scene:41 ガーディアンキラー
山から薪を運んできた俺は、エレナと河井を交えて話し合った。
「獣人区の守護者?」
河井は守護者というのが何か、知らなかったようだ。
俺が説明すると、目を見開いて驚いていた。
「コジローが『操闇術』のスキルレベルをマックスまで上げたのは、守護者を倒したからだったのか。美味しい獲物なんだな」
河井は守護者の怖さより、倒した時の特典に興味を持ったようだ。エレナはきつい視線を河井に向けた。
「そんなことだと、守護者に殺されちゃうよ」
「そんなにヤバイ奴なの?」
「俺が全力で戦って、互角だったんだ。今のお前じゃ一撃で殺されるぞ」
「だったら、ゴブリンより強いオークの守護者と戦うのは、無謀じゃないのか?」
「俺だって強くなったし、新しい武器も手に入れた。勝算はある。と言っても、戦う前に二人のレベルを上げて、偵察も行うのが、前提条件だ」
「それくらい慎重なら、大丈夫かな」
河井が同意した。俺は全力で二人のレベル上げに協力することにした。
「ということで、二人のレベル上げだ」
河井とエレナは、オークを相手に戦い続けた。結果、エレナは個体レベルが『15』に、河井は『12』まで上がった。
河井はスキル選択で『大剣術☆☆』と『操地術☆☆』を取得した。『操地術』を取得することを嫌がっていた河井だったが、両親に説得されて『操地術』を手に入れることにしたらしい。
河井の両親は、農作業に『操地術』のスキルを使わせようと考えているという。
一方、エレナはスキル選択一覧の中に『精霊使い☆☆☆』のスキルを見つけ迷っていた。名前から推理して魅力的なスキルだと思うのだが、具体的な内容が分からず判断できずにいたのだ。そのことを相談された俺も判断に困った。
「そうだな、『精霊使い』か。使えそうなスキルだと思うけど、精霊は本当に居るのかな?」
「異獣が居るくらいですから、精霊も居るんじゃないですか」
精霊については、武藤から情報をもらっていた。樹人区の西側を流れる音無川を渡った地区は、精霊区と呼ばれているらしい。その地区から逃げてきた人の中で、精霊を見たという者がいたのだ。
「『精霊使い』のスキルを選択するのは、精霊が存在することを確かめてからでいいんじゃないか」
「そうですね。精霊が見つからなければ、『精霊使い』のスキルは意味がないですから」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、耶蘇市を装甲列車が走っていた。配給品を運んできた列車である。鋼鉄板で装甲された三両の列車の中には、中央政府の調査官である長門と陸上自衛隊二等陸佐の本郷が乗っていた。
「長門調査官、田崎市のガーディアンキラーは、藤林という若者一人だけでしたね」
「ええ、私が調べた範囲では、他に守護者が倒された形跡はなかったです」
「彼は守護者を倒して何を得たのだ? 分裂の泉についての情報を教える代わりに聞き出したのだろう」
「彼は、『操炎術』のスキルレベルをマックスにしたようだ」
「ふん、定番だな」
「『操炎術』は強力ですからね。スキルレベルを上げておきたい、という気持ちは分かりますよ」
「耶蘇市には、ガーディアンキラーが居るのか?」
「いいえ、前回の調査では居ませんでした」
「そうか、調査記録でも耶蘇市の評価は高くなかったからな」
長門調査官が頷いた。調査官の仕事の一つに、生き残っている地方自治体の評価がある。耶蘇市の評価は高くなく、特に首長評価が低かった。中央政府は耶蘇市の首長である御手洗市長を、ぎりぎり合格ライン上に居る者と評価していたのだ。
耶蘇市の東下町駅に到着した装甲列車から、長門調査官と本郷二佐が降りた。
他の乗員は、列車に積まれていた荷物を降ろす作業を始めた。今回の配給品は、ガソリンと軽油、それに乾電池・バッテリーなどである。
長門調査官と本郷二佐の二人は、市長に会いに行った。
「市長、お久しぶりです」
「本当にそうだ、長門さん。もう少し頻繁に配給品を支給してもらえないのかね」
長門調査官が笑った。各地域の首長から同じようなことを言われているのだ。
「そうしたいのですが、異獣の妨害もあり難しいのです」
御手洗市長が顔を歪めた。
「異獣か……何とかならんのか。自衛隊は何をしておるのだ?」
「残念ながら、自衛隊の弾薬は残り少ないのです」
自衛隊は近代兵器を使って、東京を占拠した異獣を駆除しようとした。だが、その作戦は失敗し、未だに東京は異獣が占拠している。
ほとんどの国会議員は、異獣が放つ毒により死亡した。東京に現れた異獣は、強力な化け物が多く排出する毒も多かったらしい。
生き残った国会議員を含む人々は、長野県に逃げた。東京近辺で比較的に異獣が少ない地域が長野だったからだ。その長野県に仮の中央政府ができた。
「石油の備蓄はどれほど残っているのかね?」
「それは国家機密です。ですが、これから先はガソリンや軽油の配給は少なくなるでしょう。代わりに石炭が配給になります」
「石炭! 石炭でどうしろというのだ。石炭でトラクターは動かせないのだぞ」
「落ち着いてください。産油国の石油生産施設が異獣により壊滅しているのです。石油の輸入は数年の間途絶えると政府は考えています」
政府は数年どころか、この先輸入できるか危ぶんでいた。そこで石炭を輸入して石炭火力発電で電力を作り、電気自動車などを利用しようと考えていた。
「しかし、石炭を輸入するにも輸送船が必要だろう。確か輸送船は重油を燃料にしているはずだ。それはどうする?」
「燃料を石炭に変えます」
輸送船のエンジンを石炭焚きの蒸気タービンエンジンに変える、というのは予想できたことなので、御手洗市長は驚かなかった。
「我が市にも、その石炭火力発電を建設できないか?」
「小型の石炭火力発電装置を開発しています。それを待ってください。それに東下町はソーラーパネルを屋根に乗せている建物が多そうだ。本当に必要なんですか?」
そのソーラーパネルは探索者に命じて、市長が集めさせたものだった。
「儂の先見の明があり、集めさせたものだ。しかし、夜間や天候の悪い日には電力が不足する」
「そうですね。しかし、小型石炭火力発電装置の開発には時間がかかります」
何とか市長を納得させた二人は外に出た。
「さて、調査を始めよう」
二人は数日かけて、耶蘇市の異獣テリトリーを探索した。もちろん全部ではない。侵入するには危険な地区もあるからだ。
「驚いたな。二つのテリトリーの守護者が倒され、制御石にタッチした者が居る」
長門調査官が声を上げた。彼は『風水眼☆☆☆』というスキルを持っており、その土地に棲む異獣の種類や守護者・制御石の情報を読み取ることができるのだ。
「市長に確認しよう」
二人はもう一度市長に会って確認した。だが、市長は知らないようだった。市長の様子から嘘を吐いているとは思えない。本郷二佐は顎に手を当て考えた。
「市長が知らないとなると、耶蘇市のガーディアンキラーは秘密主義のようだな。探し出すのに苦労するかもしれない」
中央政府は、ガーディアンキラーと呼ばれる守護者を倒すだけの実力を持つ探索者をスカウトしようと考えている。日本人が生き残るためには、必要な人材だと考えているのだ。
「探索者を一人一人調べるとなると時間がかかるぞ」
長門調査官は装甲列車が帰還する時間を考えて言った。装甲列車は明日帰還する予定になっている。
「調査は、次回に繰り越そう。まずは、田崎市の藤林をスカウトする交渉を進めるべきだろう」
ガーディアンキラーは中央政府も欲しい人材だが、地方自治体でも貴重な人材なのである。所属する地域の首長と交渉するのも、二人の仕事だった。
本郷二佐が思い出したように声を上げる。
「ここのガーディアンキラーだが、竜崎じゃないか?」
東下町で探索者のリーダーとなっているのが、竜崎である。その実力も一流であり、本郷二佐も認める探索者だった。
「かもしれないな。だが、それなら市長が知っているはずだ。竜崎が市長に隠し事をするとは思えない」
「そうだったな。竜崎は市長の息子だった」
装甲列車が東下町を出発した日、御手洗市長と竜崎が話をしていた。その中で本郷二佐が、ガーディアンキラーが居るのではないかと言ったことを竜崎に伝えた。
「耶蘇市で守護者を倒した奴が居るというのですか?」
「はっきりと断言したわけではない。ただガーディアンキラーが居ないか、尋ねられただけだ」
竜崎は頭に東上町の摩紀小次郎の顔が浮かぶ。
小次郎の様子から、かなりの実力者だと分かったからだ。
「もし、あいつが守護者を倒したのなら、負けられんな」
竜崎が呟いた。その呟きは市長に聞こえなかったようだ。




