scene:75 コボルトキング
学習塾の拠点で一夜を明かした俺たちは、翌日駅前まで行ってから西へと向かう。駅前の獣人区を越えると、トンボ区とでも呼ぶべきテリトリーだった。
全長一メートルほどの巨大トンボが空を飛んでいる。
「わっ、赤トンボだ」
巨大赤トンボが飛んできて、声を上げた石渡の頭を噛ろうとする。石渡は必死で薙刀を振り回す。その刃が首の部分に当たり、頭がポロリと落ちた。
「危なかった。こいつ肉食なのか?」
俺は苦笑いした。石渡はインドア派で野山を駆け回って遊ぶことはなかったようだ。
「トンボは元々肉食だぞ。ハエやガ、カゲロウなどを捕まえて丸噛りするんだ」
「だったら、ここの守護者はヤバいんじゃないの?」
俺は超巨大トンボが空から襲ってくる光景を想像して、モンスター映画を思い出した。
河井も空を見上げて首を傾げている。
「なあ、コジロー。あのデカさで飛べるのはなぜだ?」
「異獣の体内構造なんて分からん。身体の中に水素でも詰め込んでいるんじゃないのか」
俺がいい加減なことを言うと、『操炎術』を持つ土田が近付いてきた巨大赤トンボを【炎射】で焼いた。爆発することはなかったが、赤トンボが炎に包まれながら空中を暴れまわった。
「うわっ、気を付けろ」「土田君、何考えているのよ」
燃え上る赤トンボが、俺たちの頭上で暴れているのだ。大騒ぎとなった。
その赤トンボが地面に落ちたのは羽が完全に焼けた時だった。
「すまん、こんなことになるとは思わなかったんだ。でも、爆発しなかったから、水素が詰まっていることはないみたいだよ」
全員が俺の方へ視線を向けた。
「嫌だなあ。俺が適当に言ったことを本気にするなよ。異獣の体内構造なんて知らないと言っただろ」
「そうよね。考えてみれば、異獣は不思議。死んだら心臓石に変化するんだもの。心臓石こそが異獣の正体なのかも」
美咲が奇抜な意見を言いだした。
「それはないと思うな。デカイ異獣が手で持てるほどの心臓石になるんだぞ。あり得ない。俺は異獣の核みたいなものが心臓石なんだと思う」
俺たちは巨大赤トンボや巨大オニヤンマを倒しながら、歩き回り守護者の居る場所を探し当てた。
トンボ区には大きな池があり、その中心に小さな島がある。
分裂の泉は島にあり、守護者は池の中に居るらしい。今まで水の中にいる異獣と遭遇したことはなかった。異獣は水が苦手なのだろうと思っていたが、例外がいるようだ。
俺たちは池の水際に立って島の方を見ていた。
「守護者は水の中にいるようだけど、巨大トンボのテリトリーだから、守護者がヤゴってことはないよな」
河井が首を傾げながら言った。
「それはないだろ。ヤゴはトンボの幼虫だぞ。レベルダウンしてどうする」
「だったら、何だと思う?」
「最強の水生昆虫と言えば、タガメじゃないかな」
エレナの予想では、タガメらしい。
「確認するのは簡単だ」
俺は【爆炎撃】を池に向かって放った。水面で爆発が起こり、池の水面に波が広がる。水中にも衝撃波が広がったはずだ。
いきなり池の水から巨大な昆虫らしき守護者が姿を見せた。大きさは全長三メートルくらいだろう。前足の二本が凶悪な大剣のようになっており、それで切られれば胴体が真っ二つになりそうだ。
「エレナ、おめでとう。巨大タガメだよ」
「全然、嬉しくないです。相手は水の中なのよ。どうやって倒すの?」
俺が倒していいのなら、方法はいくつかある。だが、ガーディアンキラーにしたいのは神部たちなのだ。どうにかして、水から引きずり出さなければならないだろう。
池の中の守護者との距離は、三〇メートルくらいあるだろう。
「取り敢えず、守護者を攻撃して、こちらに引き付けましょう」
エレナは精霊のトールとアグニを呼び出した。取り出した爆裂矢に祝福を付与してもらうためである。
「お願いね」
エレナが頼むと、トールとアグニは爆裂矢に祝福を与えた。
池の方を見ると、巨大タガメは水中に姿を消していた。エレナが爆裂矢を池に放つ。それが水面で爆発、その威力は祝福なしの時より五倍ほどは有りそうだ。
その衝撃に驚いた巨大タガメが水面に姿を現した。
俺はすぐさま『操炎術』の【紫炎撃】を使った。【紫炎撃】はスキルレベル5で使えるようになる攻撃技で、青紫に輝く炎をレーザーのように撃ち出す攻撃である。
この紫炎とは青紫のプラズマ粒子みたいなものものではないかと思っている。量的に少ないので、威力はそれほどでもないが、紫炎は超高温である。生物に命中すれば、その部分は灰になり穴が開く。
紫炎が巨大タガメの胴体に命中し穴を開けた。だが、致命的なものではない。巨大タガメは接近しようと決めたようだ。
巨大タガメは水中を接近して来る。俺は【爆炎撃】を放ってみたが、いたずらに水飛沫を上げただけ。それを見た美咲が氷槍を放った。
氷槍は水中にいる巨大タガメの頭に命中した。だが、水で勢いが落ちたようで傷が浅い。巨大タガメが浅瀬まで来て、後ろ足だけで立ち上がり神部に襲い掛かった。
神部は前足の攻撃を槍の柄で受け止める。だが、巨大タガメの攻撃は受け止められるほど弱くはなかった。神部の身体が弾き飛ばされた。
美咲が『操氷術』を使って池の一部を凍らせた。浅瀬の水面が凍りつき巨大タガメが動けなくなる。俺は擂旋棍を持ってタガメの前足に叩き付けた。巨大な前足が千切れ飛ぶ。
今度は河井が動いた。大剣を構えもう一つの前足を切り飛ばす。これで安全性が上がった。神部と水瀬、石渡の誰かにトドメを刺してもらう。
巨大タガメは残った足で抵抗したが、神部の槍が突き刺さり、水瀬と石渡の薙刀が切り刻む。最後のトドメは石渡の斬撃だったらしい。
守護者を倒した褒美で、『心臓石加工術』をレベルマックスまで上げ、制御石の選択で『五雷掌』のスキルを手に入れたようだ。河井の自慢を聞いたからだろう。
俺たちはさらに西へと進んだ。トンボ区の次はゾンビ区だった。強烈な悪臭とおぞましいゾンビが襲ってくるテリトリーであり、最初にゾンビと遭遇した時に、女性陣が白旗を上げた。
ということで、俺たちは駅前の獣人区に戻ってきた。
「どうする? ここの守護者はちょっと強敵らしいんだけど」
俺が神部と水瀬に尋ねた。
「僕が倒します」
神部が断言した。先に土田と石渡が守護者を倒したことで焦っている感じだ。俺は笑って忠告した。
「焦る必要はない。線路の北側を探せば、もっと弱い守護者がいるかもしれない」
「いえ、ここの守護者にします」
「いいだろう。俺たちもできる限りの協力をする」
守護者がいる市役所へ行き、裏庭に向かう。守護者は裏庭に居た。
その姿を見て守護者の正体が分かった。コボルトの王であるコボルトキングだ。守護者が持つ武器は、三国志演義の張飛の武器である蛇矛だった。但し、先端が二股に分かれておらず通常の槍のように尖っている。
コボルトキングは身長二メートルほどで、引き締まった戦士の体格をしていた。守護者の気配から樹人区の守護者ほどの強さがあると感じている。樹人区の守護者は火という弱点があったから短時間で倒せたが、ここの守護者は手間取りそうだ。
この手の守護者はスピードが尋常じゃない場合がある。俺が最初に実力を試すことにした。擂旋棍を持って前に進み出た。
「コジローさん、僕が……」
神部が俺を止めようとした。だが、その神部を美咲が止めた。
「守護者の実力を試そうとしているのよ。最初は任せなさい」
「分かりました」
俺はゆっくりと守護者に近付きながら『超速思考』と豪肢勁を使う。全身の細胞にエネルギーが満ち溢れる感覚を覚える。
『小周天』の時の気の発生源は下丹田にある。つまり体内の生命エネルギーのようなものを練り上げて気として使っているのだ。
だが、スキル統合により入手した『大周天』で気を練り始めると、不思議な現象が起こる。体内のエネルギーとは別に脳天にある経穴から、外部のエネルギーが体内に流入するようになったのだ。
『大周天』では、体内と外部エネルギーを混ぜ合わせ『神気』と呼ぶものを使うらしい。大げさなと思ったが、神気は膨大なエネルギーを秘めているようだ。だが、俺はその一部しか使いこなせずにいた。
コボルトキングが蛇矛を構えて跳び込んできた。胸を狙った突きを躱し、コボルトキングの横に回り込もうとする。コボルトキングは蛇矛を巧みに翻して、俺の首を刎ねようとした。
恐れていたほどではなかったが、コボルトキングの動きは素早かった。神部ではスピードに付いていけず、アッという間に倒されていたかもしれない。
擂旋棍で蛇矛を受け止め跳ね上げる。俺はコボルトキングの懐に飛び込んで鳩尾に肘を減り込ませた。俺の体重と豪肢勁で増強させた筋力、それに謎の神気パワーの全てが一緒になって馬鹿げた威力をもたらした。
コボルトキングはトラックに撥ねられたかのような勢いで飛んで木の幹に激突した。
「凄え、コボルトキングが五メートルくらい飛んだぞ」
石渡が感嘆の声を上げる。
俺は守護者が落とした蛇矛を拾って、神部に渡した。
「それでトドメを刺せ」
神部が一瞬ためらったが、蛇矛を持って突撃した。蛇矛がコボルトキングの胸に突き立てられた。コボルトキングが蛇矛の柄を握り、取り返そうとする。
だが、その途中で血を吐き出して動かなくなった。神部がガーディアンキラーになったのである。
神部は守護者を倒した褒美で所有スキルの全てが一つだけレベルアップし、制御石の選択では『操磁術』を手に入れた。




