#139 依存
一ヶ月以上あった夏休みも残すところあと二日。
習い事やら自主勉強やらスズカのお相手やらをしていたら、あっという間に時が過ぎていた。
明後日からまた幼稚園に通うと思うと……
……僕自身は特に何もないんだけどね。
幼稚園では納期も後始末も言い訳も考える必要がない。お気楽なものだ。
だから問題はスズカの心情だ。
夏休み中、片時も僕の傍を離れたくないとべったりだった。どこに行くにしても、何をするにしても一緒。夏休みの宿題(任意)である絵日記では、全てのページにスズカが登場している。皆勤賞まであと二日だ。
そんな毎日を過ごしていたスズカが、幼稚園――別々のクラスに通う毎日にすんなりと戻れるだろうか。
……そうなった一番の原因は僕なんだろうけどね。わかっている。反省は……一応している。
だけど構ってほしいと全身全霊で訴えてくるスズカを僕が拒めるはずがないだろう。拒む隙が無いと言ってもいい。
ミオさんたちも流石に心配になったようで、ここ一週間はリハビリとしてお泊り禁止令が出されている。
幸いにも帰り際にごねたりすることはないんだけど、不安そうに僕を見送るスズカの表情がまたいじらしくて。何というか……罪悪感が半端ない。
その結果、日中のべったり具合と距離の取り辛さが重なり、状況は逆に悪化してしまっている気がしなくもない。
引っ越しなんてした日には……
と言うのも現在、僕は吉倉家に来ている。もちろん僕は子どもなので保護者である母上、そしてスズカたち戸塚一家も一緒だ。
僕たちお子さまグループは、吉倉邸の広い庭でわーきゃー言いながら水掛けごっこをして遊んでいる。メンバーはスズカの他にユウマとシホちゃん、そして小学生になったお姉ちゃんズ――ミユお姉さん、ヒナお姉さん、アオイお姉さんたちだ。
しかしお金持ちの家は水鉄砲も凄いね。もうあれはおもちゃじゃなくて兵器だよ。
ただしその水鉄砲を持っているのはお姉ちゃんズだけ。年功序列は健在のようで、僕たち年少者は安っぽいハンドガンタイプと水風船で応戦中。
早々に不利を悟った僕は、お母さま方が足湯ならぬ足水をしている大きなビニールプールの中に居座り、せっせと水風船を作っては浮かべている。
決して暑さに参って涼を取りたかったわけでも、井戸端会議を盗み聞きしたかったわけでもない。水風船風呂って一回やってみたかったし? それに後方支援は大切。
ちなみに濡れてもいいように全員水着である。みんなフリフリの水着が可愛らしい。ユウマ以外。
……おっと勘違いしないで欲しい。僕はロリコンではない。見て愉しむというのであればあと十年は待たないと――
「まーくん?」
「どうされましたか我が姫よ。……水風船は沢山ございますよ?」
「……わがひめ…………む、ふ……」
と、そんな感じで楽しく遊んでいる。
……それが引っ越しとどんな関係があるのかと思われるかもしれないが、この家の主――ユウマのお父さんの職業を覚えているだろうか。
そう、不動産屋だ。
夏休みは週一回以上のペースで吉倉家に遊びに来ているが、本当に用事があるのは戸塚夫妻だ。今頃家の奥――空調が効いた部屋でお話をしていることだろう。
そして不動産屋と話す内容と言ったら家の事。
今住んでいるアパートの間取りは1LDK。五人家族となった戸塚家にとっては狭いのなんの。ミツヒサさんもよく『家が狭い』とボヤいてるし、ミオさんもPCで不動産サイトを漁っているのを見かける。
……僕ら八代親子も頻繁にお邪魔しているのも狭い原因の一つなんだろうけどね。
最近はフウカとキョウカがよちよちと歩き出したことで、さらに手狭に感じることが多くなった。転んだ先に机や棚が目の前なんてことも。
三姉妹のこれからのことも考えれば、今の家に住み続けるのは現実的ではないだろう。自分の部屋だって欲しがるだろうしね。
そういった訳で、戸塚家はお引越しを考えているようなのだ。
まだ具体的な話は流れてこないものの、スズカとお隣さん同士でいられるのもそれほど長くはないのかもしれない。
引っ越す場所によっては簡単に会えなくなる可能性もある。
そうなると、スズカの僕への依存を本格的にどうにかしないといけないわけで……
母上の転勤話が完全に無くなったのと、クラスが別々になっても幼稚園には通えていたことで、ちょっと軽く考えすぎていたのかもしれない。
今年の夏休みはそれを再確認するいいきっかけになった。
……だからと言って、どうすればスズカの依存具合を和らげることができるのか、具体的な策は思いついていないんだけどね。
「――まーくん」
「どうしたの?」
「つかれたからきゅうけいする」
「そっか」
そう言うと、ぴったりと僕の隣に座り水風船をかき分け遊びだすスズカ。
……色々と御託は並べたけど、今の状況を望んでいるのは僕なんだろう。
こうして僕の傍に居たいと思ってくれていることに、僕を必要としてくれていることに安心している自分がいる。
それくらいしか、今の僕には出来ることが見出せないから……
本当にリハビリが必要なのは僕なのかもしれないね……
読んでいただきありがとうございます。




