#102 GWの女子会
お待たせいたしました。
お久しぶり……と言うのもよくわかりませんが、陽ノ森幼稚園で先生をやっています永田璃子です。
年度が変わって今年度からは年中組の担任になり、その責任感を実感する毎日を送っています。
学ぶことも大変なことも多々ありますが、去年度のばら組で得ることのできた自信と知識と技術で、それなりに担任の役割もこなせているんじゃないかなぁと思っています。
と言っても、ばら組の頃から馴染みのあるスズカちゃんやシホちゃんという心強い子どもたちのまとめ役もいて、だいぶ助けられているところもありますが、クラスが平和であることに変わりはありません。
そうして一か月弱。
本日はGW初日。待ちに待ったまとまったお休みです。
預かり保育で今頃勤務中の先生方には少し申し訳ありませんが、羽を伸ばさせていただこうと思います。
「ソフトドリンクだけど……」
「「「かんぱ~い」」」
緩い音頭で始まったのは少し遅めのランチ。
実は月に二、三回ほどやっていたりします。
メンバーは公私ともに仲良くさせてもらっているこのお二人です。
「ぷはぁーーーっ!」
撮影班年少組のミク先生と、
「ぷはぁーーーっ!」
同じ年中組でうさぎ組の担任をされているアイ先生。
お昼から良い飲みっぷりです。
まるでお酒を飲んでいるようでもありますが、ソフトドリンクです。
幼稚園の先生をやっている身としては、どこで誰から見られているか分かりませんので……。今いるこのファミレスでも、店内の隅っこの席だったりします。
ファミレスだと幼稚園に通う親子が来る可能性が高いので喫茶店の方が良い……と思われるかもしれませんが、喫茶店は息抜き中のママさん方に遭遇することも少なくなかったりします。
結局のところ、お会いする可能性はどちらも変わらなかったりするので、ファミレスではお昼時を避けて、喫茶店では昼下がりを避けるのがいいそうです。先達方からのありがたい教えです。
「あれっ、アイ先生は今日は『先生辞める……』って言わないね?」
「あっ、ホントです」
卵の黄身が絡んだカルボナーラを食べる手を止めたミク先生が切り出しました。
いつもアイ先生が仕事の責任とストレスに『先生辞める』という愚痴から女子会は始まるのですが、今日はまだ聞いていません。調子が悪いのでしょうか……?
「ふふっ……、今の私は昨日までの私とは違うのよ……」
アイ先生は何やら余裕のある笑みを浮かべています。
前回の女子会では『先生辞める』としっかりと口にしていたのですが……
仲が良い先生なので続けてもらえるのは大変嬉しいですが、その言葉が聞けないのはちょっと寂しいものもありますね……
「へぇ~、つい先週までは胃に穴が開きそうだったはずだけど……うさぎ組の分裂問題は終わったの?」
ミク先生のその質問に、アイ先生はさわやかな笑みとともにサムズアップ。
ミク先生は年少組が主戦場ということもあり情報が入ってきづらいですが、私はお隣のクラスですし学年ミーティングでも議題に上がっていたので、ある程度状況は知っています。
「さすがマコトくんってことね」
「えっ……!?」
「……えっ?」
事情を察したようなミク先生ではありましたが、アイ先生の表情に疑問符を浮かべています。
「確かうさぎ組ってマコトくんいるでしょ?」
「うん」
「マコトくんってあのマコトくんでしょ?」
「うん」
「マコトくんが活躍したんじゃないの?」
「……」
「してないの?」
「……した」
「なんで言うの一回ためらったの?」
「……」
アイ先生をフォロー?するわけではありませんが、マコトくんの独壇場だったわけではないことは伝えておきます。
目立ちたがり屋で、元年少きく組でもムードメーカーだったヒロマサくん。
そして面倒見がよく責任感と正義感の強い、元年少ゆり組でしっかり者のお姉さんだったヒメノちゃん。
二人ともクラスの中心になれるような子です。
事の始まりはこの二人が年中初日に喧嘩になり、それぞれ男の子と女の子のグループに分かれて仲も悪くなってしまったことにありました。
しかしうさぎ組には彼がいます。
年中さんだけではなく、なぜか年少さんでも名前が広がり始めているマコトくんです。
彼の説明は今更必要ないでしょう。
私も去年度は大変お世話になりました。
うさぎ組の件も、マコトくんに任せておけば丸く収まる可能性は非常に高いような気もしますが、私たちは先生です。一応プライドがあります。
アイ先生、そしてセイコ先生も決して指をくわえてみていただけではありません。
アイ先生は男の子グループがやりすぎないように押さえる。
セイコ先生は男の子グループにちょっかい出された子のフォローをする。
女の子グループは言うことは聞いてくれますし、喧嘩のきっかけはあまり作らないので基本放置。
そうして時間が解決してくれるのを待っていたんです。
この年頃の男の子はプライドを持ち始める時期ですし、女の子も集団での自分の立ち位置に悩むことがあります。
それに喧嘩から学ぶこともあります。喧嘩もまた、人付き合いをする上では存在するものですから。
だから無理に先生が口を出して関係を修復するのではなく、大事にならないように見守っていたんです。
それに改善の見込みはあったんです。
確かにヒロマサくんとヒメノちゃんは仲が悪いかもしれません。
だけど、他の子はそうじゃない子もいるんです。
子どもたちは人気者に集まりますからね。
年中に上がった初日に会った二人の印象が強かったのでしょう。その勢いに巻き込まれていた子がほとんど。
そしてうさぎ組には人気者がもう一人います。
自ら前に出ていく子でもないですし、年中の始めは顔見知りが少なかったので目立たなかったかもしれません。
ですが、ポテンシャルと実績はずば抜けた子が……
それをわかっていたセイコ先生は、アイ先生と話を合わせて静観していました。
そして予想通り、GW前に急に勢いをなくし、沈静化していきました。
ちなみにマコトくんは何をしていたのかと言うと、たぶん彼にとってはいつも通り過ごしていただけです。
分け隔てなく子どもたちと仲良くして、順調にお友達を増やしていたそうです。相変わらずですね。
アイ先生とセイコ先生は、授業等で少しずつ子どもたちにマコトくんとの接点を作りながら、彼の魅力を広めていたんです。去年のばら組と一緒ですね。
彼の対人スキルが異様に高いからこそできる作戦でもあります。
男の子でも女の子でも、明るい子でも暗い子でも、運動や勉強が得意な子でも苦手な子でも、そして大人でも子どもでも……
色んな意味で将来が恐ろしい子です。
なので彼の活躍があったのは確かです。
マコトくんがいなければ、こうもすんなりとうさぎ組分裂問題は解決しなかったでしょう。
ただ、アイ先生もセイコ先生も頑張っていたんです。
特にアイ先生は、ヒロマサくんとそのお友達が致命的なことをしでかさないようにと、常に目を光らせていたのですから。
それに胃が痛い思いをしながら、双方の親御さんに手紙を書いていましたから……
そんな感じで、私が知っている限りのことをミク先生に話しました。
「わたすだって、頑張ったもん……。幼稚園辞める……」
「うん、頑張った。アイ先生も頑張った。疑った私が悪かった。ごめんね? だから辞めないで?」
泣きまねをするアイ先生を、ミク先生が慰めます。
分裂問題は終わりましたけど、何もかも丸く収まったわけではないんですけどね……
新しい人気者が現れれば、前の人気者は不満が出てくるものですから……
アイ先生の戦いはこれからです!
「ミク先生……、本当に悪いと思ってます?」
「うん、私が悪かった。支払いは私が持……つのは厳しい…………」
「また金欠ですか?」
「最近、新しいレンズ買っちゃって……」
ミク先生も相変わらずですね。
「じゃあ代わりにアレ、教えてください」
「あれって……何?」
「ミク先生、春休みにメグロ先生のお宅にお邪魔したそうですね?」
「えっ!? そうなんですか!?」
「な、んでそれを……」
「とある信頼できる筋からの情報です――」
そうして今日の女子会も、楽しい時間となりました。
「――カメラ談義して終わったけど何か文句あるッ!? えぇッ!? 男女の仲じゃなくてカメラの知識は深まったけど、何か文句あるッ!?」
「……ないです」
「ミク先生……、少しボリュームを押さえたほうが……」
念のために言っておきますが、ミク先生はお酒は飲んでないです。
読んでいただきありがとうございます。




