#160 ボスとボスの邂逅
あけちパークの多目的ホールの一角、『陽ノ森幼稚園』『うさぎ』と書かれた張り紙の下にリュックサックを下ろしたマコトたちは、四つあるテーマパークの一つ――動物園ゾーンへと向かう。
陽ノ森幼稚園の秋の遠足では、学年ごとに向かう場所が異なる。
年少組は植物園ゾーン、年中組は動物園ゾーン、年長組は自然史博物館ゾーン。
ちなみに残り一つ、遊園地ゾーンへは、幼稚園の遠足で行く予定はない。
理由は色々とあるが、先生たちだけでは子どもたちを監督しきれないのが一番大きいのだろう。
マコトも去年は様々な植物を観て回った。
男の子たちは動かず地味な植物に早々に飽き、逆に女の子は色とりどりの草木にキャッキャとはしゃいでいた。
こればかりは仕方がないのかもしれない。
長い人類史の中の大半を男性は狩猟を、女性は採取をやってきたがゆえ、個人差はあれど本能的に興味を持ち目で追う対象が異なる。
マコトも例外ではなく、植物にさほど興味は無かったが、手を引いてくれるスズカがいてくれたおかげで、それはもう幸せな時間だった。
だが今年はクラスが異なるため一緒に回れない。
(スズカは……)
自分が一緒ではなく寂しがっていないか、心から楽しめていないんじゃないかとスズカが心配になる。
もちろんその心配は的のど真ん中を射てはいるのだが、本当のところはマコト自身がスズカを求めているのかもしれない。
たった五年足らずの”マコト史”だが、その大半にスズカが登場する。隣に居なくて落ち着かないのは、もはや本能的なものなのだろう。
手を引いてくれる人がいない……わけでは無いが、何となく物足りなさや喪失感を感じてしまっている。
(まぁシホちゃんたちもいるし大丈夫かな……)
それらを持ち前の理性で封じ込めたマコトは気を取り直し、友人たちの手本となるように先生の指示に従う。ボスは忙しいので。
「は~い、うさぎ組移動しますよ~! ちゃんと付いてきてくださいね~」
平日の昼間と言うこともあり、人はまばら。他の幼稚園や保育園、小学校からも同じように遠足で訪れている姿が見て取れる。
そんな中、担任のアイを先頭に前後左右を先生たちに囲まれながら、子どもたちはキョロキョロトコトコと歩く。
列の先頭にはヒロマサが率いる男の子グループ、後方にはヒメノが率いる女の子グループ、そして真ん中あたりに陣取ったマコトやコタロウ、ハカセ、ユウマとその取り巻き。
「……かおなげー!! ――なぁマコトッ! あいつはライオンよりもはやいのかッ!?」
本日マコトの手を引くもとい引っ張り回す担当のジュンは、柵にしがみ付いてはどの動物が一番足が速いのか、その一点のみが気になる様子。
一番足が速い動物に、かけっこ勝負でも挑むつもりだろうか。
「長いのは顔じゃなくて首だからね。足は……ライオンの方が速い気がする。ハカセ知ってる?」
「うん! ライオンのほーがはやいよ! キリンはね、じそくろくじゅっきろ! ライオンはね、じそくはちじゅっきろ!」
「やっぱらいおんはおーじゃなんだな!!」
「よく覚えてるね」
「うん! きのういっぱいずかんみて、よしゅーしてきたから!」
「さすがハカセ」
素直にその記憶力を称賛するマコト。
興味を持った子どもの吸収力は驚異的だ。反面、興味を持ってくれない場合は非常に苦労するのだが。
「んぅぅん……?」
「どうしたジュン?」
眉を寄せて唸るジュン。
アジアゾウ、ライオン、トラ、サイ、シマウマ他……といくつかの動物と対面し比較した結果、とある推測に辿り着いていた。
「……なぁマコト、もしかして、てもつかってはしったほうがはやいのか?」
「……」
前足を使って走る。
何を馬鹿な……と言いたいところではあるが、ジュンの表情は真剣そのもの。
実際、大抵の四足歩行の動物は人間より足が速い。
瞬間的にはもう少し出るのかもしれないが、百メートルを十秒と考えると、人間はせいぜい時速三十六キロ。ちなみに体の小さな猫の最高時速は五十キロと言われている。
直立二足歩行に進化したヒトがどこまで四足走行に適応できるかは分からないが、地面を蹴りだす回数が多い方が加速力はあるはず。
そう考えると、ジュンの推測を間違いだと言い切れる自信はない。
「さぁ、どうだろう……。今度試してみたらいいんじゃない……?」
多少物知りなマコトも、知らないことは知らない。そんな時は適当に話を合わせて己の頭で考えさせ、うやむやにするのが彼のやり口。
「とっくんか!」
「どっちかと言うと実験だよね」
「じっけん!」
「……今やるなよ?」
「おう、じゃあかえったらやる!」
その後、ジュンの母サナエが『動物園から帰ってきた娘が手も使って走り始めた』と頭を抱えることになるのだが、それはまた別の話。
「そろそろキリンさんとお別れしますよ~! タイショー! ケイタくん! ジュンちゃん! 先生の声聞こえてる~? 柵に頭ハマってない~?」
五分ほど滞在してアイが移動前の確認をする。
先生に囲まれ、マコトやヒメノのようなしっかり者がいるうさぎ組ではあるが、トラブルが起こらないわけでは無い。
「せんせー! こんどはジュンがはまった!!」
「……マコト、オレもうここからうごけない? かけっこできない……?」
「大丈夫だから。ほら、頭下げろ。で、右向け」
「マコトくんどう? 抜けそう?」
「抜けました」
「さすがボス!」
「マコト! かけっこできるぞ!!」
「しないぞ」
少しでも動物を近くで見ようと努力した結果、トラップにかかることがあれば、
「せんせー! タイショーのくつがあっちいっちゃった!」
「じぶんでとれる!」
「ちょっと待ってね~、乗りだしちゃだめだよ~。先生が取るからね~」
エサでもない靴を動物にあげようとする。
幸い柵のすぐそばに落ちていたため、先生が慣れた手つきで装備しているマジックハンドを操り靴を回収する。
「あれ、ジュンどこいった?」
「マコト、あそこ」
「……ジュン! come!」
「――――わん!」
そうしてなんやかんやとありながら、うさぎ組一行は今日一番の食いつきを見せた動物――
「マコト!! みろ!! なんかたくさんうじゃうじゃしてる!!」
「そうだね」
「あのやまなんてやまだ!?」
「えっと、サル山……で良いのかな?」
「さるやま!!!」
――ではなく設備の前へ。
コンクリートで造られた階段状の山。そこへ橋のように渡された木、それらを繋ぐロープ、タイヤのブランコ等々。
子どもたちはニホンザルではなく、ニホンザルたちが遊ぶアスレチック遊具のようなサル山にテンションがうなぎ上りだった。
「せんせー! きょーはあのやまであそぶのー?」
「オレもあそびたい!」
「ドロケーやろーぜ!!」
「違うよ~、あそこはお猿さんたちの遊び場だからね~。ドロケイはまた今度」
「「「「「えー!!」」」」」
先生がそう言うと、子ども――主に男の子たちから大ブーイングが起こる。
滅多に見られない動物にも興味はあるが、やはり体を動かして遊びたいのが陽ノ森幼稚園児というもの。
そんな彼らを説得するのはやはり――
「せんせー、あのおさるさん、いちばんおっきーね!」
「おー、じゃああれがボスかな~」
「ボス!?」
「マコト?」
「違う」
「ボス!!」
「違う」
「ボスー!!」
「違う。……ってどうした?」
あっちもマコト、こっちもボスと混乱するユウマとコタロウ、それを渋い顔で否定するマコトの元へ、サル山で遊びたいと子どもたちが群がって来る。
「サルかお前ら……」
「うきー!!」
「サルになればあそんでいいのか!?」
「もう十分サ……、それでいいのか?」
マコトは子どもたちの”やりたい”を止めない。
先生を含め、大人たちが何かと理由をつけて止めさせるところを、マコトは何かと理由をつけて出来る方法を探そうとする。
ダメと言って遊ばせてくれない大人と、色々と条件は付くけど遊ばせてくれるボス。
『可能な限りスズカのお願いを叶えてあげる』ためにはどうすれば良いのか、と試行錯誤するのが当たり前となってしまっただけではあるが、だから子どもたちはマコトを慕い頼るのだろう。
とは言え、さすがのマコトもサル山で遊ぶ許可が得られるとは思っていない。
我らがボスは、サル山のボスではないのだ。似たようなものかもしれないが。
なので大抵の”やりたい”は先送りすることになる。
大人の事情も推し量り無理を言わないからこそ、大人たちからも”良い子”として評価されている。それが彼のやり口。
「えっとじゃあ……、飼育員さんになれば遊べるかもね……?」
「じゃあオレ、しーくいんになる!」
「おれも!」
「ぼくも!」
「だったらまずは動物さんたちのこと沢山知らないとね。ほら、そこに説明が――」
「にんげんってね、おサルさんのなかまなんだよ! ずかんにかいてあった!」
「オレはサルになる!!」
「ジュン、stay」
「わん!」
そうして、動物園の飼育員か猿を夢見る子どもが増えたのであった。
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