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scene:56 飛竜区

 弘樹たちは手に入れたスキルポイントを、スキルレベルを上げるために使っていたようだ。なので、取得しているスキルの数は意外なほど少ないらしい。


「馬鹿だな。スキルレベルなんて、使っていれば勝手に上がるのに」

 河井が先輩風を吹かして言った。

「そうだけど、何ヶ月も掛かるんだぞ」


「三人だけで探索していた時は、仕方なかったかもしれないが、これからはスキルレベルを上げるのにポイントは使わないで、欲しいスキルが選べるようになった時のために、溜めておけ」

 俺は弘樹に助言した。


 島に居た頃は、スキルレベルをポイントで上げられると知らなかったので、片っ端からスキルを取得していた。おかげでスキルの数だけは、トップレベルだ。


 だが、あまり使っていないスキルも多くあり、スキル選びでは失敗したと思っている。河井が俺に近付いてきて尋ねた。

「なあ、コジロー。スキル取得のやり直しって、できないのか?」

「できるわけないだろ」


 俺と河井の会話を聞いて、美咲とエレナが笑っている。

「『操地術』を取得しなかったことにしても、ご両親が絶対にまた取得させると思う」

 河井が『操地術』を取得した時の経緯を知っているエレナが言った。


「……そうだよな」

 河井が肩を落とした。しばらく考えていた河井が、何か思い付いたという顔をする。

「だったら、農業している若い連中に、『操地術』を取らせればいいんだ」


 俺は首を傾げた。

「操術系のスキルは、個体レベルが『10』を超え【超感覚】が『10』以上にならないと取得できないみたいだぞ」

「河井さんの時みたいに、個体レベルの高い探索者が付き添って鍛えないと、短期間で個体レベルを上げるのは難しいと思うけど」


 エレナの意見を聞いて、河井が溜息を吐いた。

 東上町の住民に『毒耐性』のスキルを取らせようと、弱い異獣を倒させることはずっと続けている。結果、一二歳以下の子供と心臓が弱い者を除くほとんどに『毒耐性』のスキルを持たせることに成功していた。


 ただ大多数は個体レベルを上げるために異獣退治を続けようとしなかった。レベルアップに伴う苦痛と命をかけて異獣と戦わねばならないことが、理由のようだ。


「さあ、先に進もう。今日は飛竜区の様子を調べておきたいからな」

 俺は声を上げて、先に進み始めた。


 飛竜区に入ると、上空へも気を配るように美咲が注意する。他の地区では電磁波だけに反応するマグネブバードも、ここでは侵入した者を攻撃するようになる。


 そして、ベカラノドンにも注意しなければならない。こいつは翼竜の一種なのだが、鳥のような頭部ではなくトカゲのような頭部をしている。

 全体的にドラゴンに似ているのだ。しかも口から火を噴き出すので、ミニドラゴンと呼ばれることもある。


 上を見ていた河井が警告の声を上げた。

「マグネブバードだ」


 上空に旋回する異獣の姿がある。突然、旋回をやめたマグネブバードが、俺たち目掛けて急降下を始めた。

「避けろ!」

 俺が叫び、全員が避けるために散らばる。マグネブバードは俺を狙って軌道を修正し、角度を変えた。俺は路上に停めてある車の屋根に飛び乗り、攻撃が届く直前に屋根を蹴って飛んだ。


 マグネブバードが車のフロントを貫いた。クチバシがエンジンを貫き、大穴を開けている。

「あのクチバシ、半端じゃなく頑丈だぞ」

 河井が目を大きく開いている。


「驚いていないで、攻撃よ」

 美咲が『操炎術』の【爆炎撃】を発動した。炎の塊が飛んでマグネブバードの翼に当たり爆発する。爆発でマグネブバードの翼が粉々になり、路上で藻掻き始めた。


 俺は『影刃狼牙棒』と呼び始めた武器を、マグネブバードの首に叩き込んだ。影刃狼牙棒の頭部に組み込んだ多数の三角形の刃が首に突き刺さる。俺はそのまま押し込むようにしながら引いた。


 巨竜区の守護者から回収した爪で作った刃は、壮絶な切れ味で首の筋肉と血管を切り裂いた。マグネブバードが絶叫を上げてから動かなくなる。


「あれっ、何でこいつは心臓石にならないんだ?」

 弘樹がキョトンとした感じで、マグネブバードの死体を見ている。その様子を見たエレナが微笑む。

「コジローは、倒した異獣の一部を残すことができるの。だから、それを決めるまで、異獣は心臓石にならないのよ」


 俺は頷いてから、クチバシを残すように決定する。マグネブバードはクチバシだけ残して心臓石に変わる。弘樹が残ったクチバシに近付いて持ち上げた。


「おっ、重い。これを何に使うんだ?」

「武器にする。重くて頑丈なら、斧なんかがいいんじゃないか」

 俺はクチバシを受け取り、『操闇術』で出したシャドウバッグに仕舞ってから影空間に戻した。その様子を弘樹がジッと見ている。


「それも便利なスキルだよな」

「そう思ったら、『操闇術』のスキルを取ったらいいじゃないか」

「スキルポイントがない」

 俺は弘樹の肩を叩き、一言「頑張れ」と言って歩き始めた。


 一〇分ほど歩いた頃、弘樹が初めて見る異獣と遭遇した。マグネブバードと同じ翼竜の一種で、一回り大きな化け物だ。頭がドラゴンのような形で口から煙のようなものが漏れ出ている。


 三階建ての住宅の屋根にベカラノドンを発見した俺たちは、身構えた。

「気を付けて。こいつは火を吐くのよ」

 美咲は以前に戦った経験があるらしく、注意点をいくつかアドバイスする。


 エレナは飛び上がる前がチャンスだと思い、爆裂矢を放った。矢がベカラノドンの胴体に命中し爆発する。爆発は翼竜を屋根から弾き飛ばした。だが、何事もなかったように羽ばたくと宙を滑空する。


「どうして? リトルレックスにさえダメージを与えられたのに」

 エレナが驚いたように声を上げた。美咲が前に出る。

「爆裂矢もダメか。こいつは『操炎術』の攻撃にも強いのよ」


 ベカラノドンが空中で反転して、美咲へ向かって飛ぶ。

「ミチハル、防壁を」

「任せろ」

 河井は『操地術』で土壁を美咲の前に出現させる。その瞬間、翼竜の口から炎が吹き出した。その炎は土壁に当たって焼き焦がす。


「本当に、ドラゴンみたいだ」

「弘樹、気を付けろ。今度はお前を狙っているぞ」

 俺は棒立ちしている弘樹に向かって声を上げ、駆け出した。影刃狼牙棒の先端に仕込んだ影刃サーベルから、黒い棒状の影刃が伸びる。


 滑空してきたベカラノドンが足の爪を伸ばして、弘樹を引き裂こうとした。俺は影刃でベカラノドンの翼を切り裂いた。


 カミソリのように細くなった影刃が翼を切り裂いた。翼竜が悲鳴を上げ落下する。地面を転がったベカラノドンが塀にぶつかって止まった。


 チャンスだと思った弘樹が翼竜の上に駆け上がり、剣鉈で首を切り刻む。ベカラノドンが消え火属性の心臓石が残った。


「厄介な、化け物だな」

 俺は愚痴をこぼしながら、トドメを刺した弘樹へ歩み寄る。すると、その顔に苦痛が浮かんでいるのに気づいた。弘樹はレベルアップしたようだ。


 弘樹がレベルアップの苦痛から解放されるのを待ち、周囲を見回した。ガソリンスタンドまで一キロほどある地点だ。


 ここは高級住宅地でもあり、立派な屋敷が並んでいる。

「ふう、やっと治まった」

 弘樹が動き出し、俺たちはガソリンスタンドへと進んだ。到着する間に、マグネブバードを一匹、ベカラノドンを二匹倒した。


 最後のベカラノドンは、俺がトドメを刺したので、死体が残る。

「こいつは、どこを残したらいいんだ?」

 俺が考えていると、美咲が助言した。


「首から上を残して、どうやって炎を出しているのか、調べましょう」

「そうだな」

 俺は首から上を残すように決める。


 俺たちは巨大なトカゲのような頭部を調べた。口の中は鋭い牙が並んでおり、舌の代わりの赤いパイプのような器官があった。


「これが怪しいな」

 俺はナイフで赤いパイプを切り取った。材質はセラミックのような感じで、長さは三〇センチほど。先端部分はパイプであるが根元の方はスポンジのようなものが詰まっていた。


 先端部分は火傷をするほどではないが熱を持っており、ここから火が吹き出たのではないかと俺たちは予想した。

「腹の中に燃料になるような物があって、それを点火して炎を吹き出してたのかな?」

 河井が首を傾げている。


 だが、根元部分に油のようなものは付着していない。

「私にも見せて」

 美咲が言ったので、俺はポイッと美咲に向かって放り投げた。その瞬間、赤いパイプの先端から炎がボッと噴き出す。


「うわっ」

 炎は俺の手を焼こうとしたので、驚いて手を引っ込めた。


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