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人類にレベルシステムが導入されました  作者: 月汰元
第1章 未知の声編
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scene:33 崩壊する現代文明

 翌朝、俺とエレナは下条砦へ行った。そこで武藤たちと待ち合わせする約束になっていたのだ。

 武藤たちと合流した俺は、ゴブリン護符を配った。


 ゴブリン護符を見つめた武藤たちは、それを首にかける。

「大丈夫なのか?」

「試してみれば分かるよ」


 小鬼区に出た俺たちは、病院へと向かう。

 しばらく歩いた時、ゴブリンと遭遇した。道の向こうから歩いてくるゴブリンと俺たちの目が合った。そのゴブリンは、俺たちを無視して歩いて去った。


「おいおい、本当に襲ってこなかったぞ」

 武藤が驚いて声を上げる。

「護符の効き目があったみたい」

 エレナが感心したように言う。


 病院に着くまでに遭遇したゴブリンは襲ってこなかった。しかし、一匹だけ遭遇したバッドラットは、襲ってきた。この護符はゴブリンにだけ効果があるようだ。


 ただ小鬼区に居るバッドラットの数は少ないので、戦う回数は極端に減った。病院に入った俺たちは、地下の薬剤倉庫へ向かい中に入った。


 武藤たちは懐中電灯で照らしながら薬剤をバックパックに詰め込んでいる。薬剤の在庫は膨大なもので、一回で全部を持ち帰れそうにはない。


 武藤たちはいろんな種類の薬剤を満遍なく集めているようだ。薬剤の知識がないので必要な薬剤がどれか分からないのだ。今度、医者の加藤を連れてきて必要なものを指示してもらうのがいいかもしれない。


 武藤たちが分裂の泉を見たいと言うので案内した。

「ここで戦ったのか。おおっ、ここには肥料があるじゃねえか。持って帰ろうぜ」

 二之部が声を上げた。


 俺たちは数日かけて、農協ビルと病院から持ち出す価値のあるものを運び出した。運び出したものは、保育園の隣にあるビルに運び込んだ。このビルを『備蓄ビル』と呼ぶようになった。

 薬剤を加藤医院に運ばなかったのは、また煬帝のような奴が東下町から来るかもしれないからだ。


 幸いなことに、農協ビルに大量の野菜の種や米や小麦の種籾などがあった。これは今の状況では貴重なものだ。だが、これらをどうするかで俺たちは悩んだ。


 農業を指導している三人の中で武田と星谷は、少し強引なところがあり心配しているのだ。徳永は割とマシな人物ではあるが、押しが弱いので武田と星谷の主張が町内会では通る。


 別段、武田と星谷が悪人だというわけではない。ただ農業に関するものは俺たちに任せて口出しするな、と主張しているのだ。ある意味責任感があると言えるのだが、独善的な行動で周りに迷惑をかけることがある。

 重ねて言うが、決して悪人ではないのだ。ちょっと面倒な人物なだけである。


 武藤たちと相談した結果、種や種籾は小出しすることになった。ちょっとずつ供給して失敗した場合に備えることにしたのだ。


 その日の夜、子供たちが寝た後に俺とエレナは将来の話をした。将来と言っても、色気のある話ではなく来年・再来年をどうやって生き抜くかというものだ。


「コジローさんは、探している人が居るそうですね。土居園長から聞きました」

「ああ、幼馴染の一家を探しているんだ」

「この町や東下町には居なかったんでしょ」

「ああ、御手洗グループが支配する東下町に入れなかった人たちが、西にある田崎市へ向かったと聞いたんで、この町に拠点みたいなものを作ってから、探しに行こうと思っている」


「なぜ、すぐに行こうと思わなかったんです?」

「一つは白眉山の西を流れる音無川の向こう岸から、とんでもなく物騒な気配がしたからさ」


「物騒……農協ビルの守護者と比べて、どうです?」

「たぶん音無川の向こうが危険だと思う」


 西にある田崎市へ行くには、音無川を渡らなければならない。だが、俺の勘が音無川を渡るなと警告を発した。ヤバイ存在が居るのだ。


「もう一つの理由は、幼馴染の負担になりたくなかったんだ。このまま田崎市へ行って再会できたとしても、生活基盤のない俺は、幼馴染の一家を頼ることになるかもしれない。それが嫌なんだ」


 エレナが頷いた。だが、納得した顔ではない。

「でも、心配じゃないんですか? 幼馴染の方は女性なんでしょ」

「まあね。でも、しっかりした女性だから、大丈夫だと思う」


「どんな人なんでしょう?」

 エレナは美咲に興味を持ったようだ。

「明日、奇獣区に行かないか」

「何かあるんですか?」


「実家に帰って、持ち出したい物があるんだ」

「分かりました」

 翌朝、俺たちは奇獣区へ向かった。小鬼区を一度も戦うことなく通り過ぎ、獣人区に入った。ゴブリン護符を持っていても、オークは襲ってくるようだ。


 俺はバックパックの横に取り付けている守護者の戦棍を取り出した。この戦棍を『擂旋棍らいせんこん』と呼んでいる。その擂旋棍を構えて、オークと対峙する。


 俺は擂旋棍に気を流し込んだ。先端が回転を始めると、エレナがちょっと驚いた顔をする。

「守護者の戦棍には、こんな機能があるんだ」

「凄いですね」


 擂旋棍の威力は驚異的の一言だった。その一撃でオークの頭が粉々になり首から上が消えたのだ。

「コジローさんにぴったりの武器ですね」


 俺は眉間にシワを寄せた。

「ところが、こいつは気を流し込まないと、鋼鉄製戦棍以下の威力しか出ないんだ」

「……気を流し込むのは大変なんですか?」


「自分の身体に気を巡らすのは、慣れているんだけど。物に気を流し込むというのは、ちょっと難しい。オーク程度なら、鋼鉄製の戦棍を叩き込んだ方が楽なんだ」


「だったら、普段は鋼鉄製の戦棍を使って、いざという時に、その戦棍を使うといいんじゃないですか」

「いや、それだといつまでも慣れないから、普段も使おうと思っている」


 俺たちは奇獣区に入り、実家に向かう。周辺の住宅は、さらに破壊されていた。家はまだ健在だった。だが、玄関に大きな穴が開いていた。どうやら、ワイルディボアが突っ込んだようだ。


 家に入って二階に上がり、自分の部屋に入った。

「ここが、コジローさんの部屋ですか。何を取りに来たんです?」

「この家がある間に、思い出を保管しようと思ったんだ」


 俺は机の引き出したから、アルバムを取り出した。机の上に置いて、アルバムのページをめくる。そこには赤ちゃんの俺と両親の写真があった。


 俺は無言のままページを捲り続けた。その横ではエレナが寄り添うように立って、アルバムを見ている。

「これが、幼馴染の美咲だ」


 五歳の俺と三歳年上の美咲が手を繋いでいる写真を指差した。

「へえー、美咲さんというのは、年上の方だったんですか?」

「ああ、最近の写真は……」


 俺はページを捲り最近の写真を探した。そして、美咲が防衛大学を卒業し自衛隊の幹部候補生となった時の写真を見つける。


「美咲さん、自衛官だったんですか。でも、自衛隊基地が全滅したと聞きましたけど、大丈夫なんですか?」

「それは大丈夫。美咲は休暇で家に戻っていた時に、例の声が初めて聞こえたはずなんだ」


 俺の表情を見て、エレナが何か勘ぐった。

「美咲さんは、恋人だったんですか?」

 俺は苦笑いして否定した。俺が小学生の時に告白して、『ごめんなさい』と言われている。


 美咲は俺の幼馴染で、憧れの女性だった。上手くは言えないが、姉のような存在でもあったのだ。

「だったら、探しに行かなきゃダメですよ」

 エレナが言った。


「探しに行こうという気持ちはある。けど、美咲に迷惑をかけることだけは、絶対に嫌なんだ」

 俺は美咲が苦境にあるとは思っていない。俺以上にタフで戦闘能力があるのが、幼馴染の美咲だからだ。しかも、カリスマ性があり指揮官としての素質もある。


 どちらかというと、心配なのはエレナと保育園の方だ。今年は何とかなっても、来年は餓死しそうだ。

 本当にそういう状況になったら、町の誰かが助けてくれると思う。だが、それは町の食糧生産が上手くいった場合のことだ。


 少数の農家と大勢の素人が組んで、機械なしで農業をするのだ。失敗することもあるだろう。食料は自分たちで生産することを考えないとダメだと思う。

 俺とエレナは、保育園の将来について話し合った。


 それは東上町だけの話ではなく、全人類共通の課題だった。人類は石油を失った。それにより農業用機械が動かせなくなり、ほとんどの者は人力と牛馬の力により農業を行うことになった。


 現代人が築き上げた文明は、崩壊しようとしている。その崩壊を防ぎ止め、再構築できるかどうかは、俺たちの行動にかかっているのだろう。そんな考えが、俺の頭に浮かんだ。俺らしくない哲学的な考えだ。


 そんな考えが浮かんだのは、個体レベルと同時に脳力が上がったからか? あの声が言った『レベルシステム』とは、人間にどんな変化を与えるのだろう。俺は不安になると同時に、面白いと感じた。



今回の投稿で『第1章 未知の声編』が終了です。

お読み頂きありがとうございます。

次章も頑張ります。

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