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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
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子供の目線 その2

お読みいただき、ありがとうございます!

 部屋の中央に描かれた、蔦のような模様の円陣がぼんやりと青白い光を発する。

 その真ん中には、何故か“有刺鉄線”で縛られ座り込む男女。


 一目で異様な光景だが、リィケは怯えながらも正面から見据え、レイニールはあきらかに好奇心に満ちた眼でそれを眺めていた。



「僕“悪魔憑き”を祓う仕事、今まで近くで見た事なかったの。退治で戦ってはいたけど……」

「なんだ、退治員のくせにまだだったのか?」

「うん。危ないからって、この部屋にも来たことなかった」

「危ないの基準がズレておるな。普通の見習いは、戦う前に悪魔祓いだろうに」

「そう……だよねぇ」


 リィケよりもレイニールの方が、物言いが先輩の退治員のようである。



 呑気に部屋の中央を眺めて話していると、円陣の向こうにいたライズと目が合った。他にも職員が二人いて、入ってきたリィケたちを見て驚いている。


「ちょっと、君たち……」

「あ、すいません。二人には俺が言うので…………」


『祭事課』の僧をやんわりと制して、ライズがリィケたちのところへ近付いてきた。


「二人とも、どうしてここに? 今、浄化するところだから危ないぞ?」


 レイニールが居たが、ライズの口調はいつもリィケに使うものだった。レイニールから『自分への過度な敬語禁止』と言われたためだ。


「あ、ライズさん……ごめんなさい」

「すまぬ。だが、お前に用があってな」

「………………」


 素直に謝る二人にライズは軽くため息をつく。


「すぐに終わらせる…………終わるまで、これ以上は近付かないでくれ。ついでに見学でもしているんだな」

「は、はい」

「解った」


 静かに言うライズに従い、リィケとレイニールは入ってきた扉の所まで下がった。




「ライズ司教、お願いします」

「あぁ。全員下がって」


 円陣の縁にライズだけが立ち、縛られて転がっている男女に向き合う。そして、その場で片膝を付いて円陣の一部に片手を乗せた。


「『主は云った。汝は個であり我である。我が魂、我が肉体、我が存在と同一である。ひとつはひとつを束縛せず。ひとつは全てに還ることを願い求めよ』……」


 聖書の言葉を紡ぐ度、円陣の光が強くなっていく。


「『罪とは個として他を支配することであり、償いとは他の安寧のために汝を律することである』!!」


 光が一層強くなって、円陣の中を包み込むようにドーム状に変形した。


 カリカリカリカリカリカリ……ッ!!


 部屋中に、何か『細いもの』が硬い床をしきりに引っ掻くような音が響く。



「……うわ……この音、嫌だな……」

「この音は…………」


 リィケは顔をしかめて両耳を塞いだが、レイニールは首を傾げて音に聴き入っていた。



 カリカリ、カリカリ、カリ、カリ…………


「……………………すぅ……」


 ライズがドームの上部をじっと見詰める。


 カリ、カリ、カリ…………カリ…………


 引っ掻き音が少なくなった。


 少しの間のあと、光のドームの上部からピシッと高い音がした。それを皮切りに、ドームに次々に黒いヒビが入って広がっていく。


 ピシピシッ…………バリッ!!


『ギギギギギッ……!!』


 ドームが粉々に割れると部屋中がうっすらと霧で覆われ、その中には『蔦の塊』のようなものが浮いていた。


 有刺鉄線の束がぐちゃぐちゃに集まって、まるでメデューサの首のようにうねうねと動いている。


「……あれが、憑いていたものか」

「つたのお化け……? あ、違う。悪魔…………でも……?」


『あれ』が何の悪魔か。リィケは必死に覚えている悪魔の種類を照らし合わせたがどれも違う気がする。


 リィケとレイニールがボーッと見上げていると、ズドンッ!! という音と共に『つたのお化け』は中から弾けるように四散した。


 部屋中の霧はすぐに消え、床の円陣も光らなくなっていった。


「消えた……」

「ライズなら一撃で済むだろうな」


 レイニールがアゴで円陣の向こう側を指す。そこにはショットガンを持った手を下ろしているライズがいた。

 円陣の中には床に倒れている男女。先ほどまで彼らを縛っていた有刺鉄線はどこにもない。


「ふぅ……これで『悪魔祓い』は全件終わりだな」

「はい、お疲れ様でした。ライズ司教、ありがとうございます!」


 寄ってきた『祭事課』の僧が、ライズに愛想の良い笑顔を向けて礼を言う。



 今の流れをおさらいすると、男女に取り憑いていたのは『つたのお化け』のようだ。それを床に描かれた『悪魔祓い』の円陣に入れ、彼らからそれを引っペがして退治ということになる。


 ライズは『悪魔祓い』と『退治』の仕事をした。

『祭事課』が居たところを見ると、元々は『祭事課』か『役所』の窓口を通して依頼されたものだと分かる。


 円陣に倒れている男女を『祭事課』の僧たちが引き起こして、客の応対をする奥の部屋の扉へと連れていった。



「ライズさん、もう終わり?」

「あぁ大丈夫、こっち来てもいいぞ」


 手招きしているライズに、リィケは嬉しそうに駆け寄った。レイニールも歩いてそこへ向かう。


「えへへっ、ライズさん凄いね!」

「俺も司教だ。これくらいは目を瞑ってもできる」

「ミルズナから聞いていたが、実際に見ると手際が良いな。大したものだ」

「ありがとう……」


 リィケとレイニールに褒められたが、ライズはあまり表情を変えなかった。


「これで、もうここには用は無いな?」

「あぁ。あっちで何も無ければ…………だが」

「「…………?」」


 ライズがポツリと不穏なセリフを言って奥の扉へ視線を移した。リィケとレイニールも不思議そうにそちらへ向いた時、扉が勢いよく開かれて『祭事課』の僧が飛び出してきた。


「ライズ司教! まだいらっしゃいましたか!!」

「いる。やっぱり駄目だったか…………」

「た、助けてくださいっ!!」

「はぁ…………」


 大きなため息をついて、ライズは扉の奥へと歩いていく。


「え? 何だろ、また悪魔?」

「ふむ…………行くぞ」

「あ、待って!」


 レイニールが奥の部屋へ入った。慌ててリィケも後を追う。


 部屋に入った途端、子供二人は入り口で固まった。




「だから、あんたには愛想尽かしたって言ってんのよっっっ!!」

「あぁんっ!? ふざけんな、それはこっちのセリフだ!!」


「もう嫌!! 私がどれだけあなたの世話に明け暮れる毎日だったのか…………早く別れてくださいっ!!」

「こっちも早く別れたいね!! お前が財産の配分を間違えてんだよ!!」


「子供たちの親権は父親であるオレのものだ!!」

「いいえ!! 子供たちに聞いてみなさいっ!! みんなあたしの方が好きに決まっているの!!」




 耳を塞ぎたくなるような怒声、罵声、金切り声がこれでもかと押し寄せてくる。


 男女二人一組が、まるで競うように互いを罵り合っているのだ。

 今にも掴みかからんとする彼らを、ライズ含めた連盟の職員たちが止めに入って、何とかなだめようとしているのが見えた。


「…………何……」

「なんであろうな? 取り敢えず、醜い争いだということは解った」


 思わず見入ってしまう。


「二人とも、少し部屋から出てろ。これが落ち着いたら行くから!」


 子供に見せる光景ではないと思ったのか、一組の男性の方を抑えながらライズが慌てて二人に言った。しかしレイニールはそんな、取り込み中のライズの横へ移動して囁いた。


「ライズ、この者たちはなんだ?」

「一応『夫婦』です……!」

「では、この状況は……」

「この人たち、役所に離婚申請の真っ最中で―――」

「黙れ!! お前が若い男と浮気してるのは分かってんだよ!!!!」

「違うって言ってんでしょっ!! この薄らハゲーーーーーーっ!!!!」


 取り押さえられジタバタと暴れる男性は、まるでライズの存在を認識していないように目の前の女性を罵っている。だが、女性も負けてはいない。


「一般の離婚調停というものは、かくも激しいものなのか…………庶民というのは大変だな」

「僕、よくわかんないけど…………たぶん、違う気がする……」


 恐る恐る近くへ来たリィケも、げんなりした様子で喧嘩を続ける夫婦たちを眺めた。


 離婚申請をする場合、申し込みが受理されるまでは役所を通して連盟の『祭事課』での話し合いが設けられる。何故なら、夫婦の不仲の原因が『悪魔』である可能性もあるというのが世間に広まっているからだ。


 聖職が多く、結婚式が神聖なものであるこの国では、結婚は容易いが離婚はなかなか骨が折れる。しかしこの状況はかなりの異常事態であるだろう。



「……現に不仲が悪魔のせいだった訳だ」

「さっきのうねうねした悪魔? でも、ちゃんと倒したのに?」

「ふむ……」


 再びレイニールはライズに尋ねる。


「この者たちの『一番の解決策』は何だ?」

「……まずは落ち着いて話し合う。そこから、どうするのか……ですね」

「ふむ。では『仲直り』は有りか?」

「それは……それが一番ですが…………」

「解った」


 レイニールは小さく頷くと、扉の前までさがって全体を見回す。


「五組か…………ま、出来なくはないな」

「レイニール?」


 ギュッと自身の手袋をきっちりはめ直した。


「兄上から聞いたことがある。悪魔に取り憑かれるということは、その悪魔を取り除く前にかなりの精神的ダメージを受けているということだと……だから、悪魔祓い直後は精神衰弱の状態に陥っていて、感情も不安定になるということだ」



 パリッ……


 レイニールの両手のひらに、細くて紅い稲妻が走る。


「今は見るに堪えない状況だが…………お前はそこで見ておれ」

「レイニール?」


 紅い稲妻はレイニール両腕に纏わりついてひろがっていく。


「これは()()()()()()だ」

「え……?」


 稲妻を纏ったまま、レイニールは小走りで人々の間を通過していった。正確には、言い合っている夫婦を軽く触りながら、次々に通り抜けていっている。


「何を…………あ、そういえば……」


 リィケはそれが彼の『神の欠片』であると気付く。


 そして、レイニールの能力が【感情の檻(エモーション)】だと思い出した。





 ――――数分後。


 あんなに部屋中に轟いた『夫婦喧嘩』の怒声は、嘘のようにパタリと止むのだった。


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