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scene:170 ヨーロッパのシャングリラ

 この頃からヨーロッパの食料エリアは、シャングリラと呼ばれるようになったようだ。シャングリラは理想郷という意味である。


 ヨーロッパ人たちも食料エリアを理想郷にしようと考えたらしい。その中のイギリスは、エネルギー問題で混乱するヨーロッパ社会に頭を痛めていた。


「また紅雷石保管倉庫が襲撃されたという連絡があったが、どこの仕業だ?」

 プレスコット首相は、エネルギー担当大臣になったレイモンドに尋ねた。

「アイルランドの連中です」

「またか、あそこにもファダラグを分けて、飼育方法も教えたはずだ」


 レイモンドが渋い顔になって頷いた。

「そうなのですが、飼育方法を間違って、全滅させたようです」

「それなら正直に訳を話し、ファダラグをもう少し分けてくれと言えばいいだろう」


「あそこの連中は、我々が弱ったファダラグしか分けてくれないと、思っているようです」

 プレスコット首相がレイモンドに鋭い視線を向ける。

「そんな事をしているのかね?」


「まさか。アイルランドに渡したファダラグは、正常なものでした」

「それでは、なぜファダラグが全滅したのだ?」

「たぶん、マグネシウムを与えすぎたのだと思います」

 レイモンドは与えるマグネシウムの量を増やすと、生産する紅雷石の量が増えると伝える。


「但し、それを続けるとファダラグが死んでしまうのです」

「それでは自業自得ではないか」

「ええ、日本人がなぜ量を指定したか、分かっていなかったのです」


 それに加え、他国から奪った方が簡単だという考え方を持つ者たちが増えたのだ。イギリスは紅雷石の保管場所を秘密にして、紅雷石を盗んだ者は死刑と決めた。


 それほど厳しい刑を課さないと、紅雷石の盗難がなくならないと考えたのだ。

「それで原発の開発は、どうなっている?」

 イギリスはアメリカの助けを借りて、原子力発電所を建設しようと計画したが、計画だけで止まっていた。


 レイモンドが苦虫を噛み潰したような顔になる。

「トリウムを使った原発の建設には、十二年ほど掛かるようです」

「十二年か、遅すぎる。ファダラグ飼育場を増やして、紅雷石の生産を増やすしかないのか?」


 レイモンドはその案に賛成した。

「病院や工場などに供給する分は、生産できています。車両の動力源の分は、少し不足していますが、飼育場を増やせば、何とかなるでしょう」


「元の生活を取り戻すには、どれほどの紅雷石を生産すればいい?」

 レイモンドは慎重に考えてから答える。

「現在の三倍にすれば、最低限の生活を取り戻せるでしょう。ただファダラグの飼育には、硫黄・リン・マグネシウムが必要です。それを確保するためには、地球の鉱山から持ってくるか、シャングリラの鉱山を開発するしかありません」


 現在は地球から硫黄とリンは持ち込んでいる。それなりに大変な作業なので、簡単に飼育場を増やすとは言えないのだ。


「フランスやドイツは、どうしている?」

「ドイツは我が国と同じです。ファダラグ飼育場を増やして対応しようとしているようです」

「フランスは?」

「シャングリラに原子力発電所を建設できないか、研究しているようです。ただファダラグ飼育場も増やしています」


「食料の増産にも、エネルギー不足が影響していると聞いた。その点はどうなんだ?」

 それは農業機械の生産が遅れているのが原因だった。アガルタでは源斥エンジンを開発したので、高出力の電気モーターは必要なかったが、ここでは高出力の電気モーターが必要だった。


 但し、高出力の電気モーターを製作するには、レアメタルなどの希少金属が必要である。食料エリアにはレアメタルの鉱脈がないので、地球から持ち込む必要があって高出力の電気モーターの製作は止まっていた。


 イギリスでもレアメタルを使わない電気モーターの研究はしていたが、完成していなかった。この分野はアメリカや日本の企業などが最先端の技術を持っていたらしい。


「なるほど、レアメタルが足りずに高性能の電気モーターを作れない、というのだね?」

「そういうことです」

「アメリカはどうしている?」

「独自に、レアメタルを使わない電気モーターを、開発したようです」


「その製造方法を教えてもらう事はできないのかね?」

 レイモンドが渋い顔になる。

「アメリカは、必ず対価を求めてきます。我々に払えるでしょうか?」

「それなら日本に頼んだらいい。日本人はお人好しだから、ただで教えてくれるかもしれんぞ」


 紅雷石やファダラグ飼育法も教えてくれたので、今度も教えてくれるのではないかと、プレスコット首相が言う。後日、日本を訪ねたイギリス使節団のアンダーソンが技術の提供をお願いし、日本は許可した。


 イギリスは日本人をお人好しだと思ったようだ。だが、日本にとって電気モーターの技術は、それほど重要ではなくなっていたのだ。源斥エンジンが主力エンジンになっているので、二線級の技術を教えたというだけである。


 その御蔭でヨーロッパで高性能な電気モーターが製造可能になった。但し、簡単に量産化ができた訳ではない。何もかもが不足しているシャングリラでは、小規模のエンジン工場を造るのが精一杯だった。


 その規模の工場では農業機械のエンジンを製作するのがぎりぎりで、元のような生活水準を取り戻すのは難しかった。


「何とか今年は乗り切れそうだな」

 プレスコット首相が言う。それを聞いたレイモンドが頷いた。

「農業機械が少しずつ出回り始めたので、国民の不満も沈静化しているようです」


 シャングリラでの生活は、農業機器が導入されてもそれほど向上しなかった。人々の多くが農業に従事する生活を捨てて工場などで働こうとしなかったのだ。


 それは食糧不足の時代が続くと考えていたからである。



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