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人類にレベルシステムが導入されました  作者: 月汰元
第1章 未知の声編
32/178

scene:31 小鬼区の守護者との戦い

 病院と農協ビルは少し高い塀で隔たれている。その塀に、俺は追い込まれた。仕方なく塀の上に跳び上がった。高い場所からだと周囲の様子がよく分かる。


 農協ビルから続々とゴブリンが出てきて、病院の庭に集まっている。農協ビルの内部は分からないが、農協ビルの玄関前と病院の庭を比べると圧倒的に病院の方が多い。


 選択の余地はなかった。農協の玄関先に飛び降りた。その瞬間、農協から出て病院に向かおうとしていたゴブリンとホブゴブリンが戻ってきた。


 俺はゴブリンに追い立てられるように農協ビルへ入った。玄関先でゴブリンに遭遇し、戦棍の一撃で蹴散らす。階段を探し下へと向かった。幸いにも内部にはゴブリンが少なく、追われることなく地下へ到達。


 地下一階は大きな倉庫になっていた。農業関係の様々なものが在庫として置かれている。しかも、中央付近にプラスチック工場にあったような泉が存在した。


 照明が点いていないので色までは分からないが、小さな波を立てている水で満たされている。

「やっぱり、ここにも分裂の泉があったのか。守護者が居ない間に病院へ……」


 農協ビルと病院は地下で繋がっていた。そこから病院へ戻れると考えたのだ。その通路を見つけ病院に戻ろうとした時、向こうから嫌な気配が近付くのを感じた。


 俺は引き返して、ダンボール箱が積み置かれている場所の背後に隠れた。病院の地下から守護者を先頭にホブゴブリンとゴブリンが入ってきた。


 暗闇では目が見えないゴブリンは、手探りで通路を進んでいた。ホブゴブリンは煬帝の仲間だった男の遺体を引きずっている。


 最悪の状況だ。守護者は片手で煬帝の身体を引きずっていた。捕まって殺されたようだ。

 俺には何で煬帝があんなことをしたのか分からなかった。あの状況で一番生き残れる確率が高いのは、二人が共闘して守護者を倒すか、別々の方角に逃げることだったはずだ。


 守護者は一匹だけなのだから、片方しか追えないはず。それなのに俺を突き飛ばして、守護者に殺させようとした。あの時、俺が瞬殺されれば、次は煬帝が殺されていただろう。


 俺は煬帝を恨んでいたが、煬帝は俺を恨んではいなかったと思う。もしかしたら、ホブゴブリンから逃げ回るうちに、頭のネジが二、三本ほど飛んだのかもしれない。


 ホブゴブリンが運んできた遺体を泉の近くに投げ出した。その遺体に三匹のゴブリンが群がり顔を近づける。初め、何をしているのか分からなかった。だが、ゴブリンが顔を上げた時、口に食わえている肉片で男を食べているのだと悟った。俺は見ていられずに目を背ける。


 異獣が人間を食べるなんて初めて知った。人間を食べる気配がやんだので、俺は再びゴブリンを注目した。腹が膨れたゴブリンをホブゴブリンが泉の中に放り投げた。盛大な水音がして、ゴブリンが泉に沈む。


 分裂させるのか? 泉を注目する。水面が泡立ち、しばらくするとゴブリンとは別のものが顔を出した。ホブゴブリンである。まさか……人間を食べたゴブリンは、分裂の泉でホブゴブリンに進化するのか?


 そこで疑問を持った。例の声が聞こえ異獣が現れた直後に大勢の人間がゴブリンに襲われて死んだはずだ。食べられた者も大勢居たことになる。しかし、その割にはホブゴブリンの数が少ない。

 嫌な推測が頭に浮かんだ。進化する条件が、個体レベルの高い人間を食べるというものだとすると納得できる。


 三匹のゴブリンがホブゴブリンに進化した後、また三匹のゴブリンが連れてこられた。今度は煬帝の遺体を食べさせてホブゴブリンへと進化させるつもりなのだろう。


 守護者が泉の近くに煬帝を投げ出した。連れてこられたゴブリンが煬帝の身体に牙を立てた。

 その時、煬帝が悲鳴を上げた。


 煬帝は死んだふりをしていたのだ。群がるゴブリンを殴り倒し、逃げ出そうと奮戦する煬帝。

 俺は冷めた意識で、煬帝を見守っていた。狂っているかもしれない煬帝を助けに出るのは、あまりにも危険だと思ったのだ。


 それに助けようという気持ちが湧き起こらなかった。あれだけの裏切りを受けた直後なのだ。後で嫌な気持ちになるかもしれないが、自業自得だと思う。


 ゴブリンを打倒した煬帝に、ホブゴブリンが襲いかかった。煬帝は気配だけを頼りに戦っているらしく、病院への通路ではなく反対側の俺が居る方に逃げてこようとした。

 偶然なのか、恐るべき勘なのかは分からない。


 煬帝が後ろに向かって爆炎撃を放った。ホブゴブリンたちが素早く避ける。その結果、ホブゴブリンの背後に居た守護者に爆炎撃が襲いかかる。

 守護者は先端が回転する戦棍を起動させた。


 その戦棍が爆炎撃を叩き、炎の塊が爆散。守護者は撒き散った炎を浴びたが、平気な顔をしていた。恐ろしく丈夫な戦棍だ。それに守護者は炎にも強いようだ。

 俺の爆炎撃も通用しないだろう。


 爆炎が飛び散った時に、一瞬だけ俺の顔が見えたのだろう。煬帝が叫び始めた。

「助けてくれ!」

 俺は床から、壁から剥がれた破片を拾い上げた。俺を巻き込むな。ただ、そう思った。人道的には非難されるかもしれないが、俺を巻き込もうとしている煬帝の行動は許容できなかった。


 『投擲術』のスキルレベルは6、上級者のレベルであり煬帝に壁の破片を命中させるくらいは簡単だ。力の籠もったスローイングで破片が煬帝の額に当たった。


 足が滑ったように倒れた煬帝をホブゴブリンが袋叩きにした。撲殺だ。その後は先ほどの繰り返しである。新しく三匹のホブゴブリンが生まれた。しばらくして、ホブゴブリンたちが地上へと出ていった。


 残ったのは守護者だけ。

 守護者は目を閉じ腕を組んで泉の傍に立ち尽くしている。目を開けた守護者が、俺が隠れている場所に顔を向けてニヤリと笑った。いきなり跳躍する守護者。空中で戦棍を振り上げ、積み上がっているダンボール箱に振り下ろした。


「おわっ!」

 俺は戦棍の攻撃を避けて、ダンボール箱の後ろから跳び出した。俺は応戦するために戦棍を構える。

「お前……気づいていたのか?」

 どうせ、言葉は分からないだろうと思いながら言った。


「クククッ、ワレ ノ ノウリョクヲ アナドルナ」

「……しゃべった」

「ハナシ ガ デキナイ ト オモッタカ。オモイアガルナ ニンゲン」


 俺は混乱していた。異獣が知的生命体だとは思ってもみなかったのだ。

「お前ら、どこから来たんだ?」

「ワレラハ ゼッタイシャニヨリ ツクラレタ ソンザイダ」


 『絶対者』だろうか? そいつは例の声を発した存在なのか? 分からない。

「なぜ、人間を襲う?」

「ワレラノ ココロニ キザマレタ メイレイダカラダ」


「共存することは、できないのか?」

「ソウオモウナラ ワレヲ タオシテミロ」

 そう言った守護者が、襲いかかってきた。


 守護者のスピードは、凄まじかった。さすがに人外の存在だと思った。瞬きした瞬間に懐に踏み込まれて、戦棍の攻撃を受けた。戦棍同士がぶつかる金属音が響き渡る。


 守護者のスピードに追いつけなくなった俺は、『超速思考』を起動させた。俺の主観的な感覚では、自分を含めた周りのスピードが急速に遅くなる。


 最近、俺は『超速思考』を使って戦う修業を続けていた。この守護者と戦うことを想定したものだったので、簡単に敗北するとは思っていない。だが、強敵だということを改めて思った。


 思考が高速化されたことで、五感から入る情報が瞬時に処理され反応速度が高まった。ただ人間の筋肉はそれほど速く動けないのだ。それを無理やり高速化させるには、ただただ無駄な動きを削るしかなった。


 そんな修業を日夜繰り返したのだ。超速思考状態の俺のスピードは守護者と比較しても劣ってはいない。だが、この状態をキープできる時間は短かった。


 時間が経てば、高速回転する脳はオーバーヒートを起こし、無理やり制御している筋肉が悲鳴を上げるからだ。

 しかし、この状態をキープしている間、戦いは俺の優勢となる。


 先端が甲高い音を響かせて回転する戦棍が、俺の目の前を通り過ぎる。俺はカウンターで戦棍を奴の首に叩き込んだ。無駄な動きを省き豪肢勁の力も借りた渾身の一撃だった。


 守護者が壁際まで弾け飛んだ。その時、嫌な音を聞いた。鋼鉄製の戦棍がピキッと音を立てたのだ。奴の戦棍と打ち合うことで、傷つきヒビが入ったようだ。


 俺は最後のチャンスかもしれないと思い、一気に距離を詰め渾身の一撃を守護者の頭目掛けて振り下ろした。

 これで決めようと思った一撃が、奴の戦棍で受け止められた。しかも、俺の戦棍が壊れた。柄の先端近くが折れたのだ。鋼鉄製の部分より先に、柄が耐えきれなくなったらしい。


 守護者が醜悪な笑いを浮かべ、ゆっくりと己の戦棍を振り上げる。そこには油断が見えた。俺は背中に括り付けていた柳葉刀を瞬時に抜き斬撃を放った。


 刀身が武器を持つ腕に食い込み斬り飛ばした。一瞬の逆転劇である。

 守護者は驚いたように斬り飛ばされた腕に視線を向けた。そして、凄まじい声で咆哮を上げる。それは威嚇のための咆哮ではなく、仲間を呼ぶためのものだった。


 すぐさまホブゴブリンたちが地下に下りてきた。守護者との戦いに決着をつけようとする俺の邪魔をする。ホブゴブリンは五匹。俺は超速思考状態なので、瞬く間に五匹の首を刎ねた。


 守護者は? と探すと、分裂の泉に飛び込むところだった。守護者が泉に潜り姿が消えた。

 脳がオーバーヒートを起こしそうなほど熱い。限界だと感じ『超速思考』を解除して、泉に近付く。俺は守護者が使っていた戦棍を拾い上げた。



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