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scene:50 耶蘇市への帰還

 慰労会が終わり、俺たちは宿の一室に集まった。美咲も一緒である。

「美咲さん、傷の具合はどうですか?」

 エレナが尋ねると、美咲は大丈夫だと答える。


「ポーションが効いたようよ。耶蘇市には木属性の異獣が居るのね」

 俺は頷いた。

「ああ、トレントが居るんだ」


「へえー、有望な町ね。木属性の心臓石は貴重なので、溜め込んでおくのがいいわ」

「溜め込む? ポーションが貴重なのか?」

「それもあるけど、将来的に心臓石が通貨の代わりになるんじゃないか、という者も居るの」


 心臓石の種類や大きさによって価値が変わる通貨になるのではないか、と予想している学者が居るのだそうだ。そして、心臓石の中で木属性は医療に使われるので、価値が高くなるという。


 俺は美咲に視線を向けた。

「美咲は、これからどうするつもりなんだ?」

「……今、迷っているところなの。特殊精鋭チームは、任務が成功したので、一旦解散になると思う。強羅さんには引き続き県専属の探索者として働いてくれないか、と言われているけど」


 美咲の顔を見ると、専属の探索者というオファーは気に入っていないようだ。

「東上町へ来たらどうだ? 住む場所ならあるぞ」


「そうね。耶蘇市で鍛え直すのもいいかも」

 エレナは不思議そうな顔をする。

「十分強いと思いますけど」


「今回の守護者には、敵わなかった。そして、あの守護者が最強の存在ではないと知っている」

「探索者として生きていくためには、強くならなければならない、ということですか?」


「そうよ。そして、探索者の使命は、異獣を狩り必要なものを回収するというだけじゃない、と思うの」

「何があると言うんですか?」

「人間が生き残り、異獣から世界を取り戻すことかな」


 家族を異獣に殺された美咲の言葉を聞いて、皆が真剣な顔になった。そして、俺は御手洗市長に『市長なら、異獣から耶蘇市を取り返してみろ』と言ったことを思い出した。


「世界を取り戻すか……それには根拠地が必要なんじゃないか」

 河井がうんうんと頷く。

「根拠地なら、東上町がいいよ」


「そうね、考えとく。ところで、あの守護者が首を落としてから、心臓石に変わるまで時間がかかったけど、なぜなの?」

 エレナが思い出したようにシャドウバッグを出して、守護者の爪を取り出した。


「これはどうして残っているのか、聞こうと思っていたんです」

 爪は全部で八本、金属のような光沢と鉄のような重さがある。人間の爪とは成分が違うようだ。


「守護者を倒した時に手に入れたスキルだよ。異獣の死骸から一部だけを切り取って残すことができるんだ」

 河井はガッカリした様子を見せた。何の役に立つのか想像できなかったようだ。


 美咲が鋭い視線をこっちに向けた。

「残した素材を、何かに加工できるの?」

「ああ、俺の新しいスキルは『特殊武器製作』と言うんだ」


 エレナは納得できないという顔をした。

「でも、武器なら『心臓石加工術』でも作れたじゃないですか?」

「今度は素材が違うんだ。その爪のような異獣の一部から武器を作れるということさ」


 元がどれほど強靭なものであっても一度心臓石になった場合、その心臓石から形成できる素材は鋼鉄が精々である。しかし、守護者の爪は鋼鉄の何十倍も強靭な素材である可能性が高い。


 そのまま武器にすれば、鋼鉄とは比較にならない武器が作れるような気がするのだ。

「凄え武器を作れるのか。なら、大剣を作ってくれよ」

「素材がそろったならな」


 河井は守護者の爪に目を向けた。

「その爪で作れないのか?」

「守護者の爪は、普通の剣が作れるほどの分量しかないだろ」


 ちなみに、美咲の武器が何か尋ねると、薙刀だという。守護者に壊されてバラバラになったらしい。俺が爪で薙刀を作ろうかと提案すると、美咲は断った。

「その爪は、コジローが命をかけて勝ち取った戦利品よ。自分のために使いなさい」


 武藤が口を挟んだ。

「県は、再開させる石炭火力発電の電力を使って、何をするつもりなんだ? まさか、住民の家に電気を配るというわけではないんだろ」


「リサイクル工場や他の工場を動かすそうよ」

 俺は考えてもみなかった答えに目を丸くした。

「今さらリサイクルもないだろ」


「分かっていないわね。国や県が欲しがっているのは、金などの貴金属なの」

「まさか、電気製品の基盤などから金を集めようというのか」

「そのまさかよ。県知事は都市鉱山と呼んでいたわね」


 美咲の話によると、電気製品などに使われている貴金属を回収し、貿易に使うらしい。日本全国の都市鉱山から回収できる金は、六八〇〇トンになるようだ。ちなみに、金で有名な南アフリカの金の埋蔵量が六〇〇〇トンほどだと聞いた覚えがあるので凄い量には違いない。


「東上町では電気をどうするつもりなの?」

 美咲が聞いた。俺たちは顔を見合わせ、

「町内会にも相談しなきゃならないから、それから決める。まあ、最終的には俺たちで決めるけどな」


 何もしていない町内会には相談するだけで、決定権は俺たちのものだ。最初は電気が使えればいいなぐらいにしか考えていなかったが、ここはじっくりと考えよう。


 俺たちの最初の遠征が終わった。装甲列車に乗った俺たちの中に、美咲の姿がある。耶蘇市で鍛え直すことにしたようだ。


「もうすぐ耶蘇市よ」

 耶蘇市に入ってすぐに、毒虫区を装甲列車が通る。そこは毒虫だらけの地区で、装甲列車に毒虫が当たり音を立てる。こいつらが一匹でも列車の中に入れば、大騒ぎとなるのは必至だ。


 毒虫区を無事に通り抜け、列車は東下町に到着した。

「やっと帰れた」

 プラットフォームに降りた武藤が声を上げた。


「早く東上町に帰ろう」

 俺は声を上げた。

 その時、パンという音がプラットフォームに響いた。


 音の方向を見ると、御手洗市長と竜崎の姿がある。今の音は市長が竜崎を殴った音のようだ。

「何をしておった。あの連中に好き勝手させないように、と命じたはずだ」

「ですが、県の方で配置を割り振ったんですよ。俺には何もできませんでした」


 そんな声が聞こえた。市長は配給のことがバレて怒っているのだろう。しかも電気までも東上町に配電するように県に指示され、激怒している。


 竜崎にちょっと同情した。

「さあ、行きましょう」

 美咲が関わらない方がいいとでも言うように、声を上げた。


 俺たちは駅を出て、草竜区へ向かう。

「そうだ。ソードサウルスとブレードクロウを倒して、素材を手に入れよう」


 新しく手に入れたスキルを試したかったのだ。他の皆が同意してくれた。

 すぐにソードサウルスに遭遇。擂旋棍を手に持った俺は、豪肢勁を使い攻撃した。擂旋棍がソードサウルスの頭に命中。レベルアップしたために筋力が上がったせいだろうか、巨大な頭が跳ね上がり首の骨が嫌な音を立てた。


 首の骨が折れたソードサウルスは息の根が止まった。だが、その姿を保ったまま心臓石へとは変化しない。

「本当だったんだ」

 河井が声を上げた。こいつ信じていなかったのか。俺がキツイ視線を向けると、笑って誤魔化した。


「どの部位を残すんです?」

「背中の剣みたいなヒレかな」

 エレナの質問に、俺は答えた。ヒレはかなり頑丈そうに見えたので、何かに使えると思ったのだ。


 俺がヒレを指定すると、ヒレを残して心臓石へと変わる。美咲とエレナがヒレを拾い上げた。

「かなり頑丈ね」

 美咲が力を入れて折り曲げようとした。かなり力を入れた時、ググッと曲がる。手を離すとポンと元に戻った。


「頑丈で弾力のある素材ですね。弓の素材として使えるんじゃないですか」

 エレナが素材として評価した。俺も手に取って力を入れて見る。ある程度の強度を持ち、一定以上の力を加えると曲がる。そして、力を抜くと急激に戻る。


「よし、こいつで弓を作ってみよう」

 そう思った時、頭の中に様々な弓の製作方法が浮かんだ。これもスキルの力のようだ。


 その後、ブレードクロウの群れと遭遇した。こいつの爪はもの凄い切れ味を持っている。刃物系の武器を製作するのは適している。ただ大剣に向いているのかと問われると……河井には待ってもらおう。


 俺たちは多数のソードサウルスのヒレとブレードクロウの爪を素材として回収した。

 途中で河井と武藤と別れ、保育園に戻った俺たちは、子供たちに囲まれた。


「この人、誰?」

 コレチカが尋ねた。俺は幼馴染だと教える。

「へえー、エレナ先生のライバルだ」


 美咲が笑った。

「そうなの? 私はエレナさんのライバルだったのね」

「すみません、子供たちが変なことを言って」

 エレナが顔を赤くして、コレチカをギュッと抱きしめた。



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