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scene:55 上には上がある

 彼らが言うように余計なお世話だとは思ったが、このままだと耶蘇市の住民とトラブルを起こしそうな気がした。放っておいても良いのだが、耶蘇市で死んだなんてことになったら、後味が悪い。


 河井が弘樹たちをジッと見ていた。そして、おもむろに口を開いた。

「お前ら、将来のことなんか何も考えてないだろ」


 弘樹たちが目線を逸らした。河井がやっぱりという顔をして笑う。

「分かる分かる。少し前まで自分も何も考えなかった」

「ち、違う。俺らはちゃんと考えている。お前なんかと一緒にするな」


 河井が目を細めて弘樹を見た。

「本当か? だったら、食料はどうするつもりだった?」


 少年たちは顔を見合わせた。その様子から、全然考えていなかったというのが分かる。

「そんなのどうにでもなるだろ。食い物なんて、たくさん残っているんだから」


 こいつらは、ずーっと無人になった家などを家探しして食料を得ようと考えていたようだ。馬鹿だ。馬鹿過ぎる。俺は意見しようとして、珍しく意気込んでいる河井を見て任せようと決めた。


 河井が三人の少年を見回した。

「まさかとは思うが、この先ずっと家探しして、食料を確保しようと思っていたのか?」

 弘樹がプイッと顔を背けた。


「お前ら馬鹿だろ。食料品には、賞味期限というものがあるんだぞ」

 河井の言葉を聞いて、俺は首を傾げた。そういうことでもないんだけど。


「そんなことは知っている。でも、賞味期限は美味しく食べることができる期限で、それ以降は食べられないという意味じゃないぞ」

 弘樹が言い返した。それを聞いて、河井が一本取られたという顔をする。


 美咲とエレナの方を見ると、必死で笑うのを堪えていた。

 河井が真面目な顔をして言い返した。

「賞味期限はその通りだ。だけどな、消費期限というのもあるんだ」


 河井に任せたのは失敗だったか、と後悔した。

「そうだけど、俺らは強いんだ」

 弘樹は強ければ何とかなると思っているようだ。―――考えが単純だ。河井に似ているような気がする


 河井が構わず話を続ける。

「お前らは探索者だろ。本当に強いのか?」

「守護者を一度倒している。凄いだろ」

「むっ、そうか。確かに強いようだ。だがな、上には上があるんだぞ」


「ふん、あいつと同じことを言いやがって」

「あいつ? 誰だ?」

「田崎市の藤林っていう奴だ」


 忠宏が弘樹と藤林が戦ったことを漏らした。弘樹は不機嫌な顔になっている。

「ガーディアンキラーの弘樹に勝った、ということは、藤林もガーディアンキラーかもしれないな」

「何だよ、それは?」


「守護者を倒した者をガーディアンキラーと呼ぶそうなんだ」

「ふーん、藤林は強かったけど、いけ好かない奴だった」


 俺は藤林という男に興味を持った。

「どういう男だったんだ?」

 弘樹ではなく忠宏が詳細を語った。その話の中で、特殊な槍を持っていたというのが気になった。藤林は異獣から奪ったか、俺と同じ『特殊武器製作』を持っているのかもしれない。


 俺が他のことを考えている間に、話題が変わっていた。

「お前らの中で、一番強いのは誰なんだ?」

「それはコジローだよ」


 弘樹が俺の方へ視線を向ける。俺を値踏みするように見てから、

「ガタイはいいようだけど、それだけじゃ強さは決まらねえぞ」

「じゃあ、強さは何で決まると言うんだ?」


「レベルとスキルさ」

 レベルシステムが導入された時代の申し子のような少年だった。こういう風に思っている探索者は、多いのだろうか?


 美咲が首を傾げてから告げた。

「その二つ、コジローの方が上だと思う」

「そんなわけないだろ。俺はガーディアンキラーなんだぞ」


「コジローもそうよ。どう、私と腕比べをしてみない」

 美咲がからかうように言った。俺はちょっと驚いて美咲に顔を向けた。

「やめとけ。相手がどんなスキルを持っているのかも、分からないんだぞ」


「大丈夫よ。コジローのような非常識なスキルでない限り、対処はできるものよ」

 その言葉を聞いた弘樹は、真っ赤になって怒っている。

「馬鹿にしているのか。俺が女に負けるわけないだろ」


「そう思うのなら、腕試ししましょうよ。もちろん、藤林と同じ条件でよ」

 藤林と弘樹は、武器なしで操術系スキルも使わないという条件で戦ったらしい。操術系スキルを使わないという条件は言葉にしていないが、接近戦の場合は使おうとすると隙ができるので使えないらしい。


 美咲と弘樹が腕試しをすることになった。その結果、弘樹は攻撃を受け流されて関節を極められた上に、頸動脈を締められて気絶した。


 弘樹があっさり気絶したことで、他の二人もガックリしたようだ。自分たちほどの実力があれば、どうにでもなると考えていた幻想を打ち砕かれたのである。


 目を覚ました弘樹が、死んだような目で尋ねた。

「何で俺は負けたんだ?」

「レベルは、あなたの方が高かったようだけど、高い身体能力で力任せに戦っているだけで、何の工夫もないじゃない。そんな素人に私が負けるはずないのよ」


「何者なんだ?」

「元自衛官よ。合気道と自衛隊格闘術の有段者だから」

 俺たちは弘樹たちを東上町に連れ帰った。そして、町内会に報告し保育園の隣りにある空き家に住まわせることにした。


 三人の食事は、ログハウスで一緒に食べることにして、学校が始まるまで小山農場で農作業を手伝ってもらうことに決める。最初はぐずぐずと文句を言ったが、俺たちと一緒に探索をする機会が多くなると、文句も出なくなった。


 自分たちの実力が思っていたほどでもなかった、と思い知ったのだ。弘樹たちは、農業だけをしている住民とは距離を取っているが、武藤や佐久間たちとは親しくなったようだ。


 幸いにも『操地術』を三弥と忠宏が所有しており、使えると判断されて武藤たちから可愛がられるようになった。また弘樹も『操雷術』でバッテリーの充電ができると分かり、頼りにされるようになる。


 そうこうするうちに本格的な夏となり、俺たちは飛竜区の攻略を始めることにした。稲刈りの時には、農業機械を動かしたいと思ったのだ。


 ちなみに本格的な夏になるまで放っておいたのは、吉野から農業について学んでいたからだ。一、二ヶ月で学べることは限定的だが、小山農場を運営するためには必要だったのである。


 おかげで小山農場で育てている野菜や果物は順調に育ち、食卓に供給できるようになった。果物はスイカとマクワウリだけだったが、上手く育った。

 本来、スイカやマクワウリは栽培するのが難しいものなのだが、吉野の指導が良かったのだろう。


「さて、飛竜区に向かうには、二つのルートがある。獣人区から奇獣区を通って南にある飛竜区に入るか、獣人区の南にある小竜区を通って飛竜区へ向かうかだ」


 最短距離なら小竜区を通るルートだが、小竜区自体が未調査の状態だから却って時間がかかりそうだ。なので、俺たちは奇獣区から飛竜区に侵入することにした。


「飛竜区か、どんな風に変わっているんだろう」

 河井が声を上げた。飛竜区は、伏見町と呼ばれていた地域である。あそこは地元サッカーチームの練習場でもある陸上競技場がある場所で、そこを巣にしている翼竜型の異獣が多いらしい。


「そう言えば、伏見町に大きな書店がありましたよね?」

 エレナが思い出したように言った。美咲が頷き、

「農業関係の本と、技術関係の専門書、それと医学書を確保したいのよね」


 その意見には俺も賛成だ。俺たちが出発しようとした時、弘樹が現れた。

「連れてってくれよ」

「農作業はどうしたんだ?」


 弘樹が不満そうな顔をする。

「毎日毎日、草取りばかりしていられるか」

「忠宏と三弥は?」

「あいつらは、武藤さんに捕まって、小山農場で耕作作業をしているよ」


 河井が何度も頷いた。

「あいつらも『操地術』の呪いを受けているんだな。『操地術』を所有している仲間が増えて、自分は嬉しいぞ」

 弘樹が非難するような目で河井を見る。


 俺は苦笑して、弘樹が一緒に行くことを許可した。

 小鬼区から獣人区・奇獣区へ入り、そこから南へと向かう。途中でワイルディボアと遭遇、弘樹は『操炎術』を準備しようとした。


「私が仕留める」

 エレナが宣言してから、弓を構える。弘樹は弓で倒せるような化け物じゃないと思い。

「ちょっと待てよ。相手はワイルディボアだぞ」


「問題ないから」

 エレナが矢を放った。爆裂矢が命中し爆発すると、ワイルディボアが倒れた。

「はあっ、何で矢が爆発するんだよ」

「あれは爆裂矢というものだ。『心臓石加工術』でスキルレベルが上がると、作れるようになる」


「そんなの聞いてねえぞ」

「強さはレベルとスキルで決まるとか言っていたくせに、スキルについて知らないようだな」

「三人だけでサバイバルしていたんだから、しょうがないだろ」



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