#124 編集長
遅くなり申し訳ございません。
時系列的にはアカリの誕生日前になります。
とある週末の朝。
「おかーさん、持ってきたよ」
「ふふっ、まーくんお化けみたい」
剥ぎ取ったシーツを小さな体で被るように持ってきたマコト。
視界は悪いが物が少なく片付いた部屋ということもあって、危なげなくアカリの元にたどり着いた。
「ありがと、まーくん」
「どういたしまして」
アカリはお礼を言いシーツを受け取ると、洗濯機へと押し込む。
ボタンを操作して、モーター音が静かに響き始める。
「さてと、終わるまでお母さんはこっちにいるけど……、まーくんはどうする?」
ここでの『どうする?』は、『先に戸塚家に遊びに行く?』の意だ。
洗濯が終わるまでしばらくかかるため、アカリはお隣で首を長くして待っているであろう女の子を思って提案する。
「うーん……」
マコトはアカリの顔色をうかがい思案する。
「おかーさんと一緒に待つ」
「いいの?」
「うん、すーちゃんと遊ぶ時間はたくさんあるから。おかーさんとも一緒に遊びたい」
「そっか」
その答えに、手のかからない子を持つ母として嬉しくないわけがなかった。
もちろん一人の時間も欲しいけど、マコトは夜八時頃には寝てしまう。それからでも十分確保できる。
今はマコトと過ごす時間が、何よりもアカリの癒しであり日々の活力となっているのだから。
(すーちゃんには申し訳ないけど……)
マコトが来なくてヤキモキしているであろうスズカに、「少しの間だけ……」と心の中で謝罪するアカリ。
「じゃあ何して遊ぼっか?」
「うーん……、リバーシ」
「りょーかい。まーくん強いからね~」
「……まだおかーさんに一回も勝ったことないんだけど?」
「まーくん、手加減されても嬉しくないでしょ?」
「そうだけどさ……」
そうして八代家は家族団欒の時間を過ごす一方、戸塚家では――
「う~ん……、ここは思ったより上がってないな~……。アカリもそろそろ頭打ちかもって言ってたっけ……」
ノートPCの画面に並ぶ数字や線とにらめっこするのはミオ。
家計や美容代、子どもたちへの投資等々。少しでも足しになればと、親友の助言と自らのセンスを頼りに今後の動きを予測をする。
その傍らで双子の娘と遊ぶのはミツヒサ。
「よ~し、フウカ、キョウカ、パパはこっちだよ~」
「あぅ、だっ!」
「ぶぅ、だっ!」
「お~~~、上手上手! はい、いっちに、いっちに」
絶賛ハイハイの練習中。
前回育児に参加できなかった憂いを晴らすように精を出す。そして今度はパパの方が好きと言ってもらえるように……と考えてないこともない……
そしてパパより好きな男の子がすでにいる長女はと言えば、
「ママ。まーくんまだ?」
「ん~? あっ、アカリから連絡来てた。……えっと、来るの九時くらいだって」
「く、じ……」
ばっと振り返り時計を見て、長針が半回転と少ししないとやってこない時間だと認識したスズカ。
悲壮感を漂わせながらコテンと横に倒れ、寂しさを紛らわすためにコロコロと転がりちゃしぶに抱き着く。
せっかくの土日。幼稚園がない日。
朝からマコトとずっと一緒にいられると楽しみにしていただけに、そのショックは小さくなかった。
そんな娘に、そういえばとミオは提案する。
「今日は編集長はしないの~?」
「!? する!」
ナイスアイデアと一気に生気をみなぎらせるスズカ。
それが仕舞ってあるおもちゃ箱の一角へと一直線に向かう。
「現金な奴だな~」
「ま、楽ではあるよね~」
実物でも写真でも、とりあえずマコトを与えておけば機嫌が直る長女に両親は苦笑する。
「落ち込んだ原因もまーくんだけどね……」
「難儀な奴だな……」
どこまでもマコトが関わる長女の精神状況だった。
「こりゃ物件選びにも難儀しそうだな……」
「そうね~。吉倉さんも探すの苦労してるって」
「良い所があればいいんだけどな……」
そんな大人の会話がなされる脇では、早速なにやら始めたスズカ。
その手には写真。
そして彼女の目の前にもおびただしい数の写真。その数は二桁では収まらない。
写真に写っているのはもちろん大好きなマコト。
沢山のマコトに囲まれて、さぞ夢心地かと思いきや――
「むぅ……」
乏しい表情のその眉間に皺を寄せ、深刻そうに唸っていた。
「むふぅ…………。むっ……!」
……いや、幸せそうではある。時折表情が緩んでいる。
しかし本来の目的を思い出して、再び真剣な表情になる。
何をしているかと言うと、スズカは現在、写真集の編集作業中。
タイトルは”まーくん 4さいのきろく”
マコトを年齢ごとに編集した、通称”きろく”シリーズの第五弾。その四月分。
「これは…………こっち。これも…………こっち」
スズカは一枚一枚しっかりと確認しながら、写真集に載せる写真を選別していた。
彼女がこんなにも真剣になっているのは、”きろく”シリーズがいわばベスト盤だからだろう。
数あるマコトの写真の中から、至極と言えるもの選び出す必要がある。……至極と言いながらそこそこ枚数があるのだが、そこはご愛敬。
「これは…………むふぅ……。これも…………むふぅ……」
選別と言いながら、右から左に流れていくだけの写真たち。
おそらく全てが載せる側へと振り分けられている。
「――むっ!?」
そうして一通り確認を終え、結果を目の当たりにしたスズカ。
当たり前だが、一枚たりとも載せたいとする枚数は減っていなかった。傍から見れば、ただ写真を観ていただけ。
だがそれも仕方のない事だろう。
ここに存在しているものは、すでに特別中の特別なのだから。
これらの写真は、もともとはハードディスクの中に保存されていたデータ。
スズカは毎日のように時間を見つけては、ミオからノートPCを借りてそれらを眺めている。
しかしそれでは好きな時に見ることができなかった。
今のようにミオがノートPCを使っている時、親の目がない時、外出している時……
だから写真が良かった。
いつでも自分の好きな時に見られる。一度に沢山並べられる。
しかし全てをプリントアウトするのは色々な意味で厳しかった。
いくらスズカの喜ぶ顔が見たいからと言って、無制限にプリントアウトしていては各方面に支障がありすぎる。
マコトが映っている画像データは、一月で千に上ることもある。それだけの数があるとプリントアウトしたものを保管するのも大変だ。
そして消耗品――インクと印画紙。これらのコストが意外とバカにならない。
更にはスズカの時間の使い方。写真ばかり眺めていて、他のことがおろそかになってもらっても困る。
そういった訳もあって、ミオとミツヒサはプリントアウト出来る枚数に制限を設けていた。
つまりプリントアウトされたものというのは、大量のデータの中からスズカが選りすぐったもの。すでにお気に入り。すでにベスト。
……それでも二桁に収まっていないのだが、そこはご愛敬。
その中から更に絞り込まなくてはならないのだ。
「……もういっかい」
そう言って、スズカは再び写真を手に取る。
別にいつまでにやらなければならないものでもない。
悩んでいる時間もまた、スズカにとっては楽しい時間なのだから……
しかしその時間も終わりを迎える。
「編集長さん?」
「へんしゅうちょうはいまいそがしい」
「お忙しいところ申し訳ないんだけど、……そろそろまーくん来ちゃうよ?」
「!?」
集中しすぎて時間を忘れていたスズカ。時計を見ると九時まで残り五分を切っていた。
「ん、おかたづけする」
「手伝う?」
「ううん、だいじょうぶ」
「そっか。じゃあ頑張って!」
「ん」
ミオの応援を受け、急ぎお片付けを始めるスズカ。
写真も良いが、やはり実物には敵わない。
スズカは小さな手で写真をひとまとめにして、次々に写真箱の中へと仕舞っていく。
お片付けが長引いて、マコトと一緒に過ごす時間が減るなんてことは、スズカにとっては許されざる事。
少々雑ではあるが、この後のお楽しみを前にした五歳児には些細なことでしかなかった。
読んでいただきありがとうございます。




