#137 母の意外な趣味
八月も半ば。
母上の会社もお盆休みへと入り、僕たちは母上の実家へと帰省していた。
「……よく来たな」
「うん、ただいま」
「お邪魔します」
「もう、まーくんもただいまでいいのよ?」
「……ただいま」
祖父はぶっきらぼうな口調ではあるけど、怒っているとか機嫌が悪いとかそういうわけではない。
もうここに来るのも三度目ともなれば、何となく祖父がどんな人か分かって来る。ただ単純に口下手な人なんだろう。
「――お父さんったら『マコトたちはいつ来るんだ』って先週からそわそわしてたんだから」
「お、おい……」
そう祖母にバラされては、祖父は厳つめの顔をしかめている。
何であれ、歓迎されているようで一安心です。
そして来客は母上と僕だけではない。
「お邪魔しまーす」
「おじゃまします」
「お邪魔します」
「あぅあ!」
「まぁぅ!」
戸塚一家もいる。
「おばさん、ご無沙汰してます」
「ミオちゃんたちもいらっしゃい」
母上とミオさんは小学校の頃からの付き合いだということなので薄々そうだとは思っていたんだけど、ミオさんと祖母は顔見知りのようだ。しかも結構親しそう。
コミュ力が高いミオさんが居ながら、何故母上と祖父母はここまでこじれていたのか……と思わなくもないが、いくら親しい間柄と言っても結局は余所の家のこと。ミオさんだって自分の家庭があるし、初子も授かってた時期だろうからそれどころじゃなかったのかもしれない。
「娘たちが世話になってる」
「いえ、こちらこそ」
そしてこっちでは祖父とミツヒサさんが挨拶を。
……母上は渡しませんよ? ミオさんがいるでしょ……ってそういう雰囲気ではないけどね。言っておかないといけないような気がして。
と言うわけで、今回の帰省は戸塚家も一緒だ。
ちなみに午後からは近所にあるミオさんの実家――百瀬家に、僕ら八代家も一緒に行くことになっている。
なんでもスズカが僕から離れたくないと。
そう言われて内心嬉しく思っている自分がいるが、夏休み明けにすんなりと幼稚園に行けるだろうかと、少々心配にならないこともない。
そんなスズカはと言うと、絶賛人見知り発動中。
僕の腕を掴み背中に隠れながら、初対面である祖父母たちの様子を伺っている。
「こっちの可愛いお嬢さんもいらっしゃい」
「……はじめまして。とつかすずかです。よろしくおねがいします」
「あら~、ご丁寧にどうも。初めまして。マコトの祖母のミドリです。よろしくお願いします」
スズカは練習していた挨拶を口にする。
「まーくんはもうお嫁さんを見つけたのね~。しかもこんなに可愛くて礼儀正しい子! 曾孫の顔も早く見られそうで楽しみね~」
「良い子ね~」と祖母はスズカの頭を撫でながらそんなことを言い始めるが、気が早いにもほどがある。
しかしスズカも口をもにゅもにゅとさせながら、まんざらでもなさそうな様子。
祖母への人見知り具合も少しばかり解けてきている。知らない人にも上手く乗せられたら付いて行ってしまいそうで心配になってくる。
「ささ、入って入って。暑いでしょ。アイスも買ってあるから」
一通り挨拶も済ませると、祖母は僕たちを居間へと案内してくれる。
まずは仏壇に手を合わせる。お盆だからね。充実した毎日を送っていますと感謝と報告を。
しかし気になるのは、仏壇の前に置かれているアレ。
前回GWに遊びに来た際、祖父と一緒に作ったプラモデルがクリアケースに入れられて飾られている。
祖父にプレゼントしたものだし、それを大切にしてくれているのは嬉しいけど、お供えしても良いのだろうか? こんなことになるなら、もうちょっと上手に作っておいた方がよかったかもしれない。
そうしてご先祖様への挨拶も済ませると、なにやら祖父が僕の方をちらちらと気にしながら難しい顔をしている。
まぁ何となく想像は出来ている。さっきも祖母が僕らが来ることを楽しみにしていたって言ってたし。
おそらく僕と遊ぶためにいろいろと考えていたんだろうけど、スズカが僕にぴったりとくっついているから話を切り出し辛いんだろう。
それにほら、祖父は子どもの、ましてや女の子の相手とか凄い苦手そうだし。
そんな僕たちを見て、あれこれと近況報告等々をしている大人の女性陣は苦笑いしている。しかし手助けはしてくれないようだ。
「おじいちゃん、今日は何して遊ぶの?」
ということで、僕から切り出してみよう。だって居たたまれない。
「ん? あぁ、そうだな……」
別に構わないんだが、と言いたげな雰囲気を出しながら、祖父は事前に準備していたであろう将棋盤を用意し始める。しかもちゃんと足が付いた立派なやつだ。ひっくり返して首を置けるやつ。
「マコトは賢いし、将棋とか好きなんじゃないかと思ってな」
というか、四歳児に将棋を教えるつもりなのだろうか。ちょっと早すぎる気もするけど、そんなもんなのかな?
「――そういえばアカリも小さいころ将棋やってたよね。小学校の頃は選択レクリエーションの授業で将棋選んでたし」
「まぁ少しだけね」
「アカリの事好きだった男子が二人ほど追いかけて将棋選んだはいいけど二人とも弱すぎて。結局アカリは先生とばっかり指してたのよね~」
…………ほぅ
ケラケラと笑いながら、昔を懐かしむミオさんたちの会話が耳朶に触れる。
いやしかし母上が将棋を……
リバーシも強いからもしかしたら……とは思ってはいたけど、我が家には将棋なんてないから知らなかった。
母上は遠慮がちに少しだけとは言っているけど、選択授業で選ぶくらいだから普通に好きだよね。
ならばやるしかないだろう。
母上と将棋を指して遊ぶのも良いんじゃないだろうか。
そういうわけで僕が「やってみたい」と言うと、祖父は駒の動き方の表を僕に渡してくれた。
あ、いきなり対局っぽいことするのかな?
まぁ僕も将棋をまったく知らないわけではない。
と言っても各駒の動き方と、最終的に王を取れば勝ち……と超基本的なことくらいしか知らない。定石とか言われてもさっぱりだ。
僕が興味を示したことで興味を抱いたのか、スズカも一緒に祖父から一通りのレクチャーを受ける。
そして実践に勝るものはないとのことで、いざ対局。
祖父は飛車角金銀香桂歩落ち。つまるところ祖父の駒は王だけ。こちらはフルメンバー。
……祖父よ。
いくら相手が四歳児で初心者だからと言って、これはやりすぎではないだろうか。こう見えて僕、積み重ねた時間だけならあなたの娘さんよりも長いんですよ……? ……将棋は初心者だけど。
まぁ祖父もはなからギリギリの戦いをするつもりはないんだろう。
駒の動きを覚えさせながら、将棋に慣れさせてくれようとしていることくらいは僕でも分かる。
王だけで勝つのは流石に無理がある。……無理だよね?
ともかく胸をお借りすることにしよう。
僕は飛車の前に居る歩を進ませ、飛車が自由に動けるようにする。前後左右、一直線ならどこまでも突き進んでいくどこぞの元気っ子のような駒。こいつほど厄介な駒はないはずだ。
そんな僕の判断に、祖父は胡坐をかいた膝に肘を付き、あごを触りながら感心した様子を見せる。ちなみにスズカは僕の隣で真剣な顔をしながら盤上を観察している。
母上とスズカの前で恥ずかしい将棋は出来ない! ……ということで頑張って攻め、十手ほどかかってしまったが王手をかける。
ハンデも大きいしすぐに王を取れると思っていたのに、予想以上に王がちょろちょろと隙間を縫うように逃げるもんだから中々追い詰められず……
なんか幼稚園のドロケイでやってることをやられ返された気分だ。
もしかして将棋覚えたらドロケイにも活かせるのかな……?
「マコトは才能あるかもしれんな」
祖父は嬉しそうにそう言ってくれるが、ちょっとズルしているので申し訳なくなってくる。
「すーちゃんもやってみる?」
見ているだけだと退屈かな、と思ってスズカに提案してみる。
しかしスズカは首を振り「まーくんがやってるのみてる」とのこと。
スズカってさ、今更だけどかなり頭いいよね? 教えたことはすぐに覚えちゃうし。あと昔からよく物事を観察してるし。将棋も案外すんなりと覚えちゃったりするのかもしれない。
その後、祖父側が飛車角金銀香桂落ちの状態で三回ほど対局した。
スズカはひたすら観察。たまに僕から「すーちゃんならどうする?」と聞いてみたりして。
そうして集中していると時が経つのも驚くほどに早く、気付けばお昼になっていた。
これはハマりすぎるとまずいかもしれない。他のことができなくなる。だから母上も止めたんじゃないだろうか……
出前寿司でお腹を満たすと、そろそろ百瀬家へと移動する時間が迫ってくる。
「持って帰るか?」
「いいの?」
「あぁ、どうせ家にあっても相手がおらんしな」
忘れ物がないか確認をしていると、祖父が母上に将棋盤を持って帰らないかと提案していた。
「どうするまーくん? お家でも将棋やる?」
母上と一緒にあそべそうなので、僕はコクリと頷いておく。
「あ、でもこっちに来た時に……」
「気にせんでいい。今度お前たちが来るまでには小さいやつでも買っておく」
「そっか。よかったねまーくん」
毎回将棋盤を持って里帰り……ということもなさそうだ。
「じゃあ次に来るまでにお母さんと練習して、おじいちゃんをびっくりさせよっか?」
「うん」
僕は祖父にお礼を言い、将棋盤とともに母上の実家を後にするのであった。
読んでいただきありがとうございます。




