虜囚の反撃
「さぁ! 行きますよ、悪魔どもを一掃して…………」
ミルズナが勢いよく一歩踏み出した瞬間、
「あっ!! 牢が破られている!?」
「逃げる気だ! やってしまえ!!」
「こっちだ!!」
「殺せ!!」
牢を吹き飛ばした爆音で、近くを見張っていた者たちが集まってきた。
集まってきたものは皆、僧侶の服を着てはいるが、所々出ている顔や手足は異様にどす黒い。
「不死族か…………ミルズナ様、許可を!!」
「ライズ、悪魔は倒してよし!!」
「あ、僕も……うわっ!」
「リィケはこちらへ! ライズが倒している間に退路を探します!!」
リィケはミルズナに手を引かれ、別の通路へ抜けていく。それに気付いた数体が二人を追ってきた。
「逃がさん! 死っ……ぐぶっ!!」
「ぎゃあっ!!」
ドンッと、鈍い音と同時に悪魔の頭や半身が弾け飛ぶ。
「二人は先へ!! 倒したら追います!!」
ライズが両手にショットガンとハンドガンを持ち、遠近で使い分けながら悪魔を次々に倒していっている。
「ライズさん……!!」
「大丈夫ですよ。ライズは私の退治の時のパートナーで、王族を護る『上級護衛兵』の中でも優秀です!」
「インペリアル……ガード……」
王宮には一般の兵士の他に、聖職者である僧兵、主に魔力を司る魔術兵がいる。そして、その中でも実力や品格が上の兵士には騎士の称号が与えられ、更に王族を護衛する立場に任命された者は『上級護衛兵』と呼ばれた。
つまり、兵士の最高峰と言ってもいい。
「本部に来てからライズは頑張りましたからね。あ、こっちの通路に行ってみましょう!」
「は、はい!」
自分の伯父が若くして相当な地位を得ているのも驚きだが、その最初のパートナーだったのがルーシャであったことも、リィケとしては誇らしく思った。
――――早く会って、昔の事を聞きたいな。
そのためには、ここから出なければならない。
牢屋を破った音はかなり大きかったようで、この階にいた見張りは全員、ライズのところへ行ったようだ。ミルズナとリィケは悪魔に会うことなく、牢獄の奥へと進むことが出来た。
しかし、一周したはずなのに出口が見つからない。
「リィケ! ミルズナ様!」
「あ、ライズさん!」
出口が見付からないまま、悪魔を倒し終わったライズが合流する。
「困りましたね。上へ向かう階段らしきものがありません」
「……さっき、牢屋の天井も調べてきましたが、魔力の痕跡があっただけで他に仕掛けはありませんでした」
「ん~……悪魔がいたのですから、入れたなら、出ることも考えているはずなのに……」
通路に変わったところはない。あるとすれば、リィケたちが入っていた大部屋の他にも、独房のような一人用の牢屋があることだけだった。今、リィケとミルズナがいるのは、左右に三部屋ずつ、計六つの独房が並ぶ通路である。
「牢屋をひとつひとつ調べるしかないでしょうか? しかし、もうだいぶ時間が過ぎました。教会の内部とルーシアルドが心配です……」
リィケの隣でミルズナとライズが天井を見上げて、途方に暮れているのが分かった。
二人に難しい事が自分にできるとは思えず、リィケも不安になっていく。
「……お父さん」
『リィケ……ディメンション……使う?』
その時、不意に頭にロアンの声がした。
「あ、ロアン! 起きたの?」
『おきた……でぐち、ないなら、みてみる』
「そっか、それで探せば分かるんだね!」
「「…………?」」
急に誰もいない方へ話し始めたリィケに、ミルズナとライズは驚いた様子で顔を見合わせる。
「……あの、リィケ? あなた、誰と話しているのかしら?」
「え? あ、ごめんなさい。実は、もう一人僕と一緒にいるんです。人の中に入る神の欠片を使える子で、逃げるのを手伝ってもらっていました」
「もう一人【サウザンドセンス】がいたのか……」
「はい、ロアンのおかげで『ディメンション』が使えるようになったんです!」
「……ん? ディメン……ション……?」
ミルズナが眉間にシワを寄せて考え込んだ。
そういえば、ミルズナさんにまだ僕の能力のことは言ってなかったかも……。
説明するのが難しい……と、リィケは『ディメンション』のことをミルズナとライズに話していなかった。
だが、今その力でここを脱出できるならば、二人に話しておいた方がいいと思われる。
「え~と、『ディメンション』は、ここの世界……今居る風景にそっくりな場所に行くことができたり、現実に重ねて見ることもできて……そこだと、ドアとか開いていたり、壊れていたり……?」
やはり、リィケの説明はあまり上手くはないが、ミルズナはその言葉に顔色をみるみる変えていく。
「まさか『忘却の庭』……!? それがあなたの……リィケの神の欠片なのですか!?」
「は……はい。あの……それが…………」
何かを思い出したミルズナは、掴み掛からんばかりの勢いでリィケに近付くが、すぐにハッとした表情になり咳払いをして止まる。
「コホン…………いえ、やはり一度、あなたは連盟の本部へ来ていただいた方が良いですね。ですが、今はここを出ることに集中しましょう…………では、その能力をお願いいたします」
「はいっ……! えっと、上手く使えるかな……」
ロアンに身体の主導権を渡した方が良いのか少し迷ったが、ミルズナたちを混乱させそうなので自力で使ってみることにした。
目を閉じて……集中……!
閉じた目蓋の裏に周りの風景が浮かぶ。
しかし、見えるだけで『裏の世界』に移動ができる気配がなく、リィケはそのまま辺りを探るために首を動かした。
『裏』でも牢獄は『表』とはあまり代わり映えがない気がする。
暗く、湿気っぽい黒い壁や床。
その中に一瞬だけ、白い影が揺らぐ。
――――…………えっ!?
見えたものに驚き、思わず目を開けてしまった。
「どうしました? リィケ?」
「いえ……今の、まさか……!?」
リィケは再び目を閉じて、今度はその影をしっかりと見る。
「………………お父さん?」
白い影は壁に鎖と枷で繋がれたルーシャの姿。
力なく前のめりに座りほとんど動かない。
ぼやけているが、ルーシャが『裏の世界』に居るわけではない。おそらく、何時かここで起きた映像なのだろう。
ルーシャは退治員の制服とは別の服を着ていて、宝剣も取り上げられたらしい。
『……出るぞ、貴様を使う準備ができた』
不意にルーシャに向けて冷淡な声が掛けられる。リィケはこの冷たい声に聞き覚えがあった。
僧侶長のベクターだ。
僧侶に扮した悪魔数人が、ルーシャを引きずるように鎖を掴み連れていく。
ルーシャの顔や露出している肌にはアザや出血が見られ、リィケは父親の姿を悲痛な思いで見続けた。
ここから、お父さんはどこへ……?
ボロボロのルーシャが牢から出され連れていかれたのは、今、リィケたちが立っている通路の突き当たり。
「……あそこは…………」
リィケが目を開き、つかつかと廊下の端まで歩いていく。ミルズナとライズもすぐに後をついていき、三人は壁の前に立った。
「この先に、お父さんが連れていかれた……!」
「ここですか? 行き止まりに見えますが……」
「確か、ここから……」
そう言うと、リィケは壁の端を力一杯押し始める。
頑丈な石の壁が、意外なほど簡単に押されて動いた。どうやら、壁が回転して先の通路に出るようだ。
「ここ…………」
暗いが短い廊下が続いている。
「なるほど。直接牢屋へ送られた私たちでは、この出口は見付かりにくいですね。あ、あちらの奥に上への階段があります!」
三人は階段に向かって駆け出す。
『……まって!』
「え? どうしたの?」
ロアンの声にリィケは止まり、問い掛ける。
『“ひとり”いる。つれてってあげて……?』
「誰かいる……?」
横には小さな部屋があり中心が光っていた。
特に誰か人が居るわけではない。
しかしリィケが中に入り、その光の中心を見れば、紫にぼんやり光る輪の中に見馴れた『金の十字架』が置いてあった。
「っ!? これ……!!」
『このままじゃ、このこ、アクマになる、よ?』
「悪魔っ!? わわわっ!?」
リィケが慌ててそれを拾い上げると、紫色の光は跡形もなく消えていく。手の中のそれはどこにも異常らしきものは見当たらず、リィケは袖で汚れを拭い取ってホッと息をついた。
『このこ……“もちぬし”のところに、かえりたい、って』
「うん、行こう。お父さんのところへ!」
リィケの手の中で『宝剣レイシア』の十字架がキラリと光った。
大聖堂のステンドグラスの白い部分が、先程からほんのりと色付いていることを、光を見続けていたルーシャは気付く。
きっと、もうそろそろ夕方になるのかもしれない。
くそ……結局、何もできなかったか……
ルーシャは主祭壇の真上、天井から吊るされている。
空中に両腕を広げられて板に縛られ、完全に防御などできない格好である。
眼下の床には、何やら草の蔦のような模様があり、それが魔法陣だと理解するのは一瞬だった。
ルーシャも法術でよく使うが、床のそれは聖力ではなく魔力……悪魔が使う邪なものだということも解る。
このパターンは……たぶん、オレを悪魔にしようってことだよな……絶対…………。
今のルーシャの状況は非常にまずい。
両腕を縛られ、体は宙ぶらりん。法力も魔法封じの手枷足枷で使えず、着ている服も普通よりも質素で薄手であり、武器も防御できるものもない。
ルーシャはステンドグラスを背にして吊るされているので、大聖堂全体が見渡せる。
主祭壇の脇にはベクターの息のかかった僧侶たちが控えているのが見えた。
左右の集会のための席には、クラストの僧侶たちが次々と座っていく。魔術でも掛けられているのだろう、誰一人として焦点が定まってはおらず、虚ろな表情でボーっと前を向いていた。
そして、正面の通路にはベクターが、ルーシャを見上げて不適な笑みを浮かべる。
その姿はまだ人間ではあるが、醸し出す気配は禍々しく、悪魔であることをもう隠してはいないようだ。
しばらくして、ステンドグラスを通った光が聖堂の中を赤く染め上げようとしていた。
それは一日前に、ルーシャとリィケが見た光景、レイラの顔をした悪魔が二人と対峙した時間である。
「さぁ、『我々の式典』を始めようか……」
ベクターが両手をかざすと、魔法陣が紫色に淡く光だした。
満足そうにその光を眺めている。
「今年はラナロアが来ると言われて、手駒を殖やすのは諦めていたのだが、まさか……こんな大物の『器』が手に入るとは運がいい……」
「…………『器』?」
ルーシャの嫌な予感は当たっていたようだ。
…………これは確実に悪魔にされる。
もし、今回ここへ来たのがラナロアだったら、こいつらは鳴りを潜め、彼に気付かれずに過ごしたはずだ。
復帰早々……ツイてない。リィケはオレが悪魔になったら判るだろうか?
街道でリィケが【魔王】に連れていかれそうだった時のことを思い出し、ルーシャは切れて血を流している口の端を少し上げる。
「……魔……を…………て、こい……」
頭上の微かな声にベクターが反応し見上げると、そこには変わらず吊るされた贄の姿が在るばかり。
「…………何を言っている。今さら命乞いか?」
「お前じゃ……小物……過ぎだ……」
「何を……」
「オレを殺すなら【魔王階級】を連れてこい……!!」
ピシッ!
ルーシャの手首の枷に、深い亀裂が走った。




