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家路

「よーし! 皆ご苦労だったな! 今日は貸しきりでオレの奢りだ、好きなだけ食べてくれ!!」


「「「わぁ――――っ!!」」」


 クラストの酒場も兼ねている宿屋。

 そこでは男女四十人ほどが、幾つかのグループに分かれてテーブルについていた。


 そして、店の中を見渡せる位置に、トーラスト支部の司教であるサーヴェルトが立って、全員に聞こえるように声をあげている。


 この場にいるのは【聖職者連盟】トーラスト支部、ハーヴェ支部の聖職者と職員たちだった。








 クラストの教会の騒動から三日。


 あれから直ぐに教会の建物自体の調査が入り、地下牢や拷問部屋などが暴かれた。


 地下には不死(アンデッド)系の悪魔の温床になっていたばかりか、シザーズの素になりそうな拷問器具も大量に見付かった。



 本来は仄暗い歴史の遺産として封印されているはずの場所が、現在も使われていたと分かり、教会関係者は青ざめ頭を抱える。


 クラストの犠牲者は全部で五人。

 見付かった遺体は一番新しいもので、一週間しか経っていない。


 一番古い……つまり、最初の犠牲者はベクターが来た直後に殺され、彼の下僕とされてしまったと思われる。

 それは、教会を束ねていた大司祭だと判った。


 正式な調査をしなければ分からないが、人間を殺して姿などをそっくりそのまま悪魔に真似させる呪術を行ったとされる。

 その証拠に犠牲になった聖職者の姿が使われていたのを、ルーシャやその他の者たちが見ていた。



 当然のことだが、クラストの祭は中止になった。


 一年一度、祭の時季に一人が犠牲になっていたとされているのだ。今後もそれが行われる予定は立っていない。



 更に、その他にも【魔王マルコシアス】が指摘したように、あちこちに『人柱』が埋められている可能性があり、支部の者たちだけでは何も手が出ず、クラストの教会は連盟本部に全ての調査を委ねることなった。


 連盟本部長であるミルズナ王女は、調査の予定を決め人員を派遣する準備をしなければならないため、予定よりも早く昼前には本部のある王都へ帰っていった。


 もちろん、側近のライズも一緒に戻っていった。帰る時に、一瞬だけルーシャと目が合ったが、特に何の言葉も交わさず別れた。




 クラストの教会は厳重に封鎖され、そこの僧侶たちはクラストの町長が手配した建物で寝泊まりするように命じられた。


 これからの彼らは本部からの調査員を待ちながら、仮の教会の建物が建てられるまでは、封鎖された教会の見張りと町の人間への説明や相談に追われる日々を送ると想像できた。



 本来は祭の手伝いとして来ていたトーラストやハーヴェ支部の職員たちは、片付けや悪魔を払う手伝いをしていたのだが、それもだいたい終わったので、一部を残して各々の街へ帰ることにした。



 そのため、今夜は宿屋に併設している酒場で、それぞれの支部に帰る前の晩餐をしていこうとなったのだ。




「サーヴェルト様、ありがとうございます!」

「ありがとうございます! ごちそうになります!」


 若い僧侶たちは楽しそうに固まって、飲み物を注ぎあっている。聖職者が多いので酒よりも料理が並ぶ。


「聖職の資格持っている奴は、飲酒は葡萄酒一杯くらいにしておけよ! 明日はトーラストやハーヴェに帰るから、くれぐれも羽目だけは外さないように!!」


「「「はーいっ!!」」」


 今回はサーヴェルトが全員分の飲食代を奢るということで、昼間まで片付けでヘロヘロになっていたはずの者たちは、ここにきて元気になっているようだ。


 それはトーラスト支部の者たちだけではなく、ハーヴェ支部の者たちも同じらしい。



「さすが、トーラスト支部の支部長補佐官様! 太っ腹だよな!」

「しかも、ルーシャの兄貴のじいさんだってよ! 兄貴、俺一生ついていく!!」


 ハーヴェの中年退治員二人は、ルーシャが【魔王】を退けたと思って、ますます心酔するようになってしまった。

 そんな二人を隣のテーブルで呆れた様子で見ていたのは、ハーヴェ支部の牧師のカナリアである。


「……あなたたち、明日はハーヴェに戻るのですから、恥ずかしい行動は控えてちょうだい。そんなにトーラストが良いなら、移動届けを出しなさい。話をつけてあげましょう」


「え!? いや、俺たちはカナリア様も好きです!!」

「そうです! 見捨てないでカナリア様!!」


「なら、静かにお飲みなさい。酔い潰れたら、置いていきますよ」

「「はい! すみません!!」」


 どうやら、ハーヴェでは何かしらの力関係が出来上がっていると思われた。


「……危なかった」

「カナリア様、あの二人の手綱を取るくらいだから、けっこう豪胆なのかな……? あはは……」


 離れたテーブルで、ルーシャとレバンは二人がトーラスト支部へ来るのじゃないかと内心焦っていたが、それが止められたことに安堵する。





 話を終えたサーヴェルトは宿の主人に声を掛けた後、トーラストの司祭が集まったテーブルに近づいた。


 テーブルには、ルーシャ、レバン、ローディスがいる。


「……じゃあ、請求書はオレ宛にしといてくれるように言っておいた。オレはやることがあるから、食事は部屋で摂る。うちの僧侶たちやハーヴェの者たちは任せたぞ、何かあったら呼びにきてくれ」


「分かりました。サーヴェルト様もごゆっくり」

「ありがとうございます。サーヴェルト様」

「……………………」


 レバンとローディスはにこやかに頭を下げているが、ルーシャはサーヴェルトから目を逸らして眉間にシワを寄せていた。

 そんな様子にサーヴェルトは少し苦い顔をする。



「聞いているのか、ルーシャ?」

「聞いてる…………」


 サーヴェルトはため息をつきながら、ルーシャの隣に立つ。


「…………さっき、ラナロアから連絡がきた。リィケは今日の昼には無事にトーラストに着いたそうだ。身体にも特に問題はなかったらしい」


「そう……分かった……」

「………………」


 再び小さなため息をつくと、後ろ向きで片手を上げながら、サーヴェルトはその場を離れていった。




 騒動が収まったあと、リィケは緊張と能力の使いすぎのせいか、丸一日目を覚まさなかった。


 目を覚ましたのは一昨日の朝。

 その時には、サーヴェルトを追うようにクラストへ来た、マーテルとその妹のマリエルのメイド姉妹が、一足先にリィケをトーラストへ連れていく用意をしていた。


 ルーシャも一緒に戻ってもいいと、サーヴェルトに言われたが、まだレバンたちの手伝いをする方を選んだ。


 リィケが悲しそうな顔をしていたので、そんなに間を空けずに戻ることを約束して駅で見送る。ミルズナたちとは反対に走り出した汽車を見ながら、ルーシャは少しだけ罪悪感が胸に残った。


 手伝いといっても、ルーシャの仕事はそんなに多くない。サーヴェルトへの反抗心から、クラストに残ったのは本人もよく解っていた。






 サーヴェルトが見えなくなると、レバンが困ったような表情で隣のルーシャの方を向く。


「……ルーシャくん。ダメだよ、サーヴェルト様とちゃんと話さなくちゃ…………」

「……………………」



【聖職者連盟】トーラスト支部、支部長補佐官であるサーヴェルトは、ルーシャの実の祖父であり、退治の名門ケッセル家の現当主だ。


 ルーシャは幼い頃に父親を亡くし母親と別れてからは、ケッセルの屋敷で祖父母に育てられた。


 次期当主であることや、親がいないことを心配したサーヴェルトはルーシャには厳しく接した。そのせいか、ルーシャはサーヴェルトに対して苦手意識が芽生えてしまったのだ。

 今でもそれは変わらず、レイラの死後もケッセルの屋敷へ戻る気にはなれていない。





 ルーシャがサーヴェルトと折り合いが良くないことは、一時期一緒にケッセルの屋敷に住んでいたレバンはよく知っていた。


「帰りだって一緒の汽車だよ。言っておくけど、ボクは中間には入ってあげられないからね」

「…………はい……」


 今回、ルーシャや他の者たちはトーラストへ戻るのだが、レバンだけは本部から派遣される調査員が到着するまで、クラストの僧侶たちの指揮をとることとなった。

 ここ数年、毎年ここへ来ていたレバンなら、クラストの僧侶たちも指示を聞きやすいだろうという判断だ。ハーヴェのカナリア牧師も手伝いに残るらしい。


 見た目にしゅんとしてしまったルーシャに、レバンは肩をすくめながら友人のローディスへ視線を送る。


「ねぇ、ロディ。帰るまで……帰ってからもルーシャくんの補佐、お願いしてもいい? たぶん君もサーヴェルト様に色々聞かなきゃいけなくなるから……」


「……そう、ですよね。私だけ無関係な顔はできませんものね……はは……」



 今回、祭事課司祭のローディスは運が悪かったとしか言いようがない。


 レイラの事にもリィケの事にも関わりがなく、レバンのようにケッセル家の人間でもない彼は全くの無関係者だった。


 しかし、レイラの姿をした【魔王マルコシアス】を見てしまったうえに、リィケが『生ける傀儡(リビングドール)』であることにも気付いてしまった。


 そこで、サーヴェルトはローディスが無関係者であることを逆手にとって、今後、リィケが活動するための協力者として、大まかな事情を話すことにしたのだ。


 すでにレイラの事件のことと、リィケとルーシャが親子だということはレバンと共に詳細が伝えられている。




 遠い目をして乾いた笑いを浮かべるローディスに、申し訳なく思いつつも、ルーシャは助かったとも思ってしまう。やはり、サーヴェルトと二人ではまともに会話をする自信がなかったからだ。


 他人のローディスが居れば、自分もサーヴェルトも無意識で普通の話し合いをしようと努めるはずである。





「…………ふぅ……」


 ルーシャから小さくため息が洩れた。

 並べられた食事にもまだ手をつけてはいない。


「ルーシャくん、大丈夫? まだ体痛む?」

「あ、痛い時は遠慮なく。今から一度、回復術かけましょうか?」


「いえ、体は大丈夫です。ただ、色々考えてて……」

「そう? 帰るまで無理しないでね?」



 ルーシャは手を振って否定し食事を始める。心配そうに覗く二人に言えないことがあった。


 サーヴェルトにも、それを言えるかどうか悩んでいる。



「……よし、じゃあ今夜は食べとこ! 明日の夜にはトーラストに戻れるように!」


 気遣いのできるレバンは、料理を取り分けルーシャの前に積む。


「考えるのは帰ってからにしな。リィケくん、待っているんでしょ? ね?」


「はい……」


 帰るまで。

 ルーシャはリィケのことだけ考えることにした。








 翌日、レバンに挨拶をしてから、朝一番の汽車に乗ってトーラストへの帰路につく。


 気を遣ったのか、サーヴェルトはルーシャとは別の車両に乗ったらしい。ルーシャはローディスと共に、他の僧侶たちと話ながら過ごした。


 その日の夜には駅の町に着き、そのまま解散になる。結局、汽車の中では特に何もなかった。





「ぼっちゃま、ここ、ここ……」

「セルゲイ?」


 駅のホームではラナロアの屋敷の庭師であるセルゲイが、馬車を用意してルーシャの帰りを待っていた。

 相変わらず“シーツオバケ”である。他の者たちは何となく遠巻きにして歩いていく。


「帰る、乗る。マーテルとリィケさま、家で待ってる……」

「ああ、そうだな。ありがとう……」


 ルーシャはセルゲイの馬車に乗り込む。

 その時、少し離れた場所にケッセル家の馬車が停まっていたのが目に入ったが、サーヴェルトの姿は見あたらなかった。







 帰宅する時間を伝えてあったので、家ではマーテルとリィケが簡単な夕食の用意をして待っていた。


 ラナロアが家の合鍵を持っているので、帰宅するルーシャのためにメイドのマーテルを派遣していたのだ。




「……ただいま…………うおっ!?」

「おかえりなさ――――いっっっ!!」


 玄関の扉を開けると、リィケが勢い良く腰に飛び付いてきて、ルーシャはよろめき、その場にしりもちをついた。


「痛て…………元気……だな、リィケ……」

「うん! お父さんは!? ご飯にする!? シャワーにする!? それとも、僕と遊ぶ!?」


 玄関脇の壁の側には、子供が遊ぶボードゲームやカード、ピンボールの板などが積まれている。


「…………ずいぶん、持ってきたな?」

「うん!! 遊ぶ!?」


 抱き付いているリィケは、スリスリスリッと高速でルーシャの胸に顔を擦り付けてくる。家の中なので遠慮がなくなっているようだ。


 もし、リィケが犬だったら、オレの顔は舐められて涎だらけだろうなぁ。


 そんなことを考えていると、奥からマーテルが顔を出した。


「お帰りなさいませ、ぼっちゃま。リィケ様、今すぐ遊ぶのはご遠慮ください。ルーシャ様も疲れておりますので……」


「はぁい……」


 残念そうにリィケが離れる。


「先に食事になさいませんか? その間に入浴の準備をさせていただきます」


「ああ。すまない、マーテル。リィケ、後で一緒に遊んでやるから……」

「うん!」


 ルーシャは再び、横からタックルを食らった。


 …………これから、寝る前は()()だろうなぁ。


 とりあえず、リィケが寝るまでは甘んじて受けようと、覚悟を決めたルーシャであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] リィケきゃわわ( ˘ω˘ )
[良い点] ご飯にする!? シャワーにする!? それとも……ですか。 子供は無邪気でよいですねっ!(≧∇≦) リィケ君がホント嬉しそうでこちらのほほも緩みます……*^^* いきなり遊び盛りの男の子が…
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