#122 放任主義
遅くなり申し訳ございません。
参観日どう終わらせようかと悩んだ結果…
日曜参観最後の授業は体育。
雨のせいで外遊びができなかった事もあってか、子どもたちのテンションは弥が上にも高まっている。
まーくんは他の子たちと違ってわーきゃーはしゃいではいなけど、例外じゃなさそうね。心なしか表情が明るく……
「――よっしゃ! まことっ! いくぞっ!!」
「痛っ!? ちょっ、ジュン! 待て! 落ち着け! Wait!!」
――そして大変そう。
人一倍体育が待ちきれない様子のジュンちゃんを必死に繋ぎ止めている。
「まぁたあの子は……」
「元気があって良いじゃないですか。ジュンちゃんらしいですよ」
「……マコトくんを忘れなくなったところは……成長したと喜ぶべきかねぇ……」
一人で先行することなくまーくんを連れて行こうとする娘の姿に、情状酌量の余地を見出すサナエさん。
もしかしてまーくん、ジュンちゃんに持ち物だと思われてる……?
遠足とかではいっつも手を繋いでいるみたいだし、移動するときはまーくんと手を繋ぐものだと思い込んでいたり……
「マコトくん凄いわぁ……」
あっという間にジュンちゃんを鎮めたまーくんに、サナエさんも感心した様子。
そりゃジュンちゃんのお目付け役にもなるよ。ジュンちゃんマスターだもん。
すーちゃんが心配になって覗きに来ちゃうのも当然よ……
「マコトくんには苦労を掛けるわね……」
「いえ……」
でもなんだかんだとまーくんもまんざらでもなさそうだし、怪我だけはしないように注意してさえくれれば……
あとすーちゃんが嫉妬に狂わない程度に……
まーくん、頑張れ……!
その後、まーくんは大人しくなったジュンちゃんを連れて一緒に列に並び、うさぎ組の子どもたちは体育館へと移動し始める。
私たち大人もその後ろをぞろぞろと付いていく。
子どもたちの方がちゃんと並んでいて偉い気がしないこともない。
そうして着いたのは体育館。
私たちは壁際に寄って子どもたちの様子を見守る。
準備体操をしっかりと済ませた後、跳び箱の置かれていないロイター板とマットに向かって全力で走り始める子どもたち。
「みんな楽しそうですね」
「そうですね」
子どもたち一人一人の跳べる高さはバラバラ。
運動が得意な子と不得意な子がいることは、観ていればなんとなくわかってくる。
だけど、誰一人として嫌そうにしている子はいなかった。
大人しそうな女の子であっても、先生方が吊り下げている的に精一杯手を伸ばして、そしてなんとか触れようと頑張っている。マットに着地するとゴロンと転がりながら笑顔を見せて喜んだり悔しがったり。
「ユウマも楽しそう……」
小さな体で持てる限りの力を振り絞っている息子の姿に、ナナミさんは嬉しそうにそう言葉を漏らす。
ユウマくんはお誕生日が四月一日ということもあって、他の子に比べてしまうと成長は遅れ気味。背の低い順でも一番前。お勉強でも運動でも、どうしても他の子たちより出来ることは少ない。
だけど今日のユウマくんを見ていると、そんな事なんて気にした様子もなく、元気一杯に幼稚園生活を楽しんでいる。
この体育でも他の子と比べればお世辞にも高くは跳べているとは言えないけど、笑顔を振りまいて『すごいね!』なんてお友達に感心――褒めて女の子をメロメロにして……
「高いわね……」
「えぇ……」
「危なくないのかしら……」
ロイター板で跳んで遊ぶ時間が終わり、跳び箱が子どもたちの前に用意される。
一番高い六段は子どもたちの身長に迫ろうとしているほど。それを見た親御さん方から不安そうな声も聞こえてくる。
「へぇ……。今年はもう三人も六段まで……。大したもんだねぇ」
「えぇ、凄いですね」
それとは反対に、陽ノ森の卒業生を子に持つサナエさんとナナミさんからは感心する声。
六段の列には三人。
ジュンちゃんとまーくん、もう一人は背の高い男の子――たぶんあの子が『大将』くんね。
「例年はそんなにいないんですか?」
「う~ん……。上の子たちはちょっと年が離れてるけど、当時はクラスで一人跳んでれば『おぉ』って思われてたね」
「一昨年のミユの時もそんな感じでしたよ。唯一跳べる男の子は女の子たちからモテモテで」
跳び箱の授業が始まったのは年中に上がってから。それから約二ヶ月間、毎日あるわけではない練習でここまで跳べるようになるのは中々凄いことらしい。
……まーくんもすーちゃんも六段跳んでるって聞いてたから、いまいちその凄さにピンと来てなかったのよ。まーくんもなんてことなさそうに言うから……
学芸会でも年長さんたちが跳び箱の成果を披露していたけど、八段を跳べる子もかなり多くて、十二段に挑戦してる子も一クラス三人くらいはいたし、てっきりそういうものだと……
まーくん、すっごく頑張ってたんだね……
それなのにお母さん気付いてなくてゴメンね。帰ってきたら褒めなきゃ……
「学芸会ではミユちゃん、十段跳んでましたよね?」
「えぇ、ギリギリでしたけど」
「アオイちゃんは十二段惜しかったわよね」
「うん、とっても悔しそうだった」
ユウマくんのお姉ちゃんのミユちゃんと、その仲良しのアオイちゃん。よくまーくんたちが吉倉邸で遊んでもらってたお姉ちゃんグループの、去年の学芸会での姿を思い出す。ちなみにシホちゃんのお姉ちゃんのヒナちゃんは八段だった。
「ジュンちゃんのお兄さんは……?」
「うん? まぁ……一番上と三番目は十二段をね」
「凄いですね……」
マリさんの質問に、サナエさんが気恥ずかしそうに教えてくれる。
「ちなみに次男さんは……?」
「十一段でストップ。当時は背もちっさかったからねぇ……」
さぞ悔しかっただろうな。
お兄さんが跳んでいて、その後弟さんにも跳ばれてしまって……
「あれ……? でも確か部活って……」
「うん、バレーボール。県選抜にも選ばれたわよ」
「「「す、凄い……」」」
そしてその悔しさを文字通りバネにして頑張ってるみたい……
「何か特別なことされてるんですか?」
陽ノ森の卒園生である今井家の三兄弟が皆部活でも結果を残してると聞いて、その教育方法が知りたいとナナミさん。
「う~ん……特には……。強いて言うなら、子どもがやりたいことには口を挟まず任せてみて、とにかく自由にさせてたくらいかねぇ……」
「自由……」
「主人の言い分なんだけどねぇ。『子どもの成長を止めるのは大人だ。だから大人は子どもの成長に手を出すな口を出すな。知識と金だけ置いておけ』って」
「また何とも……」
今井家が放任主義なのは知っていたけど、なかなかの突き放しっぷり。
でも家族仲は悪くないし、良識ある良い子たちに育っていると聞く。そこに愛情がないわけではない。
「まぁ当時はどうかとも思ったけどねぇ。やんちゃ坊主どもには手を焼かされっぱなしだったから。頭を下げに行った回数も何百回と……。今回はマコトくんという飼い主がいるからだいぶ助かってるけどねぇ」
「飼い主って……」
ジュンちゃん犬じゃないんだから……。あ、でもおままごとは……
「でもね、教育熱心な家族を見てると、今はこれで正解だったと思ってるよ。そういう子は出来ることは確かに多いし優秀だけど、何にも自分で決められないから。親から離れて一人になったときに困ってるとも聞くしねぇ」
一区切り置く。
「まぁ……、自分がやりたい事じゃないのに頑張るのって大変だからねぇ。ある程度は優秀にはなれるかもしれないけど、その先に行くには根性が必要になる。うちの子たちはそこら辺は余所の子たちよりも勝っている気はするねぇ。自分の意志で動ける子はここ一番って時に強いししぶといよ。放っておいても勝手にちゃんと学ぶから」
少しばかり過去を懐かしく振り返るサナエさん。
なんだかんだと言いつつ、息子さんたちを誇らしげに思っている。
「まぁ、子どもの性格とか家族の在り方とか一つじゃないんだから、放任が唯一の正解というわけでもないけどねぇ。うちはそれでたまたま上手くいったってだけで」
ミオもよく言っている。『育児に正解があるなら誰も苦労しないよ。正解を押し付けてくる人は大抵地雷』って。私もその言葉に救われた身だ。
「少なくとも、うちの子とマコトくんを同じように育てる親はいないよねぇ」
「「あぁ……確かに……」」
「むしろジュンの教育はマコトくんに任せるのが正解かもしれないねぇ」
「えっと……」
「「あぁ……確かに……」」
「えっ……!?」
「ユウマも……」
「コタロウも……」
「ちょっと……」
「「「冗談よ」」」
冗談に聞こえないのは私だけ……?
「マコトくんの邪魔はしないので」
「ちょっとだけ便乗させてもらえれば……」
「それだとジュンは……ちょっと厳しいかもねぇ……」
読んでいただきありがとうございます。
次話は2021/06/30 19:00投稿予定です。




