『平和』な日常
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朝、レイニールが廃屋で『魔操人形』の処分に頭を悩ませていた時間から少し経ち、まもなく正午を指す頃である。
「え? ラナロア様、出張中なの?」
「はい。本日はサーヴェルト様もお休みだというので、取り急ぎの用件は直接、支部長の方まで判断を仰ぎに行ってもらいたいそうです」
【聖職者連盟】『祭事課』の事務室。
司祭であるレバンは仕事で『退治課』の事務室に行ったのだが、いつもは日中は居るはずのラナロアの姿が見えないことに首を傾げた。ラナロアがいない時はサーヴェルトが来ていることもあるのだが、待ってみても来る様子もない。
仕方なく、先に別の書類を持って、『事務課』の経理を担当している事務員の所へ向かう。その時に何気なくラナロアのことを聞いたら、珍しく彼は出張中だと告げられ、さらに珍しいことにサーヴェルトも休みを取っていると教えられたのだ。
「いや、来月の合同の仕事の打ち合わせを……と思ったんだけどね。ラナロア様、いつ戻るか知ってる?」
「いいえ。急だったみたいですし……数日で戻る予定だと支部長は仰られてましたよ」
「そう…………うん、わかった。ありがとう」
レバンは事務員ににっこりと微笑むと、通常の業務をするために『祭事課』の事務室へと戻った。
「ふぅ……明日ならサーヴェルト様が戻るのか……」
「レバン、どうしました? ため息なんてついて」
自分の席について仕事に取り掛かろうとした時、隣の席にローディスが腰掛けた。三班のレバンの隣は四班のローディスの席になっている。
「あ、ロディ。ねぇ、ラナロア様が珍しく出掛けてるって知ってた? サーヴェルト様も今日は休みだって……」
「いいえ、そうなのですか? 珍しいこともありますね?」
話しながら、ローディスは机に幾つもの本を重ねていた。
「うん? その本どうしたの?」
「あぁ、これですか。これは図書室で借りてきたものです。教科書にするのをどれにするか選んでまして……」
「教科書? 神学校の?」
「あ…………レバン、まだ聞いてませんでしたか。実は…………」
ローディスは声量を落として辺りを見回すと、レバンに顔を近付けて囁く。
「……今度、神学校でやっている授業をそっくり連盟でやることになりまして……表向きは『資格取得のための強化授業』ですが……本当は悪魔祓いのための能力強化に……」
「もしかして、リィケくんのため?」
言い終わる前に、レバンが結果を言ったのでローディスは静かに頷く。
「リィケくん、退治員としてちゃんと学校に行ってませんし、これからルーシャくんと一緒に悪魔と戦うなら、ちゃんと講師を立てて勉強した方がいいと支部長とサーヴェルト様が」
リィケの仮に与えられた経歴は『神学校卒業』になっている。
当然、学歴がついてくるということは“知っていて当然”と思われる会話や知識が必要となるはずだ。
「知識は習えばいいだけですが、それをリィケくんに付きっきりで教えるのにリィケくんの事情を知らない人間は付けられない……と言ってました」
「なるほど……リィケくんに付きっきりで教えていたら、それを訝しむ人間も出てくるかもしれないもんね」
知らないならルーシャたちが教えればいいが、リィケの事情を知らない人間は首を傾げるだろう。
「ルーシャくんやイリアちゃん辺りが、リィケくんに構っているのは良いとして…………リーヨォくんやサーヴェルト様、ラナロア様とかがしょっちゅう側にいるとなると“何であの子は特別待遇?”ってなるもんねぇ」
「だからといって、今さらリィケくんの経歴を下げてしまうと、高位悪魔と会う確率まで下がってしまうので……」
退治員の強さは二人の平均で見られることが多い。二人組にさせることで、片方の強さの引き上げともう片方の補佐力と守備力の引き上げを狙う。
ルーシャが上位の退治員でも、リィケの学歴を理由に仕事のレベルが落とされる可能性がある。そうなれば、他の退治員へ上級悪魔などの仕事が回っていき、ルーシャたちは強い悪魔との戦闘の機会が少なくなってしまう。
一方のレベルに片寄った依頼にならないようにするのが、退治員のパートナー制の特徴でもある。
「ルーシャくんたちが捜す『仇』の悪魔が、連盟の依頼に引っ掛かるのも少ないとは思いますが…………何が手掛かりになるか、クラストの件を見ても可能性もあるかと」
レイラの事件に【魔王】が関わってくるなら、高位の悪魔と対峙することが多くなる。尚更、ルーシャたちの退治のレベルを下げる訳にはいかない。
「他の僧も募集するんだね? なるほど……リィケくんを目立たなくするだけじゃなく、他の学力に不安のある僧とかのレベルアップも狙いだね。それで? その役目ってボクも手伝える?」
「支部長はレバンにも教師をお願いすると言ってましたよ。たぶん、あなたもクラストから帰ったばかりでしたし、サーヴェルト様から明日にでも話がくるかと思いますが……」
今日、サーヴェルトは休みを取っていた。レバンは納得して頷きながらローディスの机の本を手に取る。
「で? 君は何の科目を教えるの? 『神学』?」
「えぇ、『神学』と『法術基礎』ですね。各自、週に一日を目安に。たぶん、レバンは……『魔法言語』だと思います。神学校でも教えてますし」
その他にはリーヨォが『悪魔学』、イリアが『魔術基礎』、ルーシャが『悪魔退治基礎』を教えるように頼む予定だという。
「リィケくんも大変だなぁ。これを全部覚えさせられるの…………あぁ、でもリィケくんは本当ならケッセル家の人間だから、小さいうちから教養は叩き込まれるのが当たり前かなぁ」
リィケがルーシャの子供で、まだ五歳であることはレバンも知っている。ルーシャが五歳の頃も、サーヴェルトから厳しく鍛えられていたことも目の前で見ていた。
「……そうですね。それにリィケくんは【サウザンドセンス】ですから、普通の子供と同じような扱いにできないはずです」
「…………え? 【サウザンドセンス】?」
「……へ?」
さも当たり前のように言ったローディスの言葉にレバンはきょとんとする。
「あ…………もしかして、レバンは知らなかったのですか?」
「いや、だって……リィケくんのことを教えられたの、君と一緒にクラストにいる時だし。それに、ボクはクラストに残っててついこの間、帰ってきたばっかりだよ?」
「そういえば、私も帰ってきてから聞いたような……」
明らかに『しまった』というような顔になったローディスに、レバンは苦笑しながら肩を叩いた。
「たぶん、今回の捕捉授業の話をされる際にボクも教えられたと思うよ? 大丈夫、ロディから先に聞いたとは言わないでおくから」
「す、すみません。あなたなら、すでに聞いているものだと思ってしまってまして……」
ローディスとは違い、レバンはルーシャの親戚でケッセルの人間である。リィケに付くならば必ず、サーヴェルトたちから事情を説明されることだろう。
カラァ――――ン
カラァ――――ン
そんなことを話しているうちに、昼を告げる鐘の音が響いてくる。
「ん? あぁ、もうこんな時間かぁ……お昼ごはん、食堂にでもいこうかな。早めに行かないと学生で混むし、ロディも一緒に行く?」
「はい。ご一緒します」
机の上を片付けて立ち上がり廊下へ出ると、他の職員たちもふらふらと休憩へ向かうところだった。
「あ、そうだ。ゴミの焼却当番、今週はうちの班がやることになったから。先月、君の班に代わってもらってたし……」
「それは……ありがとうございます。ちょうど、うちの班の子が何人も風邪で休んでて……実は困っていました」
「うん、聞いてた。君まで風邪引くと困るし、たまには早く帰りなよ」
歩きながら日常の話が自然に出る。『祭事課』の限らず、今日の連盟は特に大きな出来事もなく平和なようだ。
しかし、その時―――
ドゴォ―――ッ!!
「―――ブッッッ!!!?」
「うわっ!?」
ローディスの後頭部に何かが直撃した。
「~~~~~~~~~~っっっ……!!」
「ちょっ……ロディ!? 大丈夫!?」
頭を押さえてローディスはその場に蹲り、ぶつかった何かはボヨンボヨンと廊下に転がる。
「あああ~~~! ごめんなさぁ~~~い!!」
「へ?」
直後、すぐに背後から間延びしたような女の子の声に二人は思わず振り返った。




