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scene:36 市長の狂気

「何だと、儂は市長だぞ」

「それは昔の話。今でも市長だというなら、異獣から耶蘇市を取り返してみろ」


「異獣から耶蘇市を取り返すだと……そんなことができれば、儂は総理大臣になっておる」

 耶蘇市を取り返しても、総理大臣にはなれないと思う。だが、それは市長も分かっており、それだけ困難なことだと言いたいのだろう。


 俺は市長に会ったら聞きたいと思っていたことがあった。

「市長、なぜ御手洗グループの市民とその他を差別する? 東上町の人間も耶蘇市の市民だろ」


 市長は不機嫌な顔をする。

「我々に残された農地で、最初の二年間を養える人数には限りがあると、試算が出ている。誰かが選別して、生き残る人間を決めねばならなかったのだ」


 納得できるものではなかった。

「その選別する基準が、御手洗グループの者かどうかなのか。納得できるわけがないだろ。それに政府から配給されている物資を、東上町に渡さないのはどうしてだ?」


「この耶蘇市は、およそ五〇年の間、御手洗グループによって繁栄してきた。その御手洗グループの者を優遇するのは、当然のことだ」


 何が当然なのか、全然分からない。市長の顔を見ていたが、嘘を言っているようには見えなかった。本気でそう思っているのだ。二年前の市長選の時には、まともなことを言っていたように思うのだが、あれは選挙用のスピーチだったらしい。


 考えていたことが、顔に出たのだろう。ダメ押しのように市長が言う。

「それに、あそこで生きていこうと決めたのは、お前たち自身だ。狭いが農地もくれてやった」

「農地をくれてやっただと……」


 俺の怒りを感じ取り、竜崎が市長を守るように身構えた。だが、市長は俺の怒りも感じ取れなかったらしく、平気な顔で言葉を続けた。

「懸命に休耕田を元に戻そうとしているようじゃないか。我々に頼らずに、自分たちで何とかしろ」


 俺の中で何かが吹っ切れた。

「分かった。東上町は独自に生きていく。この先、東上町には来るなよ」

 東上町を代表して宣言する立場にないのは分かっていた。だが、気づいた時には、その言葉を言っていた。

「生意気な……だが、今日は煬帝の最後を伝えてくれた褒美として、見逃してやろう」


 何が見逃してやろうだ。御手洗の人間は、どいつもこいつも狂っているのか? それ以上聞いていたら、確実に市長を殴っていた。それに気づいたらしい竜崎が、話を打ち切らせ俺を外へ出した。

 竜崎が川の方ではなく線路へ行くように指示した。


「川を渡るんじゃないのか?」

「お前一人のために、ボートを使えるか。歩いて帰れ」

「冗談だろ。草竜区を一人で横断することになるぞ」

「それが嫌なら、川を泳いでもいいんだぞ」


 冬は終わったが、さすがに川を泳ぎたい季節ではない。竜崎の顔を見ると、どうやら俺の実力を試そうと考えているようだ。実力がないなら川を選択し、一人で抜けられるなら草竜区を選ぶとでも考えているのだろう。


 俺は線路の先に視線を向けた。

「草竜区を走り抜けることにする。ところで、この線路を歩いていけば、田崎市へ辿り着けるのか?」


 鉄道路線は、異獣のテリトリーの境目を通っている。比較的に異獣と遭遇が少ないと思われるので、田崎市に行く場合は線路を利用しようと考えていた。

「馬鹿か、この先には毒虫区があるんだぞ。装甲列車でもない限り行けるわけないだろ」


 毒虫と聞いて、ちょっとゾッとした。だが、俺の『毒耐性』のスキルレベルは4である。ある程度の毒には耐えられるはずだ。


 竜崎が見透かすように笑った。

「言っておくが、毒虫区を探索するには、『毒耐性』のスキルレベルが7以上でないと死ぬと言われている。それに毒虫区以外にも、危険な場所がある」


 鉄道橋を渡り対岸に着くと、竜崎が別れ際に言った。

「お前はかなり強いようだな。市長に頼んで、この町で暮らせるようにしてやろうか?」

 俺は首を振った。

「あんな市長の下で暮らせるか。あんたこそ、あんな奴の下から離れた方がいいんじゃないのか」


 竜崎が笑った。

「余計なお世話だ」

 俺は煬帝たちが心臓の薬を探していたことを思い出し、誰か病気なのか尋ねた。竜崎の話では御手洗一族の誰かが病気だったらしい。薬は竜崎が薬局で発見したという。


 俺は草竜区に放り出された。草竜区は雑草の生い茂る地域へと変貌していた。舗装道路がひび割れ、そのひび割れから雑草が伸びている。


 土が剥き出しだった場所は、完全に草木で覆われている。俺はあちこちから草が生えている道を北へと進んだ。このまま北へ行けば、小鬼区に辿り着くはずである。


 竜崎の姿が見えなくなると、影空間からシャドウバッグを取り出し擂旋棍らいせんこんを手に取った。

 一〇分ほど歩いた時、ソードサウルスと遭遇。この異獣は尻尾まで入れた全長が五メートルほどで、体重が二トンほどありそうだ。


 草食竜なので、噛み付きはしない。だが、人間を見ると突進して撥ね飛ばすのが習性だった。その時も、俺を睨みながら突進を開始する様子を見せた。


 アスファルトを削り取るような脚力で、突進を始めた。俺は擂旋棍に気を流し込み先端を回転させる。ギリギリまで待ってから、素早く躱して擂旋棍をソードサウルスの胴体に叩き付けた。


 擂旋棍は凄まじい威力を発揮。ソードサウルスの硬い皮を抉り、その下にある筋肉まで粉砕した。ソードサウルスがガクリと道路に膝を突いた。


 素早く駆け寄り擂旋棍を草食竜の頭に叩き込む。それがクリティカルヒットとなって、頭が爆発するように粉々になり心臓石に変化した。

「ソードサウルスも、擂旋棍で倒せるのか。守護者の武器は半端はんぱないな」


 土属性の心臓石を拾い上げた。ゴルフボール大のものだ。土属性の心臓石から防刃布が作れるので、俺が着ている服は防刃布製の服になっている。


 ソードサウルスを倒しながら、草竜区を進んだ。草竜区の中心には、御手洗建設という耶蘇市で最大の建設会社がある。そのビルは無残にも崩壊し、雑草が生い茂っていた。


 その場所から、嫌な気配がした。草竜区の守護者が居るのかもしれない。草竜区の六割ほどを進んだ頃、東下町の探索者と遭遇した。


「貴様、見かけない顔だな。東上町の探索者か?」

 三〇代の三人組だった。男ばかりですさんだ感じがする。

「そうだ」


 俺が答えると、三人組の一人が眉間にシワを寄せた。

「東上町の者が、草竜区で何をしている?」

 どうやら、草竜区は東下町の縄張りだという意識があるらしい。だが、そんな決まりはない。探索者がどこを探索するかは自由なのだ。


「御手洗市長と面談した帰りだ。先ほどまで竜崎さんと一緒だった」

 市長と竜崎の名前を聞いて、三人は俺に興味をなくしたようだ。手で追い払うような仕草をして去っていった。


「あんなのが多数居るようだと、昼間に建築資材を取りに行ったら揉めるかもしれないな」

 佐久間が夜に建築資材を取りに行かなきゃならないと言った理由が理解できた。


 草竜区を抜け、小鬼区に入った。あの農協ビルは、元に戻っていなかった。つまり、守護者がまだ復活していないのである。

 復活までの期間は、二ヶ月ほどだという噂もある。どうやって復活するのかは分からない。


「あの守護者に、ゴブリン護符が効くかな? 復活してから、試すしかないんだけど……」

 ホブゴブリンに効くことは確認している。守護者への検証は、将来への課題として残すしかなかった。


 俺が無事に戻ったことを、エレナと保育園の者たちは喜んでくれた。エレナは酷く心配したらしく、俺の無事な姿を見ると、瞳をうるませていた。


 コレチカとメイカは、抱きついてきた。エレナが大げさに心配したので、その不安が子供たちに伝染したようだ。俺は二人を抱き上げ、保育園に入った。


 俺は土居園長とエレナに、市長と話したことを伝えた。土居園長が溜息を吐いた。

「市長選の時には、あいつに票を入れてしまったよ。後悔する時が来るとは思わなかった」


「そういえば、佐久間さんが家を建ててやると言っていたんだけど」

 俺の言葉に園長たちは驚いた。

「保育園から出ていくの?」

 エレナが尋ねた。


「いや、保育園の庭に建ててもらおうか、と思うんだ」

 保育園の庭は無駄に広い。大勢の子供たちが通っていた頃はそうでもなかったが、少数の子供しかいない現在は寂しい感じになっていた。


 土居園長はログハウスを建てることを許可した。エレナが厨房を昔風のものに変えられるか尋ねた。厨房を土間にして、かまどと煙突を取り付けたいらしい。


 今は外の竈で料理をしているが、雨の日などは不便だという。

「お風呂も欲しい」

 メイカが声を上げた。


 保育園はシャワーだけがあり、風呂がないのである。そのシャワーで使うお湯も、外の竈で沸かさねばならず大変なのだ。


 今までは女性だけだったので、我慢するしかなかったらしい。

 俺は女性陣の要望を聞き、ログハウスを改造してもらうことにした。



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