#115 うさぎ組の自由時間
「――まことくんは”あいじん”やくやって」
「ちょっ!?」
”愛人”
愛する人。
漢文的には”人ヲ愛ス”だろうか。
漢字の意味だけを見れば、それはそれは素晴らしい言葉のはずなのに、いったいどこで道を間違えてしまったのか。
うさぎ組おままごと協会会長である櫻井萌咲ちゃんの口から、突如飛び出してきたその単語。
毎回妙にリアルな設定で始まるおままごとではあったが、よりにもよって親の目がある今日、その新キャラが登場してくるのか……
”子どもの遊びだから”と笑って済むならいい。
だけど『”愛人”ですって。もしかしてあの子の親、外にそういう人作ってるんじゃない?』なんて変な噂が立たれても困る。
真実は二の次。
ネタになるならあっという間に広まる。
我が家は少々特殊な環境なため、気を付けなければならないのだ。
これにも慎重に対応しなければ……
「……モエちゃん、僕、いつものお父さん役がいいな……?」
「だめ!」
「……」
拒否権を行使してみるものの、バッサリと切り捨てられる。
「でもその役、ちょっとやり方がわかんない……かな……?」
「”あいじん”しらないの?」
「うん、初めて聞いた……かも……」
「じゃあもえがおしえてあげる。よくきいて。”あいじ――」
「――モエちゃん、ちょっと声小さくしようか」
親御さんに聞こえる声で”あいじん”を連呼しないで。
モエちゃんとユウマの手を引き、親の目から逃げるように教室の隅っこへと移動する。ぞろぞろと他の子たちも付いてきたので、目隠しになってもらおう。
「えっとね、”あいじん”っていうのはね、だんなさんとはちがうすきなひとのこと! わかった?」
色々と端折られた説明ではあったが、すでに知識を有しているおませな子――主に女の子たちは理解した様子。
主役級の役のユウマは、よくわからなかったと首をかしげている。
これが浮気されても気付かない男ということか。
「えっと……つまり、そのお嫁さんには、大好きな旦那さんがいるけれど、他の男の人も好きになってしまったと。で、その男の人もお嫁さんが気になって仕方がない……みたいな感じ……かな?」
「たぶんそう! およめさんはね、だんなさんがいるからあなたのすきはうれしいけどだめ!ってことわらなきゃいけないの。でもね、やっぱりうれしいの!」
モエちゃんの言う、愛人役は理解した。
まだ一線は超えていないから安心……ではないね。どろどろの物語が始まりそうな。
しかしどこからそんな知識を仕入れてくるんだろうか。
やはり”テレビで見た”なのだろうか。まぁ、都合の悪い時の弁解には便利だよね。お世話になってます。
「……う~ん、でもやっぱりお父さん役がいいかな……? 旦那さん役と仲良く遊びたいから……? ね?」
「えー……」
不満そうに渋るモエちゃん。
なぜそれほどまで”あいじん”にこだわるのか。
……将来が心配になってくる。
しかし今回ばかりは僕も譲る気はない。
なんせ親御さんの前だ。”愛人”役なんて見られたらたまったもんじゃない。
母上の面子は僕が護る!
「(ユウマ、ユウマからもお願いしてくれないか? 『マコトと遊びたい』って)」
「(うん! わかった!)」
え? 僕が護る!なんて格好つけておいて、結局他力本願って?
世の中人間一人ができることなんて限られている。
自分にできることを理解したうえで、目的に向かって最適な行動をとれるのが良い大人というものだろう?
「もえちゃん! ぼくまこととあそびたい!」
「え~、どうしよっかなぁ~」
ユウマにお願いされ、モエちゃんの態度が軟化する。
もう一息だユウマ!
「もえちゃん、おねがい!」
「も~、しょうがないなぁ~。きょうはとくべつに、おとうさんやくでいいよ!」
「ありがとう、もえちゃん! すき!」
「……ままのまえで、すきっていわないで! はずかしいの!」
ユウマからのストレートな感謝の言葉に、廊下の方をちらちらと見ながら照れるモエちゃん。
親の前であることを理解しているのなら、”愛人”という単語も恥ずかしがって欲しかった。
「……ありがとう二人とも。ユウマは……なんかスマン」
「え? なんであやまるの?」
「……そういう気分だったんだ」
友人のお願いによって、無事にお父さん役を手に入れることができた。
朝から変な汗をかいてしまったではないか。
モエちゃんの仕切りで配役が決まり、おままごとは始まる。
「きょうはぜったいまことにかつよ!」
「ユウマよ、ワシより高くできんのなら、お前を娘の旦那とは認めん。認めんぞ」
おままごとにも参加しながらバベルの塔にと忙しくする僕たち。
しかしユウマよ、妻の父を呼び捨てにするとは何事か。
「おとうさん! そういうこというと、あのこにきらわれてしまいますよ?」
「うむ……」
お嫁さんのお母さん役――つまり僕が演じるお父さんの妻役のヒメノちゃんによって窘められる。
妙に様になっているのは、実際にこういった光景を見たことがあるからなのだろうか……
「ごはんできたわよー。おねえちゃん、ゆうまとおとうさんよんできてくれる?」
お嫁さんのお姉ちゃん役――つまりお父さん役の娘――ミホシちゃんが遊ぶ僕たちを呼びに来る。
「ごはんできたって」
「もうちょっと……」
しかしバベルの塔で忙しい僕たち。
母上が見ているかもしれないのだ。負けられない戦いがここにある。
「よんだけど、いまいそがしいって」
「まったくもぅ、これだからおとこどもは……」
「まぁまぁ……」
積み木で遊ぶ僕たちを、冷めた目で見始める女の子。
なんだろう。
廊下にいるお父さま方も気まずそうな……
おままごとって、子どもたちが見てる親の姿だったりするんだよね。
それを見るのって、地味に親御さんへのダメージに……
念のために言っておくけど、ミツヒサさんはミオさんに呼ばれたらすぐ来るから。
僕だって母上かスズカに呼ばれたらすぐ行くし。
「じゅん、ごはんですよー」
「わんっ! それよりさんぽいこーぜ!」
「じゅんはわんちゃんなんだから、『わん』だけしかいっちゃだめなの!」
「わんっ! わん!わん!わわわん!わーん!」
「こらっ。いえのなかでほえちゃだめっ!」
おままごとには途中参加ながらも、意外とノリノリなジュン。
作業に丁寧さを求められるバベルの塔は、どうやら天罰が下ったようで。
「わんっ!」
「おいこらジュン、手元が狂うだろ……」
仕事をペットに邪魔される人の気持ちをここで味わうとは……
そんな感じで、バベルの塔では背の高い大将にあと一歩のところまで追い詰められながらも絶対王者としての意地を貫き通し、おままごとではミツヒサさんを参考にお父さんを演じきった。
喧嘩が起こることもなく、平和な朝の自由時間を見せることができたのではないだろうか。
今思えば、雨が降っていたのも助かった。
もし晴れていたのなら、いつも通りみんなでドロケイをやっていたはずだ。
逃げる泥棒を追いかける警察。
『だんなさんどこっ!』『どこでみた?』『〇〇ちゃんといっしょにいた!』『つかまえたらおせっきょうよ!』なんて。
そんな様子を、親御さんに披露せずに済んだのだから……
読んでいただきありがとうございます。
改稿履歴:
2021/06/13 21:47 バベルの塔の結末の文章の意味が意図していたものと違ったため修正しました。




