#134 お出迎え
大変遅くなり申し訳ありません。
日が傾いても暑さが和らぐ気配のない中。
スズカとマコトは自宅アパートの真向かいにある、昔ながらの大きな一軒家の庭でバドミントンをしていた。
もちろん家主に許可は取ってある。と言うよりも、いつでも遊んでいいと言われている。マコトとスズカを可愛がっている初老の夫婦で、今もエアコンの効いた部屋から窓越しに見守っている。
「まーくんっ」
「あいさー」
彼らが振るのはセットで千円そこそこのおもちゃのラケット。昨年末の吉倉家で行われたクリスマス会、そのビンゴ大会の景品としてスズカが獲得したものだ。
なかなか真っすぐには飛んでくれないプラスチック製のシャトルを追いかけてはラケットを振る二人。
スズカはマコトから返される一球一球に、毎回楽しそうに反応を示し、マコトもそんなスズカが可愛くて仕方がないようだ。
「君たち元気ねー……」
よくもまぁこんな暑い中、と感心と呆れが混ざったような呟きを漏らすのはミオ。
日陰でアウトドアチェアに座り携帯扇風機で顔に風を送りながら、もう何回続いているかわからないラリーを見守っている。
もちろんビデオカメラで子どもたちの姿を記録しておくことも忘れてはいない。彼女の隣には三脚が鎮座している。
夕方と言えば夕食の支度やら何かと忙しい時間帯。こんなところにいても大丈夫か、と思われる方もいるだろうが心配はご無用だ。
おやつの後、スズカとマコトが双子の相手をしてくれていたため、気兼ねなく家事に集中することができた。毎日の家事も夕食の準備もすでに終わっている。出来た夫に子どもたちと感謝の限りだ。
同じようにミツヒサも仕事に専念することができ、今は筋トレをしながら双子たちと遊んでいることだろう。赤子たちは丁度良いダンベル代わりになっていたりいなかったり。
そうしてしばらく。
「あ、帰ってきた」
ミオは遠くに見える人影に気付く。
子どもたちが今外で遊んでいるのは、朝の短い時間だけでは体力が有り余ってしまうため、まだ暑さがマシな夕方にも……という理由が半分。もう半分は仕事から帰って来るアカリを出迎えるためだった。
ミオとほぼ同時に気付き遊ぶ手を止めたマコトは、スズカと一緒にアカリへと駆け寄る。
「お母さん、お帰りなさい」
「おかりなさい」
「ただいま。二人ともお出迎えありがと」
仕事と暑さで疲れてはいるが、愛する子どもたちに迎えられて笑顔にならないはずはないだろう。いつものようにマコトを間に三人は手を繋ぐ。
「今日は何か楽しいことあった?」
「うーん、いつも通りだったよ」
「まーくんがぎゅうしてくれた!」
「そうなの? すーちゃんいいなぁ。後でお母さんもぎゅうして欲しいなぁ」
「……考えとく」
楽しそうに会話を弾ませながら、家までの最後の道のりを歩く。
「お帰り~」
「ただいま。良い子にしてた?」
「うん、もちろん。……え、あ、私か!?」
マコトが良い子かどうかなんてのは、最早彼女たちの間では愚問となっている。
体こそまだ子どもではあるが、その信頼度はもう大人たちと変わらないところまで来ている。スズカだけでは少々心もとないが、マコトもいてくれるなら双子たちから目を離すことができるくらいには。
「ふふっ、今日もありがとね」
「もー」
からかい不貞腐れる母たち。二人の仲の良さは相変わらずだ。
「さてと……、暑いしお腹すいたしお家に戻ろっか?」
「ん」
「うん」
外遊びも満足したようで、四人はアパートの階段を上る。
アカリは荷物だけ自宅に置くと、そのまま全員で戸塚家へ。
これから皆で一緒に夕食だ。
それまでも休みの日はそうだったが、アカリが転職をしてからは帰って来られる時間が早く、そして安定したため、平日も同じ食卓を囲むようになった。
スズカもマコトと一緒に居られる時間が長くなりご機嫌である。
家に入り手洗いうがいを済ませ、ミオとアカリは協力してテキパキと夕食の盛り付け、ミツヒサと子どもたちも配膳のお手伝い。
そして全員で手を合わせていただきますの挨拶をする。
ちなみにメニューは鮭のムニエルにほうれん草のお浸し、赤味噌を使ったなめこのお味噌汁と白米。
ワイワイと楽しくおしゃべりをしながら夕食を終えると食後の休憩。
母親たちはソファでくつろぎながらタブレットで撮れたてホヤホヤのホームビデオを鑑賞。
ミツヒサも皿洗いを終えるとテレビゲームタイム。
スズカとマコトと一緒にすごろくで星を取り合うパーティーゲームを楽しむ。
そうして三十分ほど。
そろそろ良い時間だろうとアカリが話を切り出す。
「今日すーちゃんはこっち?」
「お願いしていい?」
「もちろん」
どうやら今日もスズカは八代家にお泊りのようだ。
最近はフウカとキョウカの夜泣きが始まっており、スズカがそれに反応して起きてしまうことが多々あった。赤ちゃんであるから当然の事であり仕方のない事とはいえ、二人分ともなれば寝不足にもなりかねない。
子どもにとって頭と体の成長に睡眠は大切であるからして、少しでも安眠できる環境を整えてあげたいのだ。
そのため、ここ最近は二日に一回のペースでお泊りになっている。
理由からすれば本当は毎日が理想なのかもしれないが、マコトも一人の時間が欲しいし、何よりスズカが一人で寝ることができなくなりそうなため、この程度に落ち着いた。
……たまには別の理由もあるのかもしれないが。
そんな事情を知ってか知らずか。母たちの会話に耳を傾けていたスズカがすぐさま反応する。
「おとまり?」
「うん、準備しといてね?」
「ん!」
もしかしたらその言葉を待ち構えていたのかもしれない。
ゲームもキリが良い所だったようで、スズカは早速準備に取り掛かる。パジャマにドライヤーに寝る前に読む本と、お泊りセットをカバンに詰めていく。
その手際に迷いはない。五歳にして外泊と朝帰りの常連であるからして。
「パパおやすみ」
「ああ、お休み。また明日な」
「ん」
スズカは一人用のゲームに切り替えているミツヒサと夜のうたた寝をしている妹たち、そして”ちゃしぶ”にもお休みの挨拶を済ませると、マコトの手を引き誰よりも早く八代家に向かおうとする。
「まーくん、じゅんびできた」
「あ、うん」
「じゃあ」
「うん、よろしく。二人ともお休み~」
「お休みなさい」
「おやすみ」
アカリとマコト、そしてスズカは戸塚家を後にし、お隣の八代家へと入っていく。
夕方にミオが空気の入れ替えと洗濯物を取り込み畳んでおいてくれたので、残るやるべきことと言えば一つしかない。
「二人ともそのままお風呂ね」
「ん!」
「うん」
子どもたちを洗面所兼脱衣所へと向かわせ、アカリもエアコンの電源を入れてから合流。
背中を流し合って皆で湯船に浸かり、英語で百まで数える。
男からすれば羨ましい状況にも関わらず、いつにも増してマコトが無表情となっているのは気のせいではないだろう。彼にとっては平常心を保つための訓練でもある。
そうしてお風呂から上がり、歯磨きやらお肌のケアやらヘアドライも済ませた三人は、まだ眠たくはないが寝る準備を始める。
畳んで隅に寄せていた二組の布団を広げ、隙間ができないようにぴったりとくっつける。
人数分に足りないのかもしれないが、大人一人と子ども二人であれば十分な広さだろう。どのみち一人は潜り込む。
テキパキとやるべきことを終えた三人は、テレビを観たり本を読んだり、ぎゅうしてじゃれあったりしながら眠たくなるのを待つ。
しばらくするとまずスズカが、そして間もなくマコトが船を漕ぎ始める。
運動不足が否めない一日ではあったが、体が生活リズムを覚えているのかもしれない。
「おやすみ、まーくん、すーちゃん」
「……おやすみ、なさい」
「……すぅ」
アカリは子どもたちにタオルケットを掛けなおし、最後におでこに優しくキスをする。
そうしてスズカとマコトは、仲良く夢の世界へと旅立っていく。
読んでいただきありがとうございます。
話が落ちずに右往左往…
日常を描く難しさを改めて実感しております。
それにしても私は執筆時間をどう捻出していたのか…
改訂履歴
2021/08/29 14:30 スズカとマコトがバドミントンで遊ぶ場所を変更(アパート駐車場→隣人宅)




