#169 バレていないと思っているのは
ケーキ作りを終えた三人は戸塚家へと移動。そこでいつものように両家揃って昼食を取ってシエスタを挟むと、そろそろおやつの――来訪の時間が見えてくる。
「そろそろかな?」
「うん、あと五分くらいだって」
つい先ほど撮影した動画の編集をする母親たち。
アカリがメッセージアプリを確認すると、ミオも編集作業を中断する。
「――ママ、きょうだれくるの?」
寝起きのじゃれ合いからそのまま、お馬さん役のマコトの背にピッタリと抱きついて遊んでいたスズカが、体重移動だけでマコトに移動先を指示し、ミオの傍までやって来て問う。
今頃聞くの?とも思うが、幼き女の子の頭の中は、大好きな男の子のことでいっぱいなので仕方がない。ケーキ作りにしても、本日の主役を祝いたいというよりも、数日後の本番に向けた予行演習の意味合いの方が強かったので。
「ん~? ママとアカリのお友達だよ~」
「……おんなのひと?」
「うん、そうだよ~」
「むっ」
女の勘が働いたようで、スズカがお馬さんの視界を塞ぐ。
「え、すーちゃん、なぜに……?」
「うわきはだめ」
「しないって……」
「むぅ、でもまーくん、おんなのひとと、たくさんなかよし。きけん」
「……」
「とくに、おとなのおんなのひと。いっつもまーくんなでなでする」
「……」
「きのうもアイせんせいになでられてた」
「あれは肘置きにされてただけ……」
勘ではなく、歴然たる証拠による危機感であった。マコトの浮気に対する、と言うよりは、マコトを好く人物が増えることに対する危機感ではあるが。
実際、マコトは”大人の女の人”から人気がある。
幼稚園のママ友や先生、公園のママ友、近所のご婦人、よく行くスーパーマーケットのスタッフ、定期検診や予防接種で行く病院の先生や看護師さん等々。もちろん男性もいるが、五歳児の行動範囲には比率的に女性が多い。
小さいのに礼儀正しく会話も成り立ち、加えて戸塚母娘に仕込まれた受け答えをするマコト。当然のように可愛がられるし、それゆえ接する機会も増える。
ただそれは、あくまで子どもを可愛がっているだけであって、スズカが懸念するような、”まーくんを我が物に”というような意図はない。
中には、わざわざマコトの頭を撫でてはスズカの反応を見て遊ぶ悪い大人の女の人もいるが……
それに、マコトが他所様に許しているのは会話と頭を撫でるまで。
精神は健全な成人男性のままであるため、恋愛対象となる”大人の女の人”たちからチヤホヤされて悪い気はしないが、大切にしなければならないのが誰なのかはハッキリしている。
ハグ(抱っこ)やキス(ほっぺに)といった情熱的なスキンシップは、スズカ(とアカリもだが)にしか許していない。心身共にこの二人に、二人の意図するところなく鍛えられ、なんだかんだとガードは固いのである。
とは言え、スズカが面白くないと思っているのもまた事実。
マコトもそんなスズカの気持ちには気付いているが、円滑な人間関係および情報網の構築のため、そして何かあったときに頼れる先を増やしておくためにも、多少のお目こぼしは欲しいところ。
その分、その後にはスズカを存分に可愛がっている。マコトはマメな男に育てられているからして。
「確かに。まーくん行く先々でモテモテだから、お母さんも心配かな」
「え……」
いつもは我が子を褒められ誇らしげで、多少のスキンシップも笑ってスルーしているアカリが、割と真剣な表情をしていた。
無論、アカリもマコトが浮気――スズカから気が移るような事態になる心配はしていない。
最も親密である母である自分やスズカ――戸塚一家と、その他の人たちへの対応にはかなり温度差があることは知っている。
それでも心配なのは、妙に気合の入った同僚の姿がちらつくからだろう。
前日に万全を期そうと有給休暇を取ろうとしたり、服装に悩んだり、仕事中にマコトへの手土産をネットで探していたり。
『まーくんはどんなおもちゃが好きなんですかね?』と聞かれても答えることはしなかったが。
そんな本気で気に入られようとしてくる”大人の女の人”にマコトが会うのは、アカリが知る限り初めてだ。その熱意には、スズカでなくとも警戒する。
マコトが賢い――特にコミュニケーション能力が高いのが、悲しいかな、不安要素の一つであった。
五歳を目前にして、マコトの友好関係は凄いの一言だ。
広いと言うよりは、関わった人たちをきっちり味方につけている。
銀行員時代、女性でありながら、男性との出世競争で互角以上に渡り合っていた先輩もそうだった。顧客からも、仲間内からも人気者。ライバルはいても、敵はいない。そんな憧れの先輩に、マコトは非常に似ている。
自分のペースに引き込むのではなく、相手のペースに乗った上で、自分のペースを織り交ぜる器用で計算高いタイプ。八方美人ではないが、誰とでも仲良くできるタイプだ。
そんな対人能力の高さと、幼稚園では”ボス”と一目置かれるだけの数々の逸話。ママ友たちによるファンクラブ(非公式)の設立。
親のひいき目無しでも、マコトは魅力的だ。表情が乏しい欠点さえ、むしろそのわずかな変化を見逃さないようにと癖になる。
そんなマコトに、彼女を会わせていいものか。
間違いなく仲良くなる。
ますますハマる。
もうすでに、動画だけでハマっているのだから。
非常に心配である。
マコトの貞操的なものもだが、彼女の婚期的なものも含めて。
家に招くくらいには心を許している相手であるからして、彼女のことも心配なのだ。
そしてマコトの不安要素はもう一つ――
(まーくんって意外と……)
一緒にお風呂に入る時やマッサージをしてくれている時の、スズカへ向けられるものとは違う遠慮がちな視線。
マコトも所詮、一人の男。スズカがマコトの目隠しをするのは、偶然か、必然か……
色仕掛けをしようものなら即通報、と心に決めるアカリであった。
(母上……?)
声のトーンや感じる雰囲気から、普段とは違う母の心情を察したマコトが眉を顰める。バレているとは、夢にも思っていないが。
「……大丈夫だよ。すーちゃんとお母さんを悲しませるようなことは絶対しないから」
「おぉー。まーくん言うねぇ。目隠しされてなければ決まってたのに」
「……」
マコトの発言に茶々を入れるミオ。
四つん這いでお馬さんをしながら、さらに目隠しをされている状況では、少々格好がつかない。マコトも薄々感じてはいた。
「ふふっ、そんなことないよ。まーくんカッコいい」
「ん! かっこいい。……………むふぅ」
二人から褒められ、まんざらでもないマコト。口元が緩んでいる。バレているとも知らずに。
――ピン、ポーン
そして、来訪を告げるチャイムが鳴った。
読んでいただきありがとうございます。
ミサト登場までたどり着けず…




