#159 どっちも選べば良いのは時と場合による
お待たせしました。
幼稚園を出発して四十分と少々、園児たちを乗せたバスは目的地であるアミューズメントパーク――”あけちパーク”に到着した。
「マコト! あっちまできょーそーしよーぜ!」
バスから降りて早々、早くも動き回りたがる元気っ娘。
じっとしていなければならなかったバスの中は退屈だったようで、「まだつかないのか?」「はしったほうがはやくないか?」と言いながら、狭い座席の中で器用に体を動かしていた。
後ろの列の座席に座っていた二人――大きなバスに興奮を抑えきれず、おでこを赤くしながら窓に張り付くユウマや、マコトの指示を正しく理解し静かに温存しようとしながらも、バスガイドのお姉さんのレクリエーションを楽しんでいたコタロウ――を少しは見習って欲しい、と内心思いながら、マコトは隣の席で靴を奪うことで彼女の動きを封じ込めていた。
しかし靴を脱いだところで、この年頃の子どもは平気で走り回れてしまうのだが、「靴下汚したらかーちゃん」と呪文を唱えていた我らがマコト。
”足を地面に着けたら負け”と、彼女の大好きな勝負事へ誘導しているあたり、ジュンの扱いに関しては彼の右に出る者はいないのだろう。
そうして往路のバスを乗り越えたマコト。
そして返却される靴。
水を得た魚もとい、靴を履いたジュンは、何をしにここへやって来たのか忘れてしまっているよう。だが五歳児はそんなものである。
「分かった。先生のお話が終わってからな」
「おっしゃ! かずかぞえる!」
「いや話を聞け」
「おぅ!」
いつもの癖で数を数え始めようとするジュンを止めるマコト。
じっとしていられない彼女をじっとさせるための方法の一つであるが、それを使っていいのはどうでも良い話をしているときだけ。
今回のような注意事項はちゃんと聞いていて欲しいものである。
「ヒロマサくんちゃんとすわって!」
「すわってるし!」
そしてもう一人のやんちゃ坊主。
中腰になっているところを、クラス一のしっかり者であるヒメノに注意されていた。
ジュンの手綱を自然と握りながら、今日も頑張っているなぁと他人事のように思うマコトであった。
「――それじゃあまずはリュックサックを置きに行きましょう」
バスの運転手とガイドのお姉さんに一時の別れを告げ、先生の耳にタコが出来そうなほど聞いた注意事項を最後にもう一度聞き、年長組から移動を開始する陽ノ森幼稚園の一行。
「マコト! バスすごかったね!」
「そうだね、大きかったね」
移動を待つ間、ユウマは一旦去っていくバスに大きく手を振る。
今日はこれからが本番なのだが、一番楽しみにしていたバスに乗れてすでに満足げである。
ユウマは乗り物が好きだ。中でも車は特に。
子は父の背を見て育ち、その父の趣味の一つは車で、家には格好いい車が並ぶ。そんな環境に身を置いているのだから、車を好きになるのも自然なことだろう。
暇があれば父にドライブをねだったり、洗車を手伝ったり、時には自動車ディーラーのお兄さんお姉さんと遊んでもらったり。
「うん! ぼくね、バスのうんてんしゅさんになりたい! ……あっ! でもじーてぃーあーるもうんてんしたい……。マコト、どうしよ……!?」
そんなユウマは、初めて乗った大きなバスに心が揺れ動いているようだ。
大きくなったら特に気に入っている一台でお父さんとドライブをするのが、ユウマの数あるやりたい事の一つである。
「……どっちも運転すればいいんじゃない?」
どちらか片方を選ぶ必要はない。
バスも運転する。スポーツカーも運転する。
それで良いじゃないか、やりたい事が沢山あるのは良いことだよ、と難しい顔をして唸っているユウマにマコトは言う。
「そっか! どっちも!」
いまいち将来の身の振り方を決めかねているマコト(もうすぐ五歳)には、「これがやりたい」と真っすぐに進んでいける純粋な心はまぶしく映る。
「――ねぇユウマ、あのバスとモエ、どっちがすきなの!?」
「どっちも!」
「えー! モエのほうをすきになって!」
「ねぇねぇ、カナはぁ?」
「カナちゃんもすきだよ!」
「……」
だが選ぶ必要があることもある。
今日は遠足ということもあり、いつも以上に張り切るおませな女児たち。その彼女たちに埋もれていくユウマを見て、マコトはそう思う。
思うが、口には出せなかった。
言った言葉をすぐにひっくり返すのは、なんとなく憚られた。
(……スマン、ユウマ)
元社会人として身に着けた礼節や根回しをごくごく自然に行い、そうしてボスと呼び慕われるほど人気者なマコト。そんな彼でも、ユウマが置かれた状況での立ち振る舞い方は、何が正解で何が間違いなのか分からなかった。
時間が解決することもあるだろう。出来れば、自らの手で良い解決方法を見つけて欲しい。今はそっと目をつむって見て見ぬふり。
が、ボスに目をつむっている暇は与えられない。
「マコト、いつまでおんぞんすればいい?」
「……もういいんじゃないか?」
「りょ」
「マコトー、ハカセが!」
「なんだ、ハカセがどうした?」
「……なんかね、ずかんがないとふあんなんだって」
「……ハカセ、図鑑だけが図鑑じゃないんだぞ」
「ずかんだけがずかんじゃない……?」
「あぁ、世の中すべてが図鑑だ」
「よのなかすべてがずかん……」
「あぁ、今日行く動物園だって図鑑だ」
「どうぶつえんもずかん……」
「ハカセは今、図鑑を持っていないかもしれないけど、図鑑の中にはいるんだよ」
「ずかんの……なかっ!?」
「そうそう」
「……ねぇねぇ、マコトくん、あのね、……マコトくんは、なんのどうぶつさんがすき?」
「う~んなんだろう……、ミホシちゃんは何が好きなの?」
「えっとね、えっとね、ミホシはペンギンさんがすきなの!」
「そっか、僕もペンギン好きだよ」
「マコトくんも?」
「うん、観れると良いね」
「うん! きょうね、ペンギンさんみるのたのしみなの」
「マコトッ! きょーそーだ!」
「Stay」
「わん!」
その少し離れた場所では――
「すーちゃんなにみてるのぉー?」
「まーくん」
「どこぉ?」
「あそこ」
「うぅん、……あっ、いたぁ!」
「む、まーくんがたいへんそう……」
「えっ? そーなの?」
「ん、そう。すーはまーくんのことならなんでもわかる」
「すーちゃんすごい!」
「はげましにいく」
「だめだよ! りこせんせーがこまっちゃうよっ! すーちゃんはこっち」
「むぅ……」
「マコトくんから、すーちゃんをおねがいされたんだもん! シホががんばらないといけないんだもん」
「まーくんが……、……ん、すーもがんばる」
「いっしょにがんばろ!」
「ん!」
読んでいただきありがとうございます。
読書用タブレットのバッテリーを交換して、(割愛)、三時間で書き上げて更新にこぎ着けられた自分に驚愕しています。
…今日は気兼ねなくゆっくり寝られそうです。




