#174 ハンバーグ
十七時を回って少し。
「そろそろご飯できるよ~」
途中で遊ぶ輪から抜け、キッチンで夕食の準備をしていたミオから声がかかる。
丁度キリも良かった所で、スズカがゲーム機の電源を落とし、子どもたちは言われるまでもなく手を洗ってから配膳のお手伝いへと。
「二人とも良くできた子で……」
ミサトは子どもたちの切り替えの早さに、ただただ感心する。
「普段は作るところから手伝ってるんだけどね。すーちゃんだけ」
「あれ、まーくんはその間何して?」
「平日はふーちゃんときょーちゃんのお世話してるかな。ミツヒサさんも私も仕事でいないから。休日は……、洗濯物畳んでたりとか色々とね」
なお本日は休日にあたるが、ミサトのおもてなしのためマコトもお手伝いはお休み。アカリ一人で遊んでいる途中で一度抜けて自宅に戻り、洗濯物を取り込んでお湯はりは予約済みだ。
「まーくん、お料理はしないんです?」
「戸塚家ではね。そんなにキッチン広くもないから……」
「あぁ、なるほど……」
ミオは首だけ伸ばし、ダイニングテーブル越しに見えるキッチンに視線を向ける。
一般的なサイズ感はよく分かっていないミサトでも、お世辞にも広いとは言えない。壁に沿う形で、ガスコンロが二つと料理スペース、流し台を合わせて間口二メートル少々といったところ。
三人でも作業できないこともないが、スズカと一緒にお手伝いよりも、ミオの動線の邪魔になることを嫌ったマコトが自粛モードになっている。
「さ、私たちも手洗って来ないと」
「はーい」
アカリとミサトも洗面所で手を洗って戻って来ると、子どもたちの活躍もあって既に配膳も終わっていた。
「おっ、なんか凄いハンバーグ!」
「ふふん! 今日は勤労感謝の日だからね! みーくんの大好きなハンバーグを作りましたっ!」
献立は半熟月見ハンバーグをメインに、ポテトと冬野菜のサラダ、コーンポタージュ。見事に子どもたちに大人気なメニューに、ミサトの口からポロリと疑問がこぼれる。
「……ま、戸塚さん、今おいくつでしたっけ?」
「三十六だが何か文句あるか? あるならお前のハンバーグは全部没収だ。俺が食う」
「ないです! これっぽっちも! ……と言うか、すでに四つもあるのにこれ以上食べる気ですか?」
「ミオの作った料理ならいくらでも食える」
「流石魔王……」
「一個没収だな」
「のぉーーー!」
こぶし大より少し大きいハンバーグが二つ盛りつけられた自分の皿を持ち上げ、取られまいと守るミサト。
「ミサト、お行儀が悪い」
「……すみません」
アカリに注意された。当然である。子どもたちの目もあるので。
「……まだ?」
そんな茶番に、早く食べたいと食べ盛り育ち盛りのスズカ。ピンと背筋を伸ばして席に座り、既に手を合わせていただきますの挨拶を待っている。その隣のマコトも同様に。
「ごめんね、ミサトが騒がしくて」
「すーちゃん、ごめんなさい」
「ん、ゆるす」
「じゃあ今日は、一応本日の主役であるミサトの掛け声で!」
「え、掛け声? 一応?」
「『せーの』って言えばいいから」
「せーの?」
「「「「「いただきます!」」」」」
「いただきます! 乗り遅れた!」
一人勝手を知らず挨拶が揃わなかったミサトだったが、気を取り直して先ほどからいい匂いを放っているハンバーグに箸を入れる。
「あ、うまっ……」
口に入れ一噛みで分かる美味しさに、思わず声が漏れる。
程よく噛み応えのある肉に、少し大きめに刻まれた玉ねぎが良いアクセントになっている。しかも中にはとろけたチーズ。半熟の黄身と添えられた特製デミグラスソースとが絡んだその味は、ミサトのハンバーグの歴史が変わるほどであった。
「ミオ先輩、これヤバいッス。マジパネェッス。びっくり越えッス」
「ふふっ、ありがと!」
料理好きなミオの、得意料理の一つ。夫の好物はとことん追求しつくしている。
「すーちゃんとまーくんはどう?」
「「…………」」
お口に物がある時は喋れないので、二人はもぐもぐと口を動かしながら左手でサムズアップ。ミツヒサの好物ではあるが、子どもたちの大好物でもある。
ちなみにフウカとキョウカもハンバーグ……は流石にまだ早いので、代わりに肉豆腐を食べている。
スプーンで上手に掬った……かと思いきや、そこからわざわざ手で掴み直して食べる。逆に器用である。
そうしてミサトを加えてもいつも通りな和気藹々とした食卓。
一足先に食べ終わったミツヒサとミサト。どうやら二人は食べるのが早いよう。ミオの料理が美味し過ぎて箸が止まらなかったせいもあるだろうか。
「高梨から没収できなかったのが悔やまれるな」
「……戸塚さんは毎日ミオ先輩の料理が食べられるんだから、今日くらい良いじゃないですか……」
お腹をさすりながらそう宣うミツヒサに、ミサトは呆れた様子で返す。
「でもホント、ミオ先輩のご飯美味しかった……。私も毎日食べたい……」
「え~、嬉しいけど私、みーくんの妻なので」
「くっ、魔王さえいなければ……」
悔しがるミサトだが、おそらくミツヒサがいようが居まいが、ミサトがミオの手料理にありつけたかどうかは怪しい。
「あれ、でもアカリさんも毎日食べて……?」
ふと気付いたミサトは隣を見る。マコトたちと美味しいねと言いながら食べている、ミオの夫でも妻でもない人物。
彼女は毎日ミオの手料理を食べている。
土日だけではなく、平日もフレックスタイム制度を利用して早めに出社の早めに退社、帰って来たら戸塚家で晩御飯。あくまで最愛の息子と一緒に夕食を取るのが目的だが、ミオの料理を口にしている。
「…………ほら私、ミオの親友だし。子ども同士が結婚するし。家族も同然だし。ね、すーちゃん?」
「ん、すーとまーくんけっこんする」
「……」
当然であるとスズカはしっかりと頷く。彼女の意思は固い。
そしてアカリとスズカに挟まれたマコトは無言でもぐもぐと口を動かす。お口に物がある時は喋れないので。
「じゃあ私も結婚する!」
「……誰と?」
「…………、すーちゃんと……?」
「むり。すーはまーくんとけっこんするから」
一瞬で振られたミサト。
そもそもこの二人の間に割って入ろうなど、無謀にもほどがある。
読んでいただきありがとうございます。
ミサトがどんどん予想外の方向に進む…




