#148 運動会(年中)4
最後のストレートが二十メートルではなくその半分――十メートルであったなら、結果は大きく違っていたのだろう。
残り十メートル地点で勝負が動いた。
『――まだ勝負は分かりません!!』
先頭を走っていたマコトに、とうとうヒロマサが並んだ。
勝てる相手は横にいる。
勝てなかった相手は後ろにいる。
初めての勝利を目前にしたヒロマサだが、その表情は非常に苦しかった。
それもそのはず。
常に全力で障害物を乗り越えてきた彼の体力は、すでに底をつこうとしていた。
毎日のように子どもの遊びに付き合う大人からすれば、その小さな体から湧き出てくる体力は無尽蔵に感じるかもしれない。
しかし実際のところは筋肉が疲労し辛く、回復力が尋常ではないだけ。全力を出し続けられる時間はそれほど長くなかったりする。
運動に力を入れている陽ノ森幼稚園に通う子どもたちであっても、それは例外ではなかった。
もちろん全国の未就学児の平均値は超えてはいるだろう。しかし、たった六十メートル少々の障害物競走を走り終える頃には皆ヘロヘロになる。全力を出し切れる子ほどそれは顕著だ。
ヒロマサはその典型的な例だろう。
マコトに並ぶことはできたが、中々前には出られずにいた。
その点、マコトの体力配分は流石と言っていいだろう。彼の表情はスタート直後と全く変わらない。相変わらずやる気がなさそうに見えるが見えるだけ……のはずだ。
しかしトップスピードは一歩ないし二歩及ばないマコト。体力は残っていても、ヒロマサを振り切ることが出来ずにいた。
先頭の二人は横並びのまま、ゴールまで残り五メートル地点。
最後尾を走っていたジュンも遂に追いつき並び、三つ巴の戦いに。
だが王者を名乗るジュンの底力は違った。
毎日のように陽王山を遊び場にしてしている彼女は伊達ではなかった。
『最後の最後にジュンちゃん――!?』
並んだのは一瞬。次の瞬間には二人の前に出ていた。
そして――
「いよっしゃぁぁああ!」
その身でゴールテープを切ったのはジュン。
最後の障害物のネットに引っかかり最下位となってしまった彼女だったが、その俊足ぶりを見せつけ大逆転勝利を飾った。
ゴールした勢いそのままに、雄叫びを上げながらもう一周しそうな彼女を慌てて先生が回収する。
「くっ……、そ……」
「For……、real……?」
そして間もなくゴールしたヒロマサは大の字で仰向けに倒れ込み、マコトも膝に手を付き息を整える。
結局最後まで仲良く並走した二人。ゴールラインを超えたのもほぼ同時だった。
しかし同着では困るのが大人たち。
いや、困っているのは保護者の方ではなく幼稚園の先生の方だ。保護者も保護者でややこしいことになっているが、そちらはどうでも良い。
ゴールした子は着順が書かれた旗の列に並ぶ。そして全員が競技を終えると、そこで作られた三列縦隊で退場する段取りとなっている。つまり二着と三着は明確にしなければ、列を成すことができない。
頑張りを称えて皆で足並み揃えて一着(今回は二着だが)にしてあげたい思いはあるが、残念ながらそのような温い世の中は存在しないのだ。
勝敗によって得られるものがあり、それが重要な世の中だからこそ、努力には価値があり、努力をする必要があるのだ。世知辛い世の中を生きる大人なら身をもって知っていることだろう。
そして努力はあくまで望む結果を達成するための過程にすぎない。その過程で得られるものも当然あるだろうが、あくまで結果論であり慰めの言葉でしかない。本質から目を逸らしてはならない。
ただ誤解しないで欲しいのは、”努力を褒めてあげる”ことは間違いではないこと。
親や周りの年長者に護られ与えられ、その成果を実感し辛い子どもだからこそ、しっかりと褒め、努力するべき時に努力できるように導いてあげるべきだろう。
観客席からも盛大な拍手が送られる。
しかしそれはそれ、これはこれ。褒めることと甘やかすことは似て非なるもの。
その頑張りはしっかりと褒め称えるが、現実もしっかりと見せる。それが陽ノ森。負けた悔しさ以上に努力の燃料になるものはない。好きで得意なことならなおさらだ。
それに順位をはっきりさせたいのは、他の誰でもなく子どもたちの方である。
「どっちがにばん!?」
「……」
ヒロマサが近くの先生に食ってかかるように聞く。マコトも気になっているようだ。
「二人とも同時だったかな」
「なにっ!?」
「……」
もちろんこの状況は初めてではない。毎年のように運動会をしていれば起こり得ること。練習でも何度もあった。解決策も用意してある。誰もが知るお馴染みのアレだ。
ヒロマサとマコトがするのは初めてだったが、二人は先生に促されるまま二着決定戦を開始する。
(統計上はグーかパー。加えて興奮状態では手に力が入る。ゆえに僕が出すべきなのは……)
「「じゃんけんぽん!」」
「しゃあ!!」
「……oh……」
現実は甘くなかった。
人気者で皆から一目置かれているマコトが三位というのは、他の三位となってしまった子どもたちの心の支えになっていたのは不幸(?)中の幸いだろうか。
そしてジュンとヒロマサと比べると、明らかに背が低く不利なマコトがこれだけ奮戦した。その諦めない心は、彼を慕う友人たち、そして大人たちにもしっかりと伝わっていた。
◇◇◇
その後のレースではマコトの真似をして、トンネルゾーンをでんぐり返しで通過しようとする子が多発したのは言うまでもない。
しかしマコトでも何度も練習が必要だった技だ。そうそう簡単に上手くいくはずもなく。
二メートル近くのトンネルを抜けるには計四回転が必要。それをコロコロと転がり視界が安定しない中で真っすぐに進むのは意外と難しい。
それをハイハイよりも速くとなると、難易度はさらに上がる。
他の子どもたちが四苦八苦している様子を見た親たちの中で、マコトに対する評価が地味に上がったのはここだけの話。
そしてマコトの他にもう一人、でんぐり返しでトンネルゾーンを颯爽と転がり抜けた子がいた。
もちろんそれは、マコトと一緒に練習を重ねていたスズカである。
ひつじ組の一組目として走った彼女は、スタート直後から先頭をキープ。
危なげなく障害物をくぐり抜け、トンネルゾーンでは勢い余って余分に一回転していたが、最後は後ろを振り返りながら余裕でゴール。
今年は観に来ているミオ、そして後でビデオで観賞するであろう妹たちに一位を取る姿を見せることは出来たのであった。
読んでいただきありがとうございます。
想像以上に障害物競走回が長くなってしまいました…
次回はようやくお昼のお弁当の時間です。
お遊戯発表は…上手く文章に落とし込める気がしないのでご容赦ください。




