scene:97 試しの城
火炎牛の群れを撃退した俺たちは、そのまま南に向かう。半日ほど走った時、山脈にぶつかった。
「この山を越えるんですか?」
エレナが山を見上げながら尋ねた。山々には木々が生い茂り、斜面を下草が覆い隠している。
「ああ、山を越えないと海には行けないみたいだ」
『上級知識(食料エリア)』で得た情報の中にあった食料エリアの地図で確かめてみたが、抜け道はないようだ。山脈を迂回して進む事は可能だが、かなり回り道になる。
「仕方ない。登りましょう」
美咲が山へ向かって足を踏み出した。俺は車を亜空間に仕舞い、美咲の後を追う。
この山脈を『南方山脈』と名付ける。何の捻りもない名前だが、仮の名前ということで適当だ。俺が選んだ地点は一番越えやすい場所だった。
レベルシステムで強化された筋力に物を言わせて、どんどんと登っていく。
「なあ、ここには変な奇獣とか居ないのか?」
河井が俺に尋ねた。地球にいる異獣とは別の存在だと思われる食料エリアの化け物を、日本政府は『奇獣』と呼んでいるらしい。
「さあな、居るんじゃないか。これまでにも様々な奇獣と遭遇しているから、ここだけ例外ということもないだろう」
そんな話をした後は、周囲に一層の注意を払うようになった。その結果ではないだろうが、巨大なヤマアラシに遭遇した。全長が二メートルほどで身体中から棘を伸ばしている。
「動物園で見たヤマアラシは、可愛かったんだけど、こいつは全然可愛くないな」
河井の言葉にエレナが頷く。
「動物園のヤマアラシは、つぶらな目が可愛かったんです。でも、これは猛獣の目です」
その大ヤマアラシが襲ってきた。素早い動きで河井に体当りしようとする。
「うわっ」
トゲトゲの体で体当りされたら大変なことになる。河井は必死で避ける。
河井は大剣を抜いて反撃した。大剣の刃はさほど切れ味が良いものではない。それでも大概の異獣を切り裂くことができた。だが、今回は針のような毛で弾かれてダメージを与えられなかった。
そればかりか、棘が河井の手に刺さり傷付ける。河井が顔を歪めて飛び退くと、美咲が【氷槍】を放つ。氷槍が大ヤマアラシに突き刺さりダメージを与えた。但し致命傷ではない。
俺は擂旋棍を仕舞って、亜空間から雷槍を取り出した。藤林が使っていた武器である。俺と藤林が戦った時に壊れたのだが、『特殊武器製作』のスキルを使って修理したのだ。
但し、完全に修復したわけではない。雷槍から稲妻を発射するためには、特殊な材料を使って修復しなければならないらしい。その材料というのが、大鬼区にいる雷鬼の角らしい。
今回の旅が終わったら、取りに行こうかな。
俺は雷槍を大ヤマアラシに突き出した。雷槍の穂は黒い金属で作られている。その貫通力は凄まじく、大ヤマアラシの体を抉り、その心臓を刺し貫いた。
大ヤマアラシが死んだ。怪我をした河井は、ポーションを使って手当する。
「大丈夫か?」
俺が声をかけると河井が頷いた。大ヤマアラシの棘に毒が有ったとしても、河井は『毒耐性』を持っているので大丈夫だろう。
この山では、大ヤマアラシの他に飛び山猫・土遁猪などと遭遇した。飛び山猫はムササビと山猫を合体させたような奇獣で、土遁猪はモグラのような爪を持つ猪だった。
山の峰に辿り着いた時には、さすがに疲れていた。その峰から見た山脈の反対側には、広大な平野が広がっているのが目に入る。
「これは凄いな」
「こんな広大な土地が、無人というのが信じられない」
美咲は深く考えているような顔をする。
「何を考えているんだ?」
俺が尋ねると、エレナと河井も美咲に注目する。
「アメリカが、食料エリアに町を造ったという話があったでしょ?」
「ああ、それがどうしたんだ?」
「もし、アメリカが誰でも食料エリアに転移できる方法を発見したとしたら、どうするだろうと考えたのよ」
河井が深く考えずに、
「それは全世界に発表するんじゃないか。大発見なんだから」
俺はそうは思わなかった。目の前に広がる広大な無人の地を見たアメリカ人は、フロンティア精神を思い出すかもしれない。
「アメリカ人は秘密にして、自分たちだけで食料エリアを独り占めしようと考えるかもしれない」
河井が納得できないという顔をする。
「でも、ガーディアンキラーが居る。独り占めなんかできないはずだ」
「完全な独り占めはできないだろうけど、他の国はガーディアンキラーだけ、アメリカだけが誰でも転移できるとなったら、最終的に食料エリアが、どこの国のものになるか」
食料エリアにはまだまだ不明な点があるので、本当のことは分からない。知識スキルで得た食料エリアの地図も、食料エリア全体ではなく一部だけだったので、広さも分からない。
エレナが感心したように頷いた。
「へえー、アメリカのフロンティア精神か。日本も食料エリアの調査を急がないとダメよね?」
「そうだな。今度ドローンとか持ち込んで、食料エリアの航空写真みたいなものを撮影しよう」
「なあ、ドローンって、一五〇メートルくらいの高さまでしか飛べないんじゃないのか? それだと航空写真とは言えないぞ」
河井が何かで仕入れた知識を元に意見を言う。
美咲が頷いた。
「日本の法律では、一五〇メートルまでとなっているけど、高性能のドローンなら四〇〇〇メートルくらいまで、飛べると聞いている」
「そうなんだ。それなら航空写真も撮れるか」
俺たちは峰付近の中腹で、野営することにした。平坦な場所を探して、そこに直径一メートルほどの土管を四本出した。長さが二メートル半ほどで、両方の開口部にはドアが取り付けてある。そして、転がらないようにストッパーも取り付けられている。
中には寝台みたいなものが組み込まれ、細長いマットレスと布団・毛布が入っている。野営した時に奇獣に襲われても大丈夫なテントが欲しいと、大工の佐久間に相談したら土管小屋に行き着いた。
俺が亜空間を持っていることが前提なので、この土管小屋を使える者は少ないだろう。土管型トイレも用意する。
エレナが用意した晩御飯を食べて、見張り番を決めてから寝た。
翌朝、俺たちは山脈の反対側に下りた。
「広いな。ここを農地にしたら、日本中の人々の食料を生産できるんじゃないか?」
俺はオフロード車を亜空間から出して、乗り込んだ。そのまま南へ向かう。ほとんどを車で移動したが、南の海岸に到達するまで、三日が必要だった。
「潮風だ。ここの海も同じようだ」
河井が深呼吸して、潮の香りがする空気を吸い込んだ。美咲がこちらに顔を向けた。
「『試しの城』は、どの方角にあるの?」
俺は頭の中にある地図を調べて、周りの地形と比較する。地図上で現在位置が分かり、『試しの城』がある方角が分かった。
「二時の方角だ」
美咲が二時の方角に目を向ける。俺も目を凝らして集中する。遠くに島らしい影が見える。
「あの島ね」
「そうみたいだな」
俺は海の上にタグボートを浮かべた。武藤たちに協力してもらい、整備して動くようにした船である。俺たちは乗り込んだ。
海の上の移動は、心配していた化け物に襲われることはなかった。ただ船の底を叩く音が何度か聞こえた。何かの生物が船に体当りしているのだ。だが、タグボートは頑丈だった。
三〇分ほどの航海で島に到着。上陸場所を探す。驚いたことに桟橋があった。そこにタグボートを停泊させる。船から降りた俺たちは、城を見上げた。
石造りの古い城、五階建ての頑丈そうな建物である。中心である建物を囲むように尖塔が見えた。そして、その全体を城壁が囲んでいる。
「灰色の城か。何か不気味だな」
河井が城の感想を言う。
「入り口は、どこにあるんだ?」
俺は周りを探す。右手の方に城門が見えた。
「向こうが入り口のようだ」
「城門も立派ね。でも、どうやったら、開くの?」
美咲が疑問を口にした時、何もしていないのに城門がギギギッと音を立てて開いた。俺たちを誘い込むように開いた城門を、しばらく気味悪そうに見てから城門の中に入った。城壁の内側には庭園があり、その中央に城の入り口に続く道がある。
その道を進み、扉の前に立つ。
「さて、ここからが問題だ。何が待っているんだろう?」
「この目で、確かめてみるしかない。そうでしょ」
美咲の言葉に全員が頷いた。




