#135 ボスの不在
遅くなり申し訳ございません。
現実では夏休みシーズンが終わってしまってますが、もうしばらくお付き合いを…
夏休みに突入し、早くも三日目の朝がやってきました。
毎日怠惰な生活を……送ってはいませんよ?
陽ノ森幼稚園は預かり保育の延長として、夏季保育を実施していますから今日も私は先生です。本当の意味でのお休みはお盆の一週間だけになります。
一年目の頃は夏休みがないことに嘆いたこともありましたが、もうかれこれ五年目。嫌でも慣れますよね。今ではむしろ、一ヶ月以上お休みをいただいても何をして過ごせば良いか……
子どもたちの元気な声が恋しくなりますよね。
さて、そろそろ子どもたちを乗せたバスも来るので教室へ……とその前に、夏季保育について説明しておきますね。園によって結構違ってくるということなので。
先ほどもちらっと出てきましたが、陽ノ森幼稚園の夏季保育はお盆前後の一週間を除き、平日は毎日行っています。在園児のみを対象としていて、申し込めば夏休み期間中は自由登園となります。自由登園と言っても、ほとんどの子が毎日来ますね。
ちなみに夏季保育は別料金になります。
私は幼稚園側でお給料にも関わることなので大きな声では言えませんが、夏季保育の料金は八万円少々とお安くはありません。
その分夕方の預かり保育もそのまま利用でき、かつ送迎バスと給食も出るのでそれなりに充実はしていますが、やはりお財布的には厳しいものがありますよね。
親御さんからも『週一、二回でいいから安くならない?』といったご意見もちらほらと頂きます。
それを受けて、職員会議で一日単位でのチケット制度を導入できないかと議題に上がりましたが、人員や給食、送迎バスの調整が難しい等の理由で今年も見送られています。
そういった大人の事情もあり、園児たち全員が夏季保育を利用しているわけではありません。
その割合は年少さんが最も少なく普段の半分程度。それが年長さんになると八割近くまで増えます。年中さんはその中間程度ですね。
年長さんの割合が多くなるのは、子どもの体力に親が付いていけず遊ぶ場所にも困る……といった理由をよく聞きます。陽ノ森幼稚園は体育に力を入れているので、それも仕方のないことでしょう。私たち先生もついていくのに必死です。
そうすると夏季保育を利用する子としない子が出てくるので、学習消化速度に差が出来ないよう授業内容も普段と違ってきます。
子どもたちの自主性に重きを置き、ほぼすべての時間を自由遊びの時間にしています。
体を動かしたがる子が多いので、普段から使えるグラウンドに加えて、体育館も跳び箱やマットを用意して開放しています。もちろん安全管理のため、私たち先生がしっかりと監督していますよ。
唯一決まっている授業と言えば、プールくらいでしょうか。
暑い夏は当然のように人気ですから、子どもたちが殺到してしまうのを防ぐためです。
あとは各学年ごとに週に二度、園から歩いて十分ほどの場所にある陽王山麓の広場まで遊びに行ったりもします。
自然とちょっとしたアスレチック(理事長がお金を出して作ったとつい一昨日知りました)があるので、その日を楽しみにしている子も多いです。家族でお出かけの日と被ってしまい行けなくなり、泣いてしまう子もいるとか。
その他にも、私たち先生が紙芝居や絵本の朗読、工作教室なんかを開いて子どもたちを飽きさせないように工夫しています。
と、陽ノ森幼稚園の夏季保育の説明としてはこんなところですかね。利用されている親御さんからは、おおむね好評です。
「はぁ……」
年中の教室へと向かっている途中、隣のアイ先生が重い溜息を。いったいどうされたんでしょうか。いえ、何となく予想はついていますが。
「ねぇ、リコせんせー。今日はボス来る?」
「非常に残念ですが、来ないですよ」
「ですよねー……」
ほら、やっぱりそうでした。
ボスとはもちろん、マコトくんのことですよ?
何かと話題の彼ですが去年と同様、夏季保育は利用していません。
お母さまはお仕事があるので家に一人っきりになってしまいますが、お隣のスズカちゃんの家で預かってもらっているそうです。
余所の子を預かるのは色々と大変とは言いますが、お母さま方が昔から付き合いもあり信頼し合っているとのことなので。
それにマコトくんは子どもとは思えないほどしっかりしてますしね。手がかからないどころか戦力として数えられるそうなので、夏季保育に預けるには惜しいのでしょう。
今頃はスズカちゃんとイチャイチャしてるんじゃないですかね。
「あと一ヶ月は来ないですよ」
「ここではっきり数字を言って私を絶望へと追いやるリコせんせー。流石ナチュラルブラック……」
「ちょっ……!」
ナチュラルブラックって何ですか!? 間違っても子どもたちの前で言わないでくださいね? キュアの仲間だと思われて定着しちゃいそうなので!
「しっかし……去年はどうやってマコトくんがいない夏を乗り越えたの?」
「えっと確か……」
特にコレと言って……。年少さんだったので人数も少なかったですし、前年までと感覚はあまり変わらなかったですね。
その頃にはもうクラスの人気者ではありましたが、今ほどの影響力はなかったんですよ。
あの頃は一緒に遊ぶと言っても、一人遊びを複数人が集まってやっていることがほとんどだったので、彼がいなくても子どもたちは勝手に遊んでくれてましたから。
あとはジュンちゃんやローズレンジャーの面々といった、目を離せない子たちも利用してなかったので……
「幸運が重なってたわけね……」
「まぁ、そうですね……」
念のために言っておきますが、マコトくんがいないからといって、子どもたちを纏めきれないわけじゃないですよ? 私たちも先生としてちゃんと仕事はしてますから。彼がいなくても普通にやっています。
まぁ、それも子どもたちがマコトくんの影響を少なからず受けていて、先生として助かっているのは確かではありますが……
ヒロマサくんもジュンちゃんも、彼がいなければ今も手を焼いていたでしょうから。ちなみに今年は二人とも夏季保育を利用してます。
ただアイ先生がマコトくんを求めている理由はそういう意味ではないんです。
「はぁ……、マコトくんがいないと、どうもドロケイの質が下がるのよね……」
今現在、年中クラスで流行っている遊びはドロケイです。
夏季保育中ももちろんやってます。クラスの垣根も超えてみんなで仲良く遊んでる姿は、年中組の担当としても嬉しいですね。
ただいつもと違うのは、その中心であるマコトくんがいないということ。
別に彼がいなくてもドロケイは出来ますが、どうしてもいつもの緊張感というか、面白さが欠けるみたいなんですよね。
年長さんでもドロケイは人気の遊びなんですが、比較してみると分かるんですよ。年中さんのドロケイは組織的な動きをしていると……
味方同士で連携して追いこみやおびき出し、攪乱、潜伏、スケープゴート等々……
そういえばハンドサインを使ってる子もいましたね。それはもう鮮やかな逮捕劇で思わず拍手してしまいました。
その要因は十中八九マコトくんなのでしょう。
アイ先生曰く、マコトくんは参謀であり策士であり統括。
子どもたちの間でも”ボス”というあだ名が定着してきて……。確かばら組の頃も一部の子どもたちからそう呼ばれてたので、始まりはあの子たちでしょう。
どうも彼が関わると、子どもたちの遊びのレベルが数段上がるんです。
思い返せば年少さんの頃もそうでした。積み木やお砂場でも……
ただそのレベルの遊びに慣れてしまった子どもたちは、マコトくんがいないドロケイでは不完全燃焼気味のようで。
アイ先生もそれを気にしてナーバスになっているようです。
「アイ先生とユウゴ先生が混ざってもですか?」
「うん無理。そりゃ私たちは大人だからさ、子ども相手に勝つのは難しくないけど……。作戦とかは……また別でしょ?」
「確かに」
体力バ……自慢のアイ先生とユウゴ先生がドロケイに参加してますが、それでもマコトくんが抜けた穴を上手に埋められないようです。
マコトくんは頭がいいですからね……
彼は勉強も得意ですが、そういう意味ではなく。上手いんです。
「でもマコトくんのことですから、何かしらの置き土産とか残してたりしてるんじゃないですか?」
以前、マコトくんが風邪でお休みをしたことがありました。
その時は何をして遊べば良いか、事前にお友達に伝えてたみたいなんですよね。
おかげでマコトくんが不在でもばら組は平和でした。
「うん、ある」
「じゃあ……」
「でもダメだった……」
「……というと?」
「ヒロマサくんとコタロウくんに作戦っぽいのは伝えてたみたいなんだけどね……。上手く実行できなかったというかなんというか……」
「……それってアイ先生かユウゴ先生が代わりには出来ないんですか?」
「それが『”ひさく”はひみつにしないといけないんだ!』とか言って、教えてくれないのよねー」
難しいお年頃のようで。
秘密を守ろうとするのは良いことだとは思います。
「マコトくん、ドロケイしに来てくれないかな……」
「難しいんじゃないですかね……」
チケット制度があればもしかしたらとは思いますが。
今頃は涼しい部屋でスズカちゃんとイチャイチャしてるんじゃないでしょうか……
二人して渋い顔になっていると、登園してきた子どもたちが姿を現します。
私たちもプロなので、子どもたちの前では笑顔になりますよ! 教室の前に立って子どもたちとハイタッチで挨拶です。
「せんせーおはよー!」
「おはよう! 今日も元気だねー」
「ねぇせんせー! きょーはぼすくるー?」
「……」
アイ先生! 笑顔が!
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴
2021/09/13 00:18 夏季保育の金額を修正(五万→八万)




