#107 出発進行
「は~い、うさぎ組出発しますよ~!」
アイ先生が手をたたいて子どもたちの注目を集めながら声を張る。
いよいよ出発だ。
重たいリュックサックを背負いなおして、気合を入れる。
登山……遠足はペース配分が肝心だ。
友人たちにいちいち構っていると、とてもじゃないが帰りまで体力が持たない。
毅然とした態度で臨むべきなのである。
「よっしゃ! とっくんのせーかをみせるときがきたっ!」
そうそう、こういう奴が一番危ない。
すでに物理的に捕まっているので手遅れかもしれないが。
「ねーねー、じゅん。とっくん、ってなに?」
「しまったっ!?」
張り切って、口を滑らせるジュン。そこにユウマが食いつく。
「まことっ……!」
「……」
どうしよう、と縋るように繋いだ手の先を見るジュン。
つまり僕なんだが、この年頃の子はいらんことを口にしやすいのだろうか。自分で秘密と言っておきながら……
「……特訓っていうのはな、できないことをできるようにいっぱい頑張ることだよ」
「へー!」
「それより、前見てないと……皆に置いてかれるよ?」
「あ! ほんとだ!」
コタロウの手を引き、慌てて追いかけるユウマ。
「……ひみつがばれるところだった…………」
秘密も何も、僕に教えた時点で今更なような気もするが……
僕から約束を破るのも何だしね。
「ほら、僕たちも置いて行かれるよ?」
「なに!? いそぐぞまこと」
「あ、ちょっ……」
ホッとしたのも束の間、ジュンも僕の腕を引いてユウマたちを追う。
元クラスメイト達から敬礼で送り出された僕たちは、登山道の入り口前の駐車場まで、二列に並んで道の隅っこを歩く。
列の先頭にはガキ大将ことヒロマサくん。
と、彼と仲の良いタクミくん。
先を行く年長組を追いつけ追いこせと言わんばかりに元気いっぱい。
最後尾に位置する僕のところにまで声も聞こえてくる。
「ヒロマサくん、先生より前に出ちゃだめだよ!」
「だってせんせーがおそいんだもん!」
アイ先生が早くも大変そうだ。
南無。
「ひろまさくん! せんせいのいうこときいてッ!」
「やなこった!」
そして彼のすぐ後ろにいるのは、お嬢ことヒメノちゃん。とミホシちゃん。
ヒロマサくんとヒメノちゃんは相変わらず衝突することが多いけど、喧嘩するほど仲が良いというかなんというか。
奇行に走ったり、ちょっかいかけたりするヒロマサくんもヒロマサくんだけど、その行動にいちいち口をはさむヒメノちゃんも大概だよね。
さしずめ、問題児の弟と、面倒見の良い姉といったところか。
アイ先生はお母さんで。
ちなみにヒメノちゃんとは普通に仲良くさせてもらっている。
話が分かる男子として、どうやら一目置かれたようだ。
彼女の印象は事前の噂通り、うさぎ組の中でも頭一つ抜けて賢いように感じる。
語彙も多く、しっかりと自分の意思もあって、なおかつ理論的に思考する傾向があるよう。
精神的早熟スピードはスズカを彷彿とさせるが、スズカは本能……直観的に物事を判断するタイプのようなので性格は対極的だったりする。
「――まことくんとかゆうまくんみならって!」
「やなこった!」
そしてヒメノちゃんの口から僕らの名前も聞こえてくる。
まったく……、誰の許しを得て……。いや、別にいらないんだけどさ。
しかし彼女が無駄に僕らの名前を出すもんだから、ヒロマサくんの僕らへの印象が少々面倒な方向に……
あらゆる他人から好かれようと思う気はないし、そんなことは無理だと分かってはいるのだが、敵対視されるような状況は御免こうむりたい。
しかしどこで間違えてしまったのだろうか。
去年も「マコトくんが……」というフレーズは何度か耳にすることもあったが、ばら組では反発するような子はいなかった。
きっとセイコ先生やリコ先生が、子どもたちの気持ちを誘導しながら上手くやっていたんだろうけど。
実際にうさぎ組の子たちに対して、僕の名前をダシに使い始めているという話はちらほらと耳にしている。ママ友の情報網ってどうなってんの。
ヒメノちゃんもそんな先生たちの真似をしてるのかもしれないが、ヒロマサくんに対しては完全に逆効果となってしまっている。
困ったもんだね。
まぁ、あっちはあっちでやっておいてもらおう。
ヒロマサくんを刺激して面倒に巻き込まれないように、距離を取るのが今の僕の方針だ。セイコ先生も特に何も言ってこないし、たぶんこれが正解なんじゃないかな。
それに今は電車ごっこで忙しい。
「――がたんごとん♪ がたんごとん♪」
先頭車両のユウマが楽しそうに口ずさんでいる。
僕もジュンと手を繋ぎながら、開いている左手はユウマのリュックサックの紐を掴む。
ジュンもジュンで、前にいるコタロウのリュックサックから伸びる紐をつかんで、元気いっぱいに「がたんごとん♪」と繰り返している。
大人しくてありがたい。
そして後ろを振り向けば――
「――がたんごとん♪」
スズカが同じように口ずさんでいる。朝のバス以来だね。
隣にはシホちゃんもいる。
なぜ彼女たちがここに? と思うかもしれないが、うさぎ組の最後尾ということは、ひつじ組の先頭と連結される。つまりそういうことだ。
スズカからさらに後ろを見れば、列車はまだまだ続いているようで、僕の目がおかしくなければ、きりん組まで繋がっているように見える。
「「「――がたんごとん♪ がたんごとん♪」」」
このノリはおそらく元クラスメイト達の仕業だろう。
僕らがやりだしたもんだから、伝播していったと考えるのが自然か。
「――カンカンカンカン!」
どこかで踏切の声も聞こえる。
「「「――がたんごとん♪ がたんごとん♪」」」
飛び出す列車がいない分、後方は非常に安定した走行であった。
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