直すだけでも難しい。人前に出て緊張してしまう子もいるので、どう動くか事前にやっておくだけでも何かと負担は減る。
マコトの隣を歩くミホシも、去年の年少さんの時は人前で緊張してしまい、先生に手を引っ張られながらだった。だが今年は仲が良いマコトが近くにいるせいか、お誕生日会に向かう彼女の表情は明るい。
ちなみに、うさぎ組で十二月生まれなのはマコトとミホシと、あともう一人いるのだが、残念ながら本日もお休みだった。
(ま、いきなり来てお誕生日会だけっていうのも気まずいけど……)
などとマコトは名前しか知らない女の子のことを、全園児が体育館に入ってくるのを待つため舞台上奥で座って考えていると、隣でもじもじしながらミホシが声を掛けてくる。
「マ、マコトくんは、おたんじょうびパーティー、する?」
「ん? う~ん、僕の家はパーティーはしないけど……、ミホシちゃんのお家はするの?」
「うん! するよ! えっとね、それでね……」
ミホシは小さな手ぎゅっと握りしめて――
「――マコトくんも! って……」
言い切った安心感からか、ミホシの顔には笑みが戻る。
断られる可能性は……考えてはいないのだろう。マコトはいつだって優しくて味方をしてくれた。
(どう言ったものかな……)
マコトは表情を変えないよう努める。
誘ってもらえるのはもちろん嬉しいが、色々と事情がある。
親のスケジュールだったり、親同士の関係性、ママ友の派閥のバランス等々。
それに加えて手土産やらお返しやら逆に誘い返したりやら。
今までもお友達からお誕生日会のお誘いは何度もあったが、アカリたちに掛かる負担が大きくなるのはマコトの望むところではないため、基本的に全て断っている。
(それに、ねぇ……)
マコトが行けばスズカが付いて来る。付いて来ない選択肢はない。
そのスズカとミホシは同じ組になったことはない。現年中組はよく組の垣根を超えて一緒に遊んでいるが、マコトが知る限り二人は会話をしたこともないはずだ。
”なぜいるの?”となるのではないか。
十中八九参加するであろうミホシと仲の良いヒメノとも、スズカは親しいわけでは無い。
これをきっかけにお友達になるとしても、わざわざめでたいお誕生日会にすることではないだろう。
スズカは人見知りだ。
ミサトのように距離の詰め方が上手でない限り、微妙な空気になるのが予想できる。
仲が良いわけではない子のお誕生日会に参加しても、お互い楽しむことは難しいだろう。
(母上からは……、まだ話は行ってないんだろうな……)
それに本来こういった交流は親同士の根回しが先にあるものだったりするのだが、今回は子ども同士で先に約束を付けておくパターンなのだろうか、それともミホシが思わず先走ってしまったのか。
どちらにしろ、何かしらの返事をしなければならない。
誤解が生じる余地がないように――
「誘ってくれてありがとう。すっごく嬉しい。でもごめんね、行けそうにない……」
「…………」
「誘ってくれたのに、ごめんね」
「…………」
マコトは周りの注目を集めないよう声のボリュームを落とし、できるだけ優しい声音になるように意識した。
ミホシは一瞬ぽかんとしたものの、すぐにその口はきつく結ばれ、目には涙が溢れてくる。
「……」
うやむやにすれば良かったのかもしれない。
そうでなくても、今ここで断る必要は無かったのかもしれない。
親に確認するとでも言って、先延ばしにする手もあったのかもしれない。
この展開を半ば予想はしていたとはいえ、マコトの心も鋼ではない。そんな考えも過る。
ただ相手が勇気を出して頑張った。
恥ずかしがり屋で自己主張が苦手なミホシにとっては、それはもう大変な勇気を振り絞ったことだろう。
だからこそ、ちゃんと自分の意思を伝えるべきだと思った。
中途半端だけはダメだと思った。
自分の名前に恥じぬ対応をしたいと思った。
「ごめんね、ミホシちゃん」
マコトは濃紺色のハンカチを取り出し、その涙が零れ墜ちる前に渡す。
「……僕は行けないから、どんなお誕生日会だったか教えて欲しい」
「…………」
「ダメ?」
ミホシはハンカチでごしごしと目元をぬぐってから、フルフルと首を横に振る。
「どんなケーキ食べたとか、どんなことして遊んだとか、どんなプレゼント貰ったとか、次の日教えてくれる?」
ミホシは小さく鼻をすすりながら頷く。
「じゃあ、約束だね」
「……うん、…………やくそく」
もう一度頷いたミホシに、マコトは小指を差し出して指切りげんまんをする。
そして小指同士を解き終わると、ミホシはハンカチをどうすべきかと悩む様子を見せる。
「そのハンカチ…………、いる?」
「……くれるの?」
「……欲しいならいいよ。僕はもう一枚持ってるから」
マコトはそう言いながら同じハンカチをもう一枚取り出すと、ミホシはぎこちないながらも頷き笑ってくれた。
(ふぅ……、なんとかなった……かな……)
マコトは一切の音を立てずに、大きく息を吐いた。
読んでいただきありがとうございます。
書いてて心が…
でも必要だって…




