#133 寝起きは気が緩みやすい
遅くなり申し訳ございません。
しんと静まり返った戸塚家。
閉められたカーテンたちは夏の暴力的な日光を木漏れ日程度に変え、室温の上昇を抑えるとともに快適な睡眠空間を演出している。
リビングのベビーベッドでは双子がすやすやと気持ちよさそうに。時折手足がパタパタと動いているのは、夢の中でも歩く練習をしているのかもしれない。
そこから目の届く先では夫婦がソファで身を寄せ手を繋ぎ合い、束の間の二人っきりの時間を楽しんでいた。
そうしてしばらくして。
「――そろそろ起きる頃じゃないか?」
ふと時計を見たミツヒサ。時刻は二時半前。子どもたちが横になってから一時間半ほどになる。
「あ、ほんとだ。準備しなきゃ……」
愛する人との二人っきりの時間は名残惜しいが、やらねばならぬことがある。ミオは気持ちを切り替えてソファから立ち上がる。
「じゃあまた夜にね!」
「……」
そんな一言をしっかりと残しておくことも忘れない。
「……さて、仕事するか……」
ミツヒサは大きく息を吐き、仕事を終わらせにかかる。そこに深い意味はない。
一方で寝室部屋。
「……ん」
大人たちが予想した通り、お昼寝をしていたマコトは目を覚ました。大きくあくびをして脳へと酸素を送ると、やけに自分の体が熱を帯びているのを自覚する。
(相変わらずだね……)
いつもの事なので驚きはない。ミツヒサがかけてくれたであろうタオルケットの中を覗くと――
「……ぅん……」
そこにはマコトの脇腹に頭突きをするように抱き着き眠っているスズカの姿。
どうも彼女はマコトの掛け布団の中に潜り込むのが好きなようだ。
大人たちが観察した限りでは、一度起きて寝なおす際や寝ぼけて……というわけではなく、寝返りを打ちながら徐々に、そして確実に入っていく。
ミオやミツヒサと一緒に寝ても再現性がないのだから、これほど不可思議なことはない。本能的にマコトの傍を求めていたりするのかもしれないが、こればかりは本人にも自覚がないため真実は闇の中だ。
マコトがもぞもぞと動いたことで、スズカも目が覚めたのだろう。うっすらと目が開かれると何かを探し始める。
「おはよ、すーちゃん」
子どもならではの高い、しかし妙に落ち着きのあるその声音。たとえ起きた直後で寝ぼけていたとしても、誰のものかスズカが間違えることはない。
目的のマコトの顔を確認したスズカは、彼を押し倒すように胸の上にあごを乗せるとくしゃりと相好を崩す。
「……ぉはよ」
その無防備な寝起き顔と無意識なあざとさに、マコトも思わず笑みがこぼれる。自然とスズカの頭へと手が伸びてしまい、何度も寝返りを打ってぼさついてしまった髪を整えるように優しく撫で始める。
「すーちゃん可愛い」
「…………むふぅ」
マコトの胸にぐりぐりと顔をうずめて照れた顔を隠そうとするスズカ。決して垂れていたよだれを拭っているわけではない。
昔は事あるごとに『可愛い』と褒めてくれたが、最近ではめっきりと減ってしまった。
もちろん寂しい思いはしているが、しかしこうして不意打ちで飛んでくるのも悪くない。そしていつ言ってもらえるかと待ち遠しく、マコトの傍を離れられない理由の一つになっていたりいなかったり。
「ねぇすーちゃん」
「?」
「ぎゅうしていい?」
「……?」
丁度良い位置にスズカの頭があるし、とマコトがそんなことを言い始める。そしてスズカの許可を待つことなく、頭を抱え込むように抱きしめる。
「!?!?!?」
常日頃望んでいたことが今まさに起きているのだが、スズカは混乱していた。
彼女は抱き着くのは得意であっても、抱き着かれるのは慣れていないのだ。寝起きで頭が回ってない上、耐性のない彼女がそうなってしまうのも無理はないだろう。
「……みゅふぅ」
しばらく彼の鼓動を聞いていると、次第に落ち着きを取り戻してくるスズカ。またとない機会にもっと抱きしめて欲しいと体を押し付け始める。
マコトもその力強さに負けじと抱きしめる力を強くしてみる。
「~~♪」
「ちょ、すーちゃん……」
お互い抱きしめ合いながら、タオルケットや敷布団を蹴飛ばしゴロゴロとじゃれ合う二人。
そしてスズカがマコトの背後を取ったところで、幸せな時間は終わりを迎える。
「!?」
うつ伏せに組み伏せられているマコトの視線は、リビングへと続く戸に向けられている。
「……ミオさん?」
「あ、お構いなく」
「……」
戸の影からこっそりと覗き見ていたミオの手には、しっかりとビデオカメラが握られていた。
マコトはようやく完全に目が覚めた。
別にやましいことはない。スズカは喜んでいるし、誰も損はしていない。ただただ面映ゆいだけ。
「……いつからそこに?」
「確認する?」
ニヤニヤしながらビデオカメラを指差すミオ。おそらく最初からなのだろう。彼女に抜かりはない。
「……すーちゃん」
「?」
「終わり」
「……むぅ」
スズカが口をとがらせるが、これ以上はマコトの羞恥心が耐えられそうになかった。色々と手遅れではあるのかもしれないが、傷は浅い内に対処するべきなのである。
「……また今度ね」
「ん♪」
そう言いながら、無言の圧力と物理的な圧力に屈するマコト。淑女は言質を取っておくことも忘れてはならないのだ。
「じゃ、おやつにしよっか?」
「まーくん、おやつ」
「……あいさー」
そうして表情はいつも通りだが内心はげっそりしている男児は、おやつに美味しいプリンを食べることで気力を回復させるのであっ――
「良いもの撮れたね~」
「ん! みながらプリンたべる!」
「ちょっと待ってね~、今テレビに繋ぐから……」
「あ、僕トイレ……」
「まーくんうそはだめ。さっきトイレいったばっかり。はずかしがらずにいっしょにみる」
「マコト……、男は諦めが肝心だぞ……」
「……Oh, my mom……」
読んでいただきありがとうございます。




