#136 夏休みの苦悩
遅くなり申し訳ございません。
朝母上を仕事へと見送ると同時に、僕は戸塚家へとお邪魔する。
そして比較的涼しい朝のうちに運動も済ませておくため、戸塚家全員と近所の公園まで散歩。
夏休み二日目以降はユナちゃんの方が先に来ていて、スズカと僕との三人で追いかけっこをして遊ぶのが恒例となっている。
幼稚園と違って大人数じゃなくて物足りないかなと心配もしたけど、二人とも楽しそうにしてくれている。ユナちゃんもだいぶ身のこなしが様になってきた。
ただしかし何というか、そろそろ追いかけっこにも飽きて良い頃じゃないかと。たまにはブランコ漕いだり砂場で山作ったりするのも楽しいと思うんだけど。
まぁ一番体力が減る遊びではある。運動不足が心配な夏休みにはうってつけだろうから別に構わないんだけどね。姫君たちの仰せのままに。
帰ってきたらもちろん汗を流すことも忘れない。
比較的涼しいとは言え暑いことには変わりない。あれだけ走り回ればTシャツも絞れるくらいに汗をかく。着替えるだけでは物足りない。あせもになっても困るしね。
その後はお勉強タイム。
二人でやれば楽しいよね。
一人で勉強(外見相応)なんて苦行でしかないからさ。僕、スズカが隣にいないと勉強なんて出来ない。
ちなみにスズカが隣にいない幼稚園の国語とか算数の時間は、基本的に先生の言った言葉を頭の中で英語とか中国語とかに翻訳して時間を潰していたりする。
だからとっさに話しかけられるとちょっと困るんだよね。ちゃんと授業受けてないことがバレて……
スズカと一緒に絵本や童話を読むときも、実は頭の中で翻訳しながら読んでいる。
そして気付くのは日本語の表現の豊かさだ。
英語だと細かいニュアンスまで含ませきれないもどかしさ。そしてそれをちゃんと伝えようとすると言葉数が多くなる。日本語って難しい。
そんなことを考えていると、あっという間にお昼になる。気付けばお腹も空いている。
ミオさんは料理が上手だ。技術的なこともそうだが献立。
栄養バランスも考えた上で、昼も夜も違うメニューが出てくる。
僕も前世では最後の方にちょっと料理をかじり始めてはいたけど、毎日メニューを考えるのは中々に大変……と言うよりも面倒臭かった。
たまにカレーが連続で出てくる事もあるけど、カレーはそういうものだよね。
あ、僕としては母上が作る料理の方が好きだよ?
そりゃあミオさんの作る料理は美味しいし好きだけど、愛情に勝るスパイスはないんだよきっと。
そうしてお腹が膨れると、次第に眠くなってくる。
そういえば幼稚園では年中に上がってお昼寝の時間が無くなっちゃったんだよね。ぶっちゃけ眠くて辛い。
ジュンたちもあれだけ走り回ってるのによく体力持つなと思う。
ただ幼稚園から帰ってきたら爆睡してるらしいんだけどね。夜寝れなくなるから九十分ほどで叩き起こされてるとも聞く。
だが今は夏休み。昼寝し放題!
ということで、僕の隣で寝落ちしているスズカをミツヒサさんに運んでもらう。
僕が運んであげたいけど、残念ながら四歳児にそういうのは期待しないで欲しい。力が足りないし、何より僕も睡魔に襲われている。そんな状況で僕より育っているスズカを運ぼうものなら、どんな事故につながってしまうか。
スズカを危険に晒す可能性を、自ら手繰り寄せるほど愚かではないつもりだ。
ちなみにミオさんも一緒にお昼寝することもある。
僕は隣でぐっすりなので気付いていないんだけど、双子の夜泣きもあるみたいだからね。子育ては大変なんだよ。僕も少しはお役に立ててればいいんだけど。
そうしてひと眠り。先に起きた僕はスズカを起こす。普通にだ。初日の失敗?は繰り返さない。スズカは少し残念そうだけど。
おやつを食べてから夕方の時間は自由時間だ。
と言うのも、夏休みの習い事がこの時間帯に入っているため、自由に動けるようにしていることから自由時間と呼んでいる。
沢山の選択肢の中から選んだ習い事は音楽教室、スイミング、護身術の三つ。
ダンスは中学校で必修……になると思われるからやろうかどうか迷ったんだけど、今回は保留にしておいた。
あんまり習い事増やしすぎてもね。送迎も大変だろうしということで。
音楽教室はスズカと一緒にタダでいいよと言ってくれた折井音楽教室。もともとは楽器店として営業していたところ、そこの娘さん(音大卒、元大手音楽教室講師)が戻ってきて、昔の音大仲間を集めて始めた教室だそうだ。
内容は幼児を対象としたリトミックコース。
本格的にピアノを習うというものではなく、エレクトーンを使って遊んでいるといった感じだ。
色んな楽器の音をボタンで切り替えて鳴らしてみたり、先生が鳴らした音階を当てるゲームをしたり、知っている歌をドレミの音階で歌ってみたり。
幼児向け授業ではあるけれど、意外と楽しめていたりする。タダで申し訳ないくらいだ。
ちなみに広告塔としての役割はちゃんと果たせたようで、聞くところによると前年比の五倍だとか。音楽教室を開業して二年目とはいえ、ちょっと話を盛ってないかと思う。
そして音楽教室と同様に定番の習い事のスイミング。夏季特別コースで週二日。
今年は去年と別のスイミングスクールに通っている。去年誰一人として友人を見かけなかったのは、こちらに来ていたからだったようだ。
練習はバタ足から始まり、ビート板を使って十五メートル水泳。
個々のレベルに合わせてステップアップしていくようで、僕とスズカは現在クロール十五メートルを練習中。スズカの吸収力が半端ないね。おそらく同学年では優秀な部類に入っていると思われる。
意外だったのは、体育では敵なしのジュンは水泳は得意じゃないようで。バタ足も水しぶきは凄いんだけど、進む速さは並みだった。
最後に護身術。色々と教えてくれるようだが、メインは合気道だ。
選んだ理由は、自分の身は自分で護るため。
例えば、いきなり包丁持った男が玄関に現れてもどうにか逃げるくらいは出来るように……という理由が半分。
もう半分は”親子で合気道を始めてみませんか?”とチラシに書いてあったから。
まだ始めて数回なので、礼儀作法やストレッチ、あとは基本動作――受け身の練習くらいしかしていない。一朝一夕で身に着くものでもないので。
とりあえず道着姿の母上とスズカ、あとミオさんを見られただけでも始めて良かったと思っている。
ミツヒサさんは妙に決まっていてちょっと羨ましかった。ミオさんが惚れなおしていたのはまた別の話。
とまぁ習い事はこんな感じだ。
音楽教室と護身術はおそらく夏休みが終わっても続けていくんじゃないだろうか。
そんな自由時間が終わり、母上が帰ってきて皆で夕食を取り、自宅へと帰ってお風呂に入って寝る。
何ともまぁ充実した年中の夏休み。
……なんだろうけど、最近どうにも落ち着かない。
今までは母上と二人っきりで英語や中国語の勉強をしたり、母上が家事をやっている間にちょっと色々とやったりしていた。その自分磨きをする時間が全く取れていないのがどうにも気になる。
そしてその要因は……
「まーくん、うけみのれんしゅうする」
「あいさー」
今日も八代家に泊りに来ているスズカなのだろう。
今は風呂上りに布団を敷いて、合気道の受け身……と言う名の後転の練習をして遊んでいる。
夏休みは本当に自由な時間はあるようでない。スズカが四六時中一緒にいる。まるで幼稚園で一緒に過ごせない時間を取り戻すかのように。
そうなるとコソコソする時間は作れない。スズカと一緒にいる時間はスズカファーストだからね。
もちろんそのことに不満はない。
スズカが楽しそうにしてくれているだけでこちらも元気が出る。
少なくともスズカに寂しい思いをさせてまで自分の時間を作りたいとは思わない。
僕にとって頑張る理由の半分なのだから。
スズカと一緒に楽しく遊んでいる時間は楽しく幸せな時間だ。
だけどやはり不安が拭えない。
ただただ時間を満喫しているだけのような気がしてならない。
今の僕は幼稚園児だ。
求められることも幼稚園児レベル。
だから簡単だ。
しかし今後は?
……勉強は高校レベルまでは苦にはならないだろう。これでもそこそこの偏差値の国立四大卒。そこは心配していない。
それに一度社会人になれば気付くだろうが、学力だけでは世の中生きていけない。逆に言えば学力が無くても生きていく方法はある。
むしろ学歴や学力以外で稼ぐ力が求められるだろう。
それが何なのかは分からない。
だから思いついた努力をする。今時間があるうちに。歩みを止めていると不安になるから。
「……まーくん、難しい顔してどうしたの?」
「おなかいたい? うけみしっぱいした?」
……どうやら表情に出ていたようだ。
母上とスズカが心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
二人を心配させたくないから頑張ってるのに、これじゃあ本末転倒だよね。
「ううん、大丈夫」
とりあえず、今は受け身の練習をしよう。
死んでしまったら元も子もないしね。
読んでいただきありがとうございます。
習い事とか遊びに行ったりとか、色々とを書こうと思っていましたが、書いててもなんか面白くならない×3。
…と心が折れたので、マコト語りでダイジェスト気味になってしまいました。
夏休みエピソードは何か思い浮かんだら書くかもしれません。
…と書いてて帰省のエピソードが浮かんだので次回はそれで行きます。あくまで予定ですよ?
改稿履歴:
2021/09/13 00:17 誤字および一部言い回しを修正




