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scene:48 巨竜区の守護者

 お椀のようなカルデラの底に向かって、斜面を下り始めた。

 その斜面にも疎らに木が生えており、その木の枝が折れている箇所が多い。リトルレックスにより折られたのだろう。


「美咲たちは、どこだ?」

 そう言った瞬間、左手の方で爆発音が響いた。俺たちは敵の気配を探りながら駆け出した。


 疎らな林を抜け見晴らしの良い場所へと抜け出した。木が生えていないというわけではないのだが、低木ばかりで周囲よりは明るい場所だ。何かが燃える匂いが漂っていた。


 エレナが何かを見つけて指差した。

「あそこに人が」

 特殊精鋭チームの一人が低木の根本に倒れていた。駆け寄って生死を確かめる。


「死んでいる。胸が陥没して、肺が潰れているようだ」

 俺の声にエレナたちが暗い顔をした。その時、凶悪な気配を感じて、全員が身構えた。


 その気配は右手の方角から感じる。俺は擂旋棍を握り締め、『気配察知』のスキルを使う。微かな音と空気の動きで誰かが戦っていると分かった。


 俺たちは進むことにした。三〇メートルほど進んだ地点で、美咲ともう一人が倒れているのを見つけた。

「美咲!」

 駆け寄り抱き起こした。息をしている。気絶しているだけのようだ。


「良かった。生きている」

「コジロー、ポーションよ」

 エレナが美咲にポーションを飲ませた。美咲の身体を調べてみると左足の骨が折れている。その他にも身体中に傷があった。


「巨竜区の守護者は、どれだけ強いんだ?」

「もしかしたら、本物のティラノサウルスみたいな化け物なのかも」

 エレナが嫌な推測を言った。本物のティラノサウルスは、体長が一〇メートル以上で体重が七、八トンもある化け物である。


「厳しいな。リトルレックスでも、一撃じゃ倒せないのに」

 だが、美咲たちもそれくらいは予想していたはずだ。そんな化け物を倒せるスキルを持っていたから、この作戦を立てたはずなのである。


 河井と武藤は、もう一人の男を手当していた。

「そっちは?」

「肩と足の骨が折れている。だけど、命は助かると思う」


 武藤は少し考えてから提案した。

「この二人を安全な場所へ運ばないとダメだな」

 本当に安全な場所というものはないのだが、守護者が襲ってくるような場所、カルデラ内からは出した方が良いという意見だった。


 俺は賛成し、エレナと河井が気絶している二人を運ぶことになった。エレナたちが斜面を上って消えた。残った俺と武藤は、熊田隊長の安否を確認するために進んだ。


 カルデラの真ん中辺りまで進んだ時、分裂の泉を発見した。今まで見たものより三倍ほど大きい。

 その時、俺は守護者を見た。エレナは本物のティラノサウルスのような化け物じゃないかと推測していたが、守護者は体長二メートルほどだった。ただ皮が朱色に染まっている。


 リトルレックスと比較して、身体は小さかった。だが、その身体に内包するパワーは侮れるようなものではなかった。俺は守護者の姿を目にした瞬間、鳥肌が立った。


「おい、熊田隊長が」

 守護者は熊田隊長と戦っていた。守護者はほとんど無傷だったが、熊田隊長は全身から汗と血を噴き出し、今にも倒れそうな様子である。


 熊田隊長が何かスキルを使おうとした。それは隙に繋がったようだ。守護者が立っていた場所で小さな爆発音が響き、土煙が舞い上がる。

 守護者の姿が消え、瞬間移動したかのように熊田隊長の正面に立っていた。


「うおっ」

 熊田隊長が声を上げる。守護者が回転して尻尾で薙ぎ払った。熊田隊長の身体が宙を舞い、俺の目の前で地面に落ちた


「おい、大丈夫か?」

 武藤が駆け寄って抱き起こす。俺はポーチからポーションを取り出して、武藤に渡した。

「ポーションを飲ませて、後方に避難してくれ」


「まさか、一人で戦う気か。見ただろ、あいつの強さは異常だ」

「俺なら、互角に戦えると思います。ダメだと思ったら、逃げますから」


 武藤は迷った様子を見せたが、熊田隊長を背負うと後方へ避難した。

 俺と守護者だけとなった。守護者は俺を見て、笑っているように見える。


「なぜ攻撃してこない?」

 守護者が鼻で笑うような仕草を見せた。俺は擂旋棍を握り締める。守護者の武器は長く鋭い爪だった。


 『超速思考』のスキルを起動した。周りの動きが遅くなるのを感じた瞬間、守護者が動いていた。ゆっくりと動く世界の中で、例外的に素早い動きを見せる守護者。


 長く凶悪な爪が、俺の胸を切り裂こうとした。豪肢勁も駆使して、その爪を擂旋棍で弾く。一瞬、守護者が驚いたような顔をする。


 次の瞬間、その顔が醜く歪み咆哮を放った。

「五月蝿い!」

 俺も怒鳴り返す。


 凶悪な牙が並んだ口を開いて、俺の頭を齧ろうとする。素早く身を引くと、目の前でガチリと口が閉じた。俺はその口に擂旋棍を叩き付けた。


 擂旋棍の回転する旋刃が鎧のような皮に食い込み、何本かの牙を折る。守護者の口から折れた牙が吐き出された。守護者が回転した。


 その行動が意味するところを知っていた。だが、鞭のようにしなりながら飛んできた尻尾を、避けることができなかった。それほどのスピードだったのだ。


 擂旋棍で受け止めるだけが精一杯。俺の身体が浮き上がり、弾き飛ばされる。パワーは守護者の方が上であり、スピードは互角だった。


 ただ一つ俺が有利なのは、受け身などの技を知っていることだ。飛ばされ地面に落下した身体を回転することで勢いを殺して起き上がる。


 守護者が三メートルの距離にまで近付いている。その爪が襲いかかるのを擂旋棍で弾き、前蹴りを守護者の腹に叩き込む。


 トラックのタイヤを蹴ったような感じで、弾き返された。皮膚の下には、人間とは異質な筋肉が詰まっているのだろう。また、尻尾の攻撃が放たれた。


 俺は飛び上がって避け、守護者の頭に擂旋棍を振り下ろす。守護者が頭を捻って躱す。擂旋棍は肩に命中し肉を削り取った。


 それらの戦いは超高速で行われていた。目の良いエレナでも、動きを追いかけることは難しいだろう。

 俺と守護者の戦いは一〇分ほど続いた。そうなると、体力が続かない。肩で息をするようになった俺は、焦りを覚えていた。


 擂旋棍に目一杯の気を流し込み、守護者の胸に振り下ろした。その動きは今までより大振りだったからか、守護者が避けた。しかも、伸ばした腕に爪を振り下ろす。


 俺は爪を避けようとしたが、その先が手の甲を掠った。おかげで擂旋棍を手放してしまう。その瞬間、守護者が笑ったように見えた。


 俺は影刃サーベルを素早く取り出し、影刃を守護者の首に叩き付けた。強い抵抗が生じる。それを心力の総動員により食い込ませた。ここで勝利を掴めなければ負けると分かっているので必死である。


 影刃が首に五センチほど食い込んだ時、抵抗が消えた。次の瞬間、スパンと守護者の首が刎ね飛んだ。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 美咲が目を開けた時、覗き込むように見下ろしているエレナの顔があった。美咲は急いで身体を起こす。

「守護者はどうなったの?」


 エレナが表情を曇らせる。

「たぶん、コジローが戦っていると思います」

「なんですって! 熊田隊長は?」


 エレナの視線が、左手の方へ向けられた。美咲も視線を追う。そこには武藤に介抱されている熊田隊長の姿があった。


「コジローは何人で戦っているの?」

「一人です」

「ダメよ。守護者は桁違いに強いの。行かなきゃ」


 美咲は立ち上がった。だが、足の骨が折れているのでよろけた。エレナが慌てて支える。

「無理ですよ。その足じゃ」

 美咲は絶対に行くと言い張った。


「私も一緒に行きます」

 コジローを心配していたエレナが言った。


 河井が立ち上がって声をかけた。

「俺も行こうか?」

「いえ、河井さんはここで待っててください」


 二人は斜面を下り始めた。

 分裂の泉の近くにある茂みから、美咲とエレナは覗き見た。

 コジローと守護者が戦っていた。特別なスキルを持っていない美咲の目では、動きを追いきれない超高速の戦いである。


 美咲の目では、コジローと守護者が時々消えるように見えた。しかも、その時には地面から土煙が上がる。爆発的な力で地面を蹴って、推進力としているためだろう。


「何なのこれ? 完全に人間離れしているじゃない」

「こんな動きもできるスキルがあるということです」


 見守っていた二人の目に、コジローが疲れ始めたのが分かった。

「支援した方がいいんじゃない?」

「でも、動きが見えないんじゃ、かえって危険です」


 美咲とエレナが話していた時、コジローの手から擂旋棍が飛んだ。二人は息を飲んだ。だが、勝利を確信した守護者が隙を見せたのだろう。


 美咲はコジローが別の武器で逆転する瞬間を見た。幼馴染を誇らしく思うと同時に、悔しくなった。戦闘に関して、敵わないと思ったからだ。



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