scene:107 クゥエル支族の碑文
新しいスキルを取得した俺は、東上町に戻った。耶蘇市は、人口が半分ほどに減り活気が失われるはずだ。半分は食料エリアで暮らす事を決意したのである。
耶蘇市に帰って元の生活に戻るのは、農業関係者が多かった。食料エリアの農業も本格的に始まるまでは時間がかかる。それまでは耶蘇市で農業をする者が必要なのだ。
今は廃墟のように静かな東上町のログハウスで、持ち帰った回収品を広げた。炎竜区の守護者が使っていた槍、フレアサウルスの角などがある。
「この槍は使えなかったんだよね」
河井が美咲に尋ねた。
「ええ、ご覧の通りボタンも何もないの」
俺は擂旋棍のように気を流し込むのではないかと思い試してみることにした。槍を持って外に出る。その槍を空に向け、気を流し込んだ。
その瞬間、槍の穂先から黄色に光る三日月型の刃が撃ち出され空に消えた。
「おっ、何か出た」
美咲が溜息を漏らす。
「結局、気を注入することが引き金だったの。その武器はコジロー用ということね」
「美咲も『小周天』か『八段錦』のスキルを取ればいい」
「そうね。また同じような武器が出てくるかもしれないものね」
エレナに使うか確認してみたが、弓があるから要らないと言う。結局、俺が使うことになった。
その後、生駒大臣の下で働いている役人の貴島に電話を入れた。だが、向こうは混乱しているようだ。シフトによって手強い異獣のテリトリーが人間の居住区に近い場所へ移動してきて、大変なことになっているらしい。
俺はすぐに電話を切った。
「どうしたんだ?」
河井が尋ねる。
「仮首都は修羅場になっているらしい。助けが欲しいと言われたけど、断った」
「何でだ? よっぽど困っているんじゃないのか?」
「そうかも知れないけど、どうやって行くんだ?」
「仮首都の隣の町にある転移ドームへ行って、そこから仮首都へ行けばいい」
俺は溜息を吐いた。河井がシフトの件を忘れているからだ。
「シフトがあったんだぞ。どんな危険な異獣が居るか分からないんだ。簡単に行けるかどうか」
「そうだった。日本政府には元自衛隊の探索者が大勢居るんだから、その人たちに頑張ってもらおう」
俺たちは耶蘇市で助けられる命を助ける活動を始めた。近隣の町から耶蘇市に助けを求める人々が多かったのだ。
使い始めた槍『翔刃槍』は結構使える武器だった。流し込んだ気の量や質によって、撃ち出される翔刃の威力が変わるらしい。
そして、河井と美咲に約束した武器も作った。フレアサウルスの角を使って製作した『フレアグレイブ』と『フレアソード』である。
この二つの武器を使うには『操炎術』が必要だったので、河井はスキルポイントを使い『操炎術』を取得した。ちなみにグレイブとは西洋版の薙刀である。
俺たちは食料エリアの開発にすべてを集中した。そして、半年後に全住民が食料エリアで生活できる基盤を造り上げた。
その間に日本政府は悪戦苦闘したようだ。多くの日本人が亡くなり、大臣の中にも絶望した者もいた。だが、耶蘇市が食料エリアで生活できる基盤を築いたという話が伝わり、それが希望となった。
日本政府も食料エリアの開発に全力を注ぎ込むようになったのだ。俺たちも『試しの城』に探索者を送り込む手伝いをした。
その代わりに浄水場や下水処理場などの建設には協力してもらった。食料エリアの生活水準が上がった頃、食料エリアを詳しく調査しようという話が持ち上がる。
今までは余裕がなくて、ヤシロ周辺の場所しか調査しなかったが、もっと広い範囲を調査しようという話になったのだ。
「いい機会なので、私たちで調査しませんか?」
エレナが提案した。
「いいね、それ」
俺は真っ先に賛成する。
美咲は参加できないという。ヤシロの市長のような存在になって、忙しい日々を過ごしていたからだ。仕方ないので、俺とエレナ、河井の三人で調査することにした。
最初はドローンを使っての探索である。ドローンで航空写真を撮り、それを元に地図を作成する。そういうソフトは元々存在したのだが、その食料エリア版を日本の技術者が開発したので、それを使っている。
俺の頭の中には食料エリアの地図が入っているのだが、大雑把なものなので詳細な地図を作る必要があった。
まずは海がある南へ進み詳細な地図を作り上げる。それから調査範囲を広げ、ヤシロの西に向かって調査を広げた時、都市の廃墟を発見した。
広大な土地を防壁で囲んだ城郭都市だったようだ。門から内部に入り確かめる。ほとんどの建物が壊されて、土地は雑草が生い茂る更地となっている。
残っている建物は、中心地にある高い塔と神殿のような建物だった。
「これはクゥエル支族の遺跡なんだろうか?」
「そうだと思いますよ」
河井も頷いた。あの防壁も巨大船と同じ材料で造られていると思われたからだ。
「まず高い塔を調べてみようぜ」
「そうだな」
河井に賛成して、高い塔へ向かう。その塔は七階建てのビルほどの高さがあり、周りの防壁より一段高かった。
塔には高さ三メートルほどの入り口があった。そこから入ると左側に階段がある。この階段の一段一段が高いと気付いた。クゥエル支族は背が高いか足の長い種族だったのかもしれない。
途中にあった各階の部屋を調べてみたが、見事なほど何もなかった。クゥエル支族が片付けて去ったようだ。もしかすると、必要最低限のものしか持たず、ゴミをほとんど出さない文化を持つ種族だったのか?
その事を河井とエレナに話してみる。
「もしかすると、全員が『亜空間』のようなスキルを持っている種族だったのかも」
俺たちは話しながら最上階の展望台のような部屋に上がった。その展望台から外を見ると、広大な街の跡が分かる。道路となっていた場所は舗装されていたらしく雑草が少なく、建物があった場所は雑草が多い。
「ここに街を作れば、五十万人くらい生活できるんじゃないか?」
河井が言い出した。上から見て分かったのだが、ここの中央には川が流れている。水が有り農地にできる土地も有るようだ。
「この街も政府に報告するんですか?」
エレナが尋ねた。
「我々にはヤシロがあるからな。政府に知らせて活用した方がいい」
「そうですね。でも、活用する余裕が政府にあるでしょうか?」
日本政府は仮首都の転移ドームから行ける食料エリアに街を開発している。かなり力を入れており、それで手一杯という感じだった。
「まだまだ食料エリアを開発しないと、日本にいる人々の生活基盤を造り出せない。それより、向こうの建物を見に行こう」
「あれって神殿じゃないのか?」
河井が言った。俺たちにはそう見えるが、クゥエル支族は未知の知的生命体だからな。宗教を持っていたのかさえ分からない。
俺たちは神殿のような建物まで行って中に入った。建物の中には多くの部屋があり、そのほとんどが空っぽだった。だが、中央にある部屋で石碑を発見した。
その石碑には、クゥエル支族の言語でびっしりと何かが書かれていた。河井が石碑に近付き読もうとしたが、読めるはずもなく。俺に視線を向けた。
こういう時のために『異界言語理解』のスキルを手に入れたのだ。
俺は石碑に書かれている文章を読んで、衝撃を受けた。そこにはクゥエル支族が食料エリアに移り住んだ経緯が書かれていたのだ。




