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人類にレベルシステムが導入されました  作者: 月汰元
第1章 未知の声編
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scene:24 ガソリン回収

 東上町の吉野宅に戻ってきた時、すでに日が沈んでいた。

「吉野さん」

 エレナが吉野の枕元に飛び込んだ時、まだ吉野の息があった。その横には青い顔をした星夜と加藤が見守っていた。


「心臓石は手に入ったか?」

 エレナが木属性の心臓石を取り出して、医者の加藤に見せた。

「そんなものが、本当に薬になるのか?」


「ちょっと見ていてください」

 俺は心臓石を手に握り、グラスの上に持ってきた。そこで『心臓石加工術』のスキルを使って、木属性心臓石から薬材樹液を生成する。


 グラスの中には透明な液体が溜まっていた。俺はグラスを取り上げ、その液体に意識を集中させた。効力付与の技術を使い薬材樹液に解毒の効果を付与する。グラスの中の液体が揺らぎ、透明だったものがピンク色に染まった。


「……不思議」

 エレナが呟くように声を上げた。その視線はグラスの中の液体を見つめている。


 加藤は声も出ないほど驚いている様子だ。最初は手品だと思っていたのではないか。だが、吉野が毒で死ぬかもしれないという時に、そんな真似をする意味がない。目の前で起きたことはスキルの力なのだと感じたはずだ。


「先生、この解毒ポーションを飲ませてください。少なくとも毒でないことは、俺が保証します」

 俺が差し出したグラスを、加藤は受け取った。少し躊躇ちゅうちょしてから、吉野に飲ませた。


 変化は劇的だった。顔色が真っ青で今にも死にそうな息遣いをしていた吉野が正常な状態に戻った。顔に血の気が戻り、息遣いが力強くなっている。


「ねえ、爺ちゃんは助かるの?」

 加藤は頷き、吉野の脈や呼吸を確かめる。

「今回は大丈夫なようだ」

 俺は『今回は』という言葉に引っかかった。それを加藤に尋ねると説明してくれた。


「この毒は、今でも空中に漂っているのだ。人は呼吸することで体内に取り込み蓄積する。死なないのは体外に排出する機能を人間が持っているからだ。だが、その機能が衰えた老人などは蓄積量が一定を超えると死ぬ」


 解毒ポーションは蓄積された毒を一度除去するだけで、毒を排出する機能を回復させるわけでない、と加藤は推測しているようだ。


「また同じように苦しむ時が来るということ?」

「『毒耐性』のスキルを得るまでは、そうなのだと思う」

「先生はスキルを持っているんですか?」

 加藤が首を振って否定した。


「だったら、先生こそ『毒耐性』のスキルを持つ必要があるんじゃないか」

 加藤は四〇代だろう。数年経てば、自分自身が毒で死ぬ可能性が高くなる。この町では医者という存在が貴重なのだから、是非『毒耐性』のスキルを取得して欲しい。


 そのことを加藤に勧めると、渋い顔になった。

「異獣を倒した者が、心臓発作を起こして死んだ現場に居たんだよ。あの時は、何もできなかった」

 レベルアップの危険性を知っているので、思い切って一歩踏み出す勇気を持てないようだ。


 それから話し合い、より危険が少ない状況でレベルアップさせ『毒耐性』を持たせるには、どうしたらいいかを話し合った。


 加藤は二つの条件を出した。一つは薬の確保で心臓発作に有効なニトログリセリンなどの薬剤を確保することである。次は除細動器を使えるようにすることだという。


 除細動器は停電しているので使えないだけらしい。発電機の燃料さえ確保できれば動かせるようになるそうだ。問題は薬の確保である。


 薬があるのは病院だろう。ところが、一番近い病院は農協ビルの隣りなのだ。

「最悪ですね。ゴブリンの巣の隣にあるなんて」

 エレナが溜息を吐いた。


 加藤が以前のことを思い出すように言い出した。

「私が看取ったレベルアップで死んだ患者は、不整脈を起こして死んだのだ。あの時、除細動器が使えていれば、と思うと残念でならない」


 加藤はガソリンを確保して除細動器が使えるならば、異獣を倒してレベルアップを試しても良いと言う。

「自分の命なのに、我儘わがままだというのは分かっているんだ。だが、少しでもリスクを減らした状態で試したいんだよ」


 目の前でレベルアップの激痛で死んだ者を看取るという経験をすれば、臆病になる気持ちは分からないでもない。それに町から医者が消えるというリスクのあることを行ってもいいのか、悩んでいるようだ。


「何とかガソリンを確保します」

 俺は加藤に約束した。

 吉野の家を出た俺とエレナは、保育園へ歩き始めた。空には月が出ていて、月光が道を照らしている。


「ガソリンは、どうやって確保しようと思っているの?」

「武藤さんたちから聞いた話じゃ、小鬼区は武藤さんたちが車からガソリンを回収したようだし、獣人区は東下町の連中が回収したと聞いた。奇獣区か樹人区の置き去りにされている車から、回収するしかないと思っている」


 俺は木属性の心臓石を溜めておこうと思っているので、樹人区でガソリン回収を行いつつトレントを狩って心臓石を集めるのが効率的かも、と思った。


「武藤さんに相談したら、どう?」

「ああ、他の探索者たちも頑張っているようだし、相談してみるか」

 武藤たちも活動を続け、レベルアップしているらしい。獣人区のオークを倒せるようになったと自慢していた。


 その日は保育園に帰って遅い夕食を食べてから寝た。

 翌朝、武藤の家に行く。武藤の家族は奥さんと子供二人である。食事をしていたようで、少し待っていると武藤が現れた。


「こんな朝からどうしたんだ?」

 俺は加藤と話したことを説明した。

「薬とガソリンか、さすがに農協ビルには近付きたくないな。樹人区にガソリンを回収に行くのなら、おれたちも手伝おう」


 武藤が黒井・二之部の二人を呼び、一緒に樹人区へ行くことになった。水道局の柏木は、別の探索者と一緒に出かけた後だったらしい。


 俺たちはガソリンを入れられるタンクを持って出かけた。小鬼区と獣人区を駆け足で通過する。途中で遭遇したオークは、武藤たちが倒した。確実にレベルアップしているようだ。


 奇獣区に入って、ワイルディボアに遭遇すると最初の一撃を俺が叩き込み、ふらふらになった巨大猪を皆で袋叩きにして倒す。

 やはり数は力だと分かる。俺とエレナだけの時は手間取ったが、これだけの人数が居ると息の根を止めるまでの時間が早い。


「コジローさんは凄えな。一撃でワイルディボアに脳震盪を起こさせるんだから」

 高校生の二之部は、ちょっと尊敬の念を抱いてくれたようだ。


「人間はここまで強くなれるということだ。おれたちも頑張らねえと」

 武藤が手斧を握る手に力を入れながら言った。


 三匹のワイルディボアを倒し、樹人区に入る。ここで二手に分かれることになった。武藤たちは西へ向かい、俺とエレナは樹人区の中心へ向かう。


 ほとんどの家は車で避難しようと考えたらしく、残っている車は少ない。この辺りは一戸建ての家が多く、その一軒一軒の車庫を調べなければならなかった。


 庭付きの大きな屋敷を選んだ。壊された窓から家の中に入り車庫に行く。車が残っていた。ヨーロッパ製の高級車である。燃料タンクキャップを力尽くで開けて、サイフォンポンプで持ってきたタンクにガソリンを移した。

 運が良かったようで、高級車のタンクは満タンに近かった。その一台だけで持ってきたタンクが一杯になる。


「やっていることが、昔のゲームと同じですね」

 エレナが話しかけてきた。壺などを壊し、中に入っている薬草やコインを回収するゲームのことだろう。言われてみれば、同じようなことをしている。


「仕方ないよ。このままにしておいてもダメになるだけなんだから、有効利用するのが一番なんだ」

「この屋敷には他にも利用できそうなものがありそうです」

「ちょっと探してみようか?」

「ええ」


 小さい方のシャドウバッグを取り出し、ガソリンを入れたタンクを中に仕舞い影空間に沈める。それから各部屋を探し回った。


 台所では食料品が見つかり、主人の趣味の部屋と思われる場所で散弾銃とクロスボウを発見した。

「ここの主人は、狩りが趣味だったようね」

「でも、何で銃を持って逃げなかったんだろう?」


 その答えは二階へ行って分かった。住人が二階の寝室で骨と化していたのだ。俺たちは趣味の部屋に戻り、水平二連銃とクロスボウ、それにクロスボウ用の矢であるボルトや銃弾を回収し、シャドウバッグに仕舞った。


 エレナがシャドウバッグの中に入れた銃を見て言った。

「東下町の探索者は、初め銃を使って異獣を撃退していたそうです。でも、すぐに弾が尽きてしまいましたけど」

「そうだろうな」


 警察署や銃砲店にあっただろう銃弾は、一ヶ月か二ヶ月で撃ち尽くしただろう。後は刃物とか棍棒で戦うしかなかったはずだ。


「この銃やクロスボウを使って、加藤先生をレベルアップさせるんですか?」

 俺は頷いた。棍棒や包丁よりはマシだと思ったからだ。



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