#100 うさぎ組の二人
年中に上がって二週間が経った。
ユナちゃんは初日以来泣くこともなく、毎日楽しそうに幼稚園に通っている。
早速お友達もできたようで、嬉しそうに報告してくれた。
スズカも特に問題はなさそうだ。
幼稚園に着くと名残惜しそうな表情をするけど、「また後で」とハグをして教室に入っていく。
帰りは待ちきれないのか、シホちゃんと一緒にうさぎ組の教室の前で待っている。うさぎ組の帰りの会が長引いた時は、ドアの隙間からバレないように覗き込んでいたこともあった。
そんなスズカらがいるひつじ組は、元ばら組の女の子たちが覇権を握ったらしい。
ばら組でも彼女たちが中心だったからね。その子たちが集まっているのだから不思議はない。
ローズレンジャーがいるきりん組からも楽しそうな声が聞こえてきている。
年中のクラス持ちで唯一の男性であるユウゴ先生を相手に、プロレスごっこが流行っているとか。
そういうわけで、ひつじ組もきりん組もまずまずの滑り出し。
で、問題は我らがうさぎ組。
癖が強……個性豊かな子どもたちが集まったこのクラスは現在、大きく二つの勢力に分断されてしまっている。
ただ気の合う子たちと仲良くやっていて、自然に集まってしまっているだけであれば良かったんだろうけど、残念ながらこの二大勢力はいがみ合っている状態だった。
◇◇◇
始まりは始業式後にあった自己紹介。
江本美星ちゃんの番でのこと。
大人しい性格で恥ずかしがり屋な彼女は、初めて会う同級生たちに注目されたことで緊張してしまったのだろう。
彼女の声はとても小さかった。注意して聞いている僕でも聞き取れなかったほどに。
それに反応したのは”大将”こと黒沢大将くん。
”大将”は僕が勝手につけて心の中でそう呼んでいるだけ。あとママ友界の一部で。
彼は昨年度のきく組では中心的な子だったと耳にしている。
うさぎ組でも一、二を争うほど背が高く体格に恵まれている。年少時の運動会でのかけっこでは、きく組の一番を取っていた。運動も得意だろう。
そんな彼が口を開いた。
「きっこえっませーーん!」
妙なイントネーションで発された言葉は、彼と仲の良かった友人たちや、純粋無垢な子どもたちにはウケた。……ウケてしまった。
おそらく彼とその周りにとってはいつものことだったのだろう。
彼はムードメーカーでもあり、面白おかしくふざけることが笑いをとる手段だった。
ただミホシちゃんにとってはまったく笑えない。
声が小さいことを指摘されたうえ、笑いものにされたのだから。
セイコ先生がすかさずフォローに入るも、彼女はパニックになってしまい、仕舞には泣き出してしまった。
「ヒロマサくん。ヒロマサくんの言った言葉でミホシちゃんが傷ついちゃったんだよ? だから謝ろうね?」
アイ先生がそう叱るものの、
「きこえなかっただけだもん。おれわるくねーし!」
と謝罪を拒否。
アイ先生に少し強めの口調で名前を呼ばれ、しかし渋々といった様子で、
「ごめんなさーい!」
と形だけは謝って、その場は一旦お開きになった。
降園際に一人呼ばれていったが。
そして間もなくヒロマサくんの自己紹介。
「――ねんちゅうさんでのもくひょうは、かめんら〇だーみたいにつよくなる!」
と、なんとも男の子らしい目標を語ってくれた。そんな彼を、
「……だっさ」
とシンプルに罵ったのは、”お嬢”こと北条姫乃ちゃん。
こちらの”お嬢”も僕が勝手に(以下同文)
おそらくうさぎ組一のしっかり者だ。僕と比べるのは……察してくれ。
彼女はハキハキとしゃべる子で、先生の言うこともよく聞くし、お手伝いもする。
運動は少し苦手だけどお勉強は得意なようだ。九九を諳んじることもできるらしい。
そんな彼女は元ゆり組の子。
ミホシちゃんとは登降園のバスも同じのようでよく一緒にいる。
面倒見が良いしっかり者のヒメノちゃんに、ミホシちゃんが守られているというような印象が正しい。
だからか、ミホシちゃんを泣かせたヒロマサくんに思うところがあったようで。
アイ先生に「そんなこと言ってはダメですよ」と注意され、ヒメノちゃんは素直に謝り次に進んだことで、ヒロマサくんはそれ以上何も言えなかった。
ちなみに彼女の年中さんの目標は、「おかあさんのおてつだいをいちにち5こやること」だそうで。
それに対してヒロマサくんが「おれは10こはやってるぜっ!」と食ってかかるものの、「うそね。やってても10こじゃましてるのまちがいでしょ?」と反撃を食らっていた。
◇◇◇
とまぁそんな感じで、クラスの中心的なこの二人が対立状態になってしまった。
ヒロマサくんが率いる男の子のグループ。
そして、ヒメノちゃんが率いる女の子グループ。
男の子が目立ちたがって調子に乗ったりちょっかいをかけたりして、それに女の子たちが反発する。
そして言い合いになるも、大抵男の子側が負け、最終的に手が出て先生に怒られる。一応女の子側も注意はされるが。
ちなみに僕はどちらにも所属はしていない。
中立と言えばかっこいいだろうか。元ばら組の全員もここにいる。
そんなうさぎ組の状況に心苦しく思うのか、ユウマが聞いてくる。
「ねぇ、まこと。みんななかよくできないのかな」
「すぐには難しいかもね……」
「じゃあ、どれくらいしたらなかよくなれる?」
「どれくらいだろうなぁ……」
ばら組の仲の良さを知っているだけに、今のうさぎ組に思うところはある。
どうにかしたいけど、どう動けばいいのかがわからない。
子育ての専門家であるアイ先生とセイコ先生が、まだ大きな動きを見せていないからね。
僕にできることがあるのであれば協力するのもやぶさかではないが、お願いも特にこれと言ってまだない。
つまり今は動くべき時じゃない、ということなのだろう。
GWまでは一旦様子見ってことなのかもしれない。
「コタロウは興味なさそうだね」
「……さわらぬかみにたたりなし」
「難しい言葉知ってるね?」
「……まことがおしえてくれた。めんどうなやつらにはかかわらないほうがいいって」
「……そうだっけ?」
そしてジュンはといえば、
「なぁ、まこと~。そといってすずかたちとどろけーやろうぜ~」
自由遊びの時間は、うさぎ組は楽しくないと外へ遊びに行きたがる。
そうしてなぜかうさぎ組より他のクラスと仲良くなっていく……
ともかく年中うさぎ組は始まった。
二大勢力が仲良くなる未来は来るのだろうか……
とりあえず僕らは彼らとは一定の距離を置きつつ、第三勢力の中で楽しくやっていく。
ちなみに”ご令嬢”にはまだ会えていない。
読んでいただきありがとうございます。
祝#100!
(インデックスが0始まりだったり、キャラ紹介を挟んで数えにくくなっておりますが、本作は#の番号がキリの良い所で…)
連載始めた当初から長くなるだろうなと思っていましたが、ようやく三桁まで来ました。
読んでくださる皆様のおかげで、ここまで書き続けることができました。ありがとうございます。
今後も引き続き、スズカたちの成長を見守ってもらえると幸いです。
申し訳ありませんが、次話は少し間が空くかもしれません。
スズカの誕生日問題にマコトが答えを出してくれないので…
改稿履歴
2021/04/24 10:20 サブタイトル変更、マコトが所属する勢力の文言を修正しました。




