#140 バーベキュー
戸塚夫妻の用件が終わったようで、賑やかな水遊びもお開きになる。
マユミさんが散水ホースで、僕たちの体に付いた芝生やら土やらをざっと洗い流す。
それだけでは綺麗にはならないので屋内へ。
女子組はお風呂場、男子組はシャワールームへと通される。
男子組の扱いが女子組に比べて……
文句はないんだけどね。女子組の方が人数が多いゆえ、広い方のお風呂を使うのは当然の流れ。それに男女で扱いが違うのは今更だし。
ただしシャワールームだからと侮るなかれ。少なくとも我が家の浴室より広く、座れるようにベンチ付きだ。不動産屋の家は中身も凄いね。ちなみにお風呂の方は檜だってさ。
「二人とも大丈夫~?」
「うん! へーき!」
「大丈夫だよ」
シャワールームの戸を挟み、男子組の監督者である我が母上の声が届く。
子ども二人だけでは心配ではあるけど、母上は一緒に入ってはいない。ユウマが「ぼくたちだけでだいじょーぶ!」と張り切っちゃって。ナナミさんも「マコトくんが一緒なら安心ね」ということで、僕とユウマの貸し切り状態だ。
……信頼を得られているのはまんざらでもないけど、僕も戸塚夫妻同様、話し合いをしておきたいところではある。主に何かあったときの責任の所在に関して。
「まこと、あたまじゃーする?」
「うん、お願いするよ」
「わかった! ぎゅってめーつぶってて!」
「はいはい」
そうして何事もなく、体とついでに頭も洗い、着替えを済ませた僕たちはリビングへ戻る。
女子組は……やっぱり時間がかかるよね。風呂場からは楽しそうな奇声が聞こえてくる。
そんな女子組をユウマとテレビゲームをしながら待っていると、綺麗さっぱりとしたスズカが小走りで僕の方へとやって来る。その手にはマイドライヤー。
「まーくん、かみやって」
「……りょーかい。ごめんユウマ、ちょっとタイム」
まぁ水着を持ってきているので濡れることは想定の範囲内。つまり乾かすための道具を持ってきていても不思議はない。
僕はユウマに、そしてナナミさんに一言断って電源を拝借し、いつものようにスズカの髪を乾かし始める。
するとそこへ、シホちゃんが乾ききっていない髪のままのスズカを心配して追ってくる。
「あっ! すーちゃんまことくんにやってもらってる!」
「ん。まーくんじょうず。きもちいい♪」
気持ちよさそうに顔を緩ませ答えるスズカ。
しかしこの流れは……
「そーなの? シホもやってほしかったー」
シホちゃんがすでに髪を乾かし終えていたことで、堀った墓穴に入らずに済んだスズカであった。
◇◇◇
そして本日のメインイベント。
「あれっ、炭ってどこにあるんだ?」
「すぐ後ろに置いてなかったっけ?」
「ん? あぁ、あったあった」
というわけで、晩御飯はバーベキューだ。
吉倉邸の広いお庭で吉倉家、後藤家、坂柳家、そして戸塚家と八代家のみんなで三台のバーベキューコンロを囲んでいる。
僕も何かお手伝いを……と考えていたけど、これだけ大人が揃っている状況だ。子どもの体の僕では逆に邪魔になりかねないし、何よりお父さん方が張り切っている。見せ場を取ってはならないので、大人しく食べるのに専念しよう。
「おーしお前らどんどん食えー!」
「おにくちょーだい!」
「ぼくひだぎゅーがいい!」
「おじちゃん、わたしもおにく!」
「おにーちゃんじゃま!」
「うっせー! お前こそ!」
「まーくん、おにく」
「あいさー」
シホちゃんのお父さん――陽一郎さんとミツヒサさんの手によって、矢継ぎ早に網の上に投下されていく高そうな肉。ジュージューと油が落ちる音さえも美味しそうに感じてしまう。
「ほら順番に並べ」
僕たちは配られた紙皿を持って並ぶ。
ヨウイチロウさんとミツヒサさんは、そこに焼きあがったお肉を次々と乗せていく。
二人とも焼くだけで食べれないのでは……と心配していたが、ミツヒサさんはミオさんに”あーん”してもらっている。こんな公衆の面前で相変わらずな夫婦だね。
「まーくん、あーん」
「……」
人の事言えなかった。
ヨウイチロウさんが空しそうに隙を見て自分で食べる姿が見てられない。それが普通なはずなのに……
奥さんのマユミさんはと言えば、他の母親たちとウッドデッキのテーブルに着いて井戸端会議中。フウカとキョウカがアイドルになっている。
僕とスズカはそこへお肉を運ぶ。
バーベキューにはしゃぐ子どもたちに遠慮しているようで、せっかくのお高いお肉なのにあまり食べれていないのだ。
あ、もしかしてカロリーとか脂質とか気にして……?
……その場合は僕が責任をもって食しますのでご心配なく。
「お母さんたちお肉食べないの? 持ってきたんだけど……」
「うん、ちょうど食べたいなぁって思ってた。すーちゃんもありがと」
「ん」
「マコトくんスズカちゃんありがとー」
「二人とも気が利くね~」
喜んでもらえたようで一安心。
そんな大人気のお肉を焼く隣では、アオイお姉さんのお父さん――彰浩さんがちびちびと野菜を焼いている。どちらが人気かは言うまでもないだろう。閑散としている。
ちなみに主催のユウマのお父さん――真司さんは、そのまた隣でお酒を片手に七輪でシシャモ――正しくはカラフトシシャモを焼いている。……惹かれるものがあるね。
「おじさん、どの野菜焼けてる?」
「……マコトくん、君は本当に良い子だなぁ。ほら、このかぼちゃとか食べごろだぞぉ」
実は農家である坂柳家。幼稚園の課外活動でお邪魔したこともある。
大玉トマトやキュウリ、ナス、ニンニク、長ネギ、トウモロコシ、かぼちゃ、スイカ、メロン、食用菊等々。色々と作っているらしい。
我が家も戸塚家も、形が悪いとの理由で売り物に出来ない野菜を頂いていたりしている。いつもありがとうございます。
しかし長女であるアオイお姉さん、そして夏休みの宿題がまだ終わっていないらしい長男の蓮お兄さんは、我が家で獲れた野菜など見向きもしていない。親父さん、酒を片手に泣いてんぞ。
「こっちのネギは食べられる?」
「おお、焼けてるぞぉ」
「それもください」
ちなみに僕のお気に入りはこの長ネギ――の白い部分。
妙に苦さと辛さに対して敏感に反応する子どもの味覚でも、焼くことで甘みが増して美味しくいただける。風邪予防にも効くしね。
「すーちゃんも食べる?」
そう聞くが、ふるふると小刻みに首を横に振るスズカ。父親共々野菜は苦手としている。
「あーん」
「む……」
しかし僕が差し出してみると一瞬ためらうものの、パクリと食いつき、眉を顰めながら咀嚼する。
「すーちゃん偉いね」
「……ん」
放っておくと好きなものしか食べなさそうで心配だ。ミオさんの目が届くうちは大丈夫なんだろうけど……
「マコトくんは野菜は好きか?」
「うん」
好き……と言うよりは必要だよね。体調管理には。
それに農家さんの前で嫌いとは言い辛い。
「うんうん、ありがとなぁ。マコトくんは農業体験も真剣にやってくれるし、本当に良い子だなぁ」
そりゃ真剣にもなるよね。幼稚園の農業体験って、実際の畑にお邪魔するわけで。
システム屋に置き換えたら、アプリのプログラムを素人に触らせているようなもの。プログラムなら簡単に差し替えたりできるけど、畑の場合はそんな簡単な話じゃないだろうし。未来を担う子どものためにとは言え、毎日苦労して育てているものを触らせてもらっているんだから。
「マコトくんがウチの子だったらなぁ。レンは全く手伝いもしないし、終いには農家はダセェとか言うし……。そのクセ勉強だって真剣にしやしない……」
アキヒロさん、もしかしてお酒が入ると絡んで泣き出すタイプなのだろうか。
思春期で難しい年頃の息子の愚痴がボロボロと……
幼稚園児に聞かせるもんじゃないぞ。スズカの耳を塞いでおかねば……
「なんならウチに”婿入りす”るか? 野菜食べ放題だぞぉ?」
「……ちょっと考えさせてください」
その言葉、何か含みがありそうで怖いんだけど……。
しかしやけに絡んでくるね。いつまでもスズカの耳を塞いでいるわけにもいかないし……母上Help……って母上を巻き込んではダメだ。ここは奥さん!
「こらこらあなた、ちょっと悪酔いしすぎでしょ」
僕の熱い視線を感じ取ってくれたマリコさん。というか、こっちを観ていたので普通に目が合った。
「ごめんねマコトくん。このおじさんちょっと色々難しい年頃でね」
「いえ……」
「お前だっていつも『マコトくん良い子』だって言ってるじゃねぇかぁ。アオイの奴だっ――ふごっ」
「おしゃべりな父親は娘に嫌われるわよ?」
生の――しかも皮付きのトウモロコシを口に差し込まれ、続く言葉を言わせてもらえなかったアキヒロさん。奥さんも慣れた手つきでいらっしゃる……
「マコトくん、スズカちゃん、今あっちでトウモロコシ蒸してるところだから、良かったら食べてって」
「じゃあ」
そうして僕とスズカはこの場を後にする。
◇◇◇
締めにはデザートのメロンジェラートに舌鼓を打ち、バーベキューも終わりを告げる。
大人たちがせっせと片付けをする横で、僕たち子どもは花火で遊ぶ。レンお兄さんはマリコさんに連れられ、さっさと自宅に戻って宿題の続きだ。
お姉ちゃんズはぶりぶ……にょろにょろと出てくる花火や、激しく回転する花火に大騒ぎしている。元気があっていいと思います。流石は卒園生。
そして在園生。
約一名は遊び疲れて、双子と一緒に船を漕いでいる。さてはお主、お昼寝をサボったな?
かく言う僕もちょっと満腹感から眠気を感じ始めていて、完全に省エネモードに移行してしまっている。スズカ……はまだちょっと余裕がありそうだけど、シホちゃんも似たような感じだろうか。
「二人ともどれやりたい?」
「んー……」
「こわくないやつ!」
「……じゃあこれにしよっか」
「ん」
「うん!」
手持ち花火を袋から取り出し二人に配り、置いてあるろうそくで着火。シホちゃんは腰が引けていて逆に危なっかしい……
「ついた! きれーだね!」
「ん」
「そうだねー」
そうしてパチパチと弾ける火花を見ながら、僕たちの夏休みは終わっていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
ようやく夏休みが終わりました…
次回からは二学期が始まります。




