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最初の願い

 聖リルダーナ王国には、あるひとつの『現在に存在する伝説』がある。


 それは、この国の国王であり、貴族であり、平民であり、貧困者である。


 つまり、その者はこの国の誰もが成り得るものであり、とても希少な特別な人間だと云われていた。




 それは聖書の始め『創世の物語』にあり、それは子供の絵本にも描かれている。


 例え聖職者の家の子どもではなくても、この国の人間は誰しもこの始まりを知っていた。




『創世の物語』にはこう記されている。




『生物には必ずひとつの魂があり

 魂には必ずひとつの心がある


 千の心を持つ神様は

 そのうちの999個で 世界を創った


 そして最後のひとつを

 小さな欠片にして

 世界中の命の側に分け与えた


 神の魂の欠片を持つ者はそれを掲げる


 ある者は全ての邪を祓い

 ある者は全てを見通し

 ある者は全てを癒す』




 ――――つまり、その者は己の魂の中に神の魂の欠片を有するのだ。




 そして、その能力を『神の欠片』と呼び


 この力を持つ者を【サウザンドセンス】と云う。







 街道に赤い光が走る。


 ルーシャは倒れた瞬間、結界が切れて炎が自分の身体を焼き尽くすと覚悟していた。


 しかし、その炎が急に赤い稲妻に変わっていく。

 赤く細い稲妻はルーシャの腕や身体にも纏わりついたが、別に痺れたり痛みを感じたりはしない。

 まるで風に乗って飛んできた、赤い絹糸が自分に巻きついているような感覚であり、不快感も全く無い。


「あ…………」


 体の表面と呼吸が楽になった。


 炎が消えてそうなったのだと思ったが、ルーシャに起きている事はそれだけではない。


 傷が……火傷が治っていく…………!?


 赤い稲妻が撫でた箇所から少し火傷を負っていた肌が、何事も無かったように再生し、胸の苦しさも無くなり、さらには疲労感も消えていく。


 何が……起きた……?

 …………そうだ、リィケは!?


 ルーシャが急いで起き顔を上げると、目の前では女とリィケが向き合っていた。


 女に抱えられていたはずのリィケは地面に倒れているが、両手がしっかりと女の着ているローブを掴んでいる。


 そして女の様子に、ルーシャは目を見開いたまま固まった。



 女から赤い稲妻が発生し、体の中から爆発しているように四方八方へ飛び散っている。

 さっきまで炎が吹き出していた肩口からは、まるで血が大量に吹き出しているように見えるくらい、稲妻が産み出されていた。



「な、何よこれっ!? 体の…………魔力が……っ!!」


 女は片手でその肩を押さえるが、手の平をすり抜け放出していく。体を捩ってリィケを服から放そうとしているが、女はふらふらと力が入らなくなっているようだった。


 赤い稲妻は女から出て、次々と地面に落ちていく。少しの間、地面を走り、その後に土に染み込むように消える。

 それを繰り返しているのが分かった。



 ルーシャはその光景にア然としながらも、落ちている宝剣を手にゆらりと立ち上がった。


 よくよく周りを見てみると、焼けて真っ赤になっていた石畳が小綺麗になっている。


 焼けた草花で真っ黒になった街道の脇の地面が、一気に緑の若草に覆われ、そこから普通ではあり得ない早さで植物の茎や葉が伸びているのだ。


 驚いているうちに、ルーシャの膝くらいの高さまでその植物は育ち、ふわりと甘い香りをさせていく。



 いつの間にか、ルーシャを中心にぐるりと家二、三軒分くらいの広さで現れたのは…………真っ白な“百合の花”の群だった。



 百合の花は教会ではよく、洗礼や結婚式などの清廉さを強調する儀式の時に祭壇に飾られるので、聖職者にとってはとても馴染み深い花である。


 しかし今、この場で真っ白な百合の花が、整然と大量に咲き揃っていることが異様だった。



「…………何が起きたんだ……? リィケ……?」


 ルーシャは百合を踏まないように避けて、赤い稲妻の発生源になった女とリィケにゆっくりと歩いて近付いていく。女はルーシャを睨み付けるが、その場から動く様子がない。


 女にしがみついているリィケがぶつぶつと、何かを懸命に呟いているのが聞こえてきた。


「ルーシャは死なせない……! ルーシャは死なせない……! 絶対に死なせない……!!」


「…………リィケ……?」


 リィケは目を固く閉じている。

 あまりにも必死になっているのか、ルーシャにも自分の身の回りに起きている事象についても、全く気付いていないようだ。


 あぁ、さっきオレが言ったこと……律儀に守ってくれたんだな……。


 こんな異様な光景の中に居て、それなのに可笑しさが込み上げてくる自分に、ルーシャは呆れて手で自分の顔を覆う。


「あー、リィケ……もう、目を開けていいぞ!」


「…………絶対に、死なせ………………え?」


 リィケはビクンッと、体を揺らしたかと思うと、目を開けて勢い良く顔を上げた。大きな瞳をさらに大きくして、ルーシャの頭から爪先までを何度も往復させて見ている。


「ルーシャ…………生きてる……」

「そうだ、生きてて悪かったな。ほらっ……こっちに来い!」


 ルーシャの生存に気が緩んだリィケが女から両手を放したのを見て、ルーシャはすかさずリィケの襟元を掴んで、その場から引き離した。

 数歩離れた場所でリィケの体を支えながら、いつでも走れるような体制で女の様子を伺う。



 リィケが離れても女の体からは稲妻が出続けている。先ほどから比べると、その量はやや少なくなっているのが分かった。


「あはは…………参ったわ。坊や、まさかこんな芸当が出来るなんて…………やっぱり【サウザンドセンス】は、子供でも甘く見ちゃダメねぇ……」


 女の顔の向こうに、街道の景色が重なって見えた。なんと、女の顔や手がだんだん透けていっている。


「…………どんな『神の欠片』なのか知らないけど…………アタシの体から、ごっそり魔力を落とすなんて…………おかげで、姿を保てなくなったじゃないの…………」


「「………………」」


 ルーシャとリィケは警戒から押し黙る。

 そんな二人の様子に女は強気な表情でニヤリとした。


「言っておくけど、ここでアタシは消えても死ぬわけじゃないわよ。今日は実体を別の場所に置いて、魔力で作った意識体だけで来ていたの…………それでも、まさか……やられるなんて思わなかったわ…………不覚よ……あはははっ……!」


 女は空を仰ぎながら笑っている。


 稲妻はもうほとんど出ていない。その代わり、女の顔や手は今にも消えそうになっていた。


「……特別にアタシの名前、教えてあげる。アタシを追い詰めたご褒美よ……」


 女は足下の白百合を一輪手折り、顔の近くへ持ち上げる。すぅっと花の香を吸う素振りをすると、ルーシャたちを正面から見据えた。



「アタシは…………我が名は【魔王ベルフェゴール】……覚えておくがいい。ふふふ……あんたたちのこと気に入ったから、また会いましょう…………今度は、殺してやるわ……」


「オレたちはもう、会いたくない」


「そんなこと言わないの。もしかしたら、今度会う時に……あんたたちの“仇”も一緒にいるかもしれないわよ?」


「………………ふざけるな……」


「そう、その顔…………アタシ、その顔……わりと好きよ。あはははは………………」



 半透明になっていた女……ベルフェゴールの姿が人の形を崩し、白い煙となって消えていくのを、ルーシャとリィケは黙って見送る。



 パサリと、着ていたローブと百合の花が地面に落ちる。

 笑い声の余韻も消え、街道にはルーシャとリィケだけが残された。


「「……………………」」


 しばしの静寂が過ぎ、虫の声が出始める。


 気付けば、もう日が沈み空には星が出てきていた。


「………………もう、いない?」

「……いない、な…………」


 ルーシャは両膝を地面について、深くため息をつく。


 ――――死ぬかと…………いや…………


 普通なら、もう死んでいる。今頃、ルーシャは街道の上で炭になって転がっていてもおかしくない。

 きっとリィケも連れ去られ、この場所は惨劇の舞台として語られるはずだったのだ。


「……リィケ、お前…………一体、何をしたんだ?」

「え…………僕、何もしてないよ……? 何が起こったの?」


 …………それは、こっちが尋ねていることだろう。


 ルーシャは呆れてリィケを見る。リィケはルーシャよりも状況が飲み込めていないような顔をしていた。


「何って……お前が何かして、周りに百合の花が…………」


 辺り一面に咲いていた百合の花が、一本も残さず消えている。ベルフェゴールの落としたローブの上にあった一輪もない。


「あんなに有ったのに……」


 焼けたと思われる地面には雑草の若草が、産毛のように生えていて、百合の花が咲いていた跡はどこにもない。


「…………夢なわけは…………」

「ねぇ、ルー…………お父さん」

「何だ?」

「あ、うん。えへへ…………」


『お父さん』という呼びかけに、ルーシャがすぐに応えたので、リィケはニコニコとルーシャの顔を見ている。

 それに気付いたルーシャは少し顔を背けて、咳払いをしてからいつものムッとした口調に戻す。


「……………………何だ?」

「うん、あのね……逃げようとした時、僕……お父さんにお願いすることを考えていたの」


 そういえば、親として何をすればいいか? ……と、そんな感じのことを言ったのをルーシャは思い出した。



「…………で? 何を言いたかったんだ?」

「どうしても、ひとつだけあるの」



 リィケはルーシャの着ている上着をぎゅっと握る。眉間にシワを寄せて、思い詰めたような顔でルーシャを見上げた。



「――――絶対に“死なないで”…………僕のせいで、お父さんを死なせたくない」


「……………………わかった……」


 ルーシャにちゃんと顔を見て言われたことに安心したのか、リィケの手からふっと力が抜けて、口元を緩め笑顔になる。しかし次の瞬間、腕に抱えられたまま急に目を閉じて動かなくなった。


 眠ったと思ったが寝息が聞こえない。


 最悪の事態が頭を過り、ルーシャは慌ててリィケを揺さぶると、小さな声で「ねむ……」と呟くのが聞こえて、安堵からため息をつく。おそらく、胴体を貫かれたせいで、寝息を発生させる機能が壊れたのだろう。



 ルーシャはリィケを地面に下ろし立ち上がった。

 このまま居ると、夜の街道は真っ暗で何もない。


 トーラストから誰か来るのを待つかと思ったが、ルーシャは周りを確認して、速やかに宿場町へ戻ることにした。


 さすがに魔王が出た直後なのか、他の悪魔がよってくる気配はない。しかし、動けないリィケを抱えて街道に留まるのは、少々危険な気もする。


 離れた場所に落ちている、リィケの片脚を拾いに行こうとした時、ベルフェゴールが着ていたローブが落ちているのが目に入った。何気なく、そのローブを拾い上げると中から何かが滑り落ちる。


「何だ……?」


 特に何の異変もないことを確認し、ルーシャは掌にそれを乗せてじっと見てみると、それは手の小指ほどの大きさの、六角柱の透明な水晶だった。


 キレイな水晶だが、亀裂があちこちに入り、今にも砕けそうである。こういう悪魔関連の物は、研究課に見せて調べてもらうのが良いだろうと、ルーシャは水晶を持ち帰ることにした。


魔王階級(サタンクラス)】の落とし物なら、リーヨォが飛び付くだろうなぁ……。


 ルーシャは持っていた空の聖水のビンに水晶を入れて、懐に仕舞い込んだ。




 やっと見つけたリィケの片脚を拾い、腰のベルトを使って両脚を押さえ、ルーシャの上着を被せてリィケの胴体の破損部分を隠す。


 こうして、色々工夫していかないと、宿場町へ着いた途端に死体を持ち帰ったと思われるからだ。人形とバレるのもまずいだろう。


 本来なら完全に死体である。

 もし、リィケが普通の子供ならば、救出は間に合わなかったはずだ。


「普通…………」


 ルーシャはポツリと呟く。


 退治員に復帰してパートナーになってくれと懇願され、死んだと思われていた実の子どもだと言われ、身体が人工的に作られた人形だと告白され、おまけに【サウザンドセンス】だと分かり、さらに【魔王階級(サタンクラス)】に目をつけられてしまった。


 ルーシャが淡々と過ごした“普通”の日々が粉々に砕けていく。

 いや、見えなかっただけで、普通というものは最初から存在していなかったのだ。


 関係者たちはこの事実を隠していたのだから、いつかルーシャの知ることになった時、彼が慌てふためく姿を想像してはくれなかったのだろうか?



「ラナロアが来たら、絶対に質問攻めにする…………!!」


 ギリギリと怒りの表情を浮かべながら、リィケを抱えて宿場町へと歩きだす。



 一瞬だけ、吸い込んだ夜の空気の中に、百合の花の芳香が混じっている気がした。


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きしかわせひろの作品
Thousand Sense〈サウザンドセンス〉

不死<しなず>の黙示録
― 新着の感想 ―
[一言] ベルフェゴール!? つまり魔王は七人いるのかな?( ˘ω˘ )
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