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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第五章 【魔王】と『淑女』
121/135

【魔王】と可能性

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

 ――――――五年前。


 ルーシャは『退治課』の課長に呼ばれ、仕事の日程について話を聞かされていた。


「え? その日に出張ですか?」

「そうなんだ。どうしても先方がルーシャ君を指名してきてね……」

「でも……その辺はレイラが…………」


 ルーシャは課長の提案に戸惑う。

 この時、ルーシャの妻のレイラは身重で臨月を迎えていた。出産予定日が出張の日と被っていたため、いつものように二つ返事で受けることに躊躇してしまう。


「その辺はレイラも話せば納得してくれるだろう。出産の兆候の連絡があれば、私もすぐに家に帰るつもりでいる」

「ですが、お義父さん……」


 今、ルーシャと話をしている『退治課』課長ランディ・フォースランは、レイラの父親でありルーシャの義父でもあった。



 ランディは【魔王殺し(サタンブレイカー)】のケッセル家と同じく古い退治員の血筋であり、【聖弾の射手(シルバーバレット)】という二つ名を持っているフォースランの家の者である。



「もしも、君への指名がなかったら、私が行っても良かったのだが……」

「…………う〜ん……」


 現在のランディは『退治課』の課長になり、トーラストの退治員をまとめる立場のため、昔ほど退治の現場へ行くことはなくなっていた。


 彼がトーラストを離れることは余程の理由がある場合だ。それはルーシャもよく解っているため、いくら妻の出産が控えていたとしても、自分の指名を蹴ってまで義父を行かせるのはあまりにも無責任というもの。


 それに、ランディも娘のレイラのことをとても心配しているのだから、ルーシャの代わりに出張に行かせるなんてことはできない。


「いえ、やっぱり指名をもらったのなら、オレが行かなきゃいけません。その日程で受けさせていただきます」

「そうか、すまない。そのかわり、ライズも連れていってもらえないだろうか?」

「ライズも? でも……あいつも家族なのに……」


 ライズはルーシャの下で退治員の見習いをしているが、そもそも家族でありレイラの弟だ。姉が大変な時に、夫と弟が家を留守にするのはどうなのかとルーシャは首を傾げた。


「年若いライズが残って姉の出産などに立ち会っても、何もできずにオロオロするだけのはずだ。あの子は神学校の卒業直後だし、退治の現場の方が貴重な体験になる」

「そう、ですか……?」


 いつもは『関係ない事も経験の一つ』と言うランディらしくないと思ったが、遠回しに『何も出来ない男がいても邪魔なだけ』と言われていると考えることにした。


 …………そりゃ、医療に疎いオレやライズじゃ、見てることぐらいしかできないよなぁ。


 出産の手伝いも、回復の法術ができる元シスターの義母が全面的に協力する予定であるし、邪魔になるくらいなら外に働きに行く方が良いかと納得する。


「じゃあ、正式な書類は明日にでも用意しよう。ライズには私からも言っておくが、先に君から言ってもらえると嬉しい」

「わかりました」


 返事はしたものの、ルーシャはあまり気が進まなかった。


 ――――ライズは文句を言いながらもついてきてくれるだろうが、レイラはどういう反応をするだろうか?



 しかし、ルーシャが帰宅して義父よりも早く出張のことを妻のレイラに言ったところ、彼女は少しも拗ねたり怒ったりせずに笑ってそのことを受け入れた。




 …………………………

 ………………




 ――――――そして、現在。


 小一時間ほど、テーブルを挟んでルーシャとライズが黙って向き合っていた。


 ルーシャはライズにケッセル家のことや、それに関することを話そうとしているところである。

 覚悟はできているつもりだが、なかなか口から言葉が出てこない。


 ――――マルコシアスのこと、それにリィケのこと…………ライズは信じてくれるだろうか?


 意を決してライズに向き合った。


「…………あのな」

「うん」

「その…………結論から言うと…………【魔王マルコシアス】は、オレたちの敵じゃない……」


 ルーシャは俯きながらも、やっとマルコシアスのことを絞り出した。


 ライズは無表情に頷き、


「そうか解った。じゃあ、姉さんはなんであんなことになったんだ? 悪魔と手を結んだなら相応の利害があるよな? そもそも【魔王】と出会うことも普通の人間にはあまりないこと――――」


 何の躊躇もなく次々と質問を繰り出してくる。


「待て、ライズ! お前、オレの言葉を受け入れるの早くないか!?」

「疑っていたら時間の無駄だ。お前が言うこと、全部受け止めるから早く言え」

「…………………………」


 器が大きいというか……合理的というか…………そういう、変なところで細かい所を省くのは昔からだなぁ。


 ルーシャは潔い義弟にやや困惑しつつも、まずはサーヴェルトから聞いた『ケッセル家の特徴』を話した。


魔王殺し(サタンブレイカー)】の能力、サーヴェルトとマルコシアスの関係…………知っている事実を淡々と話す。


「…………というわけで、マルコシアスはうちのじいさんの『眷属』になっている。だから、ケッセルの人間はマルコシアスから敵視されることがない」


「なるほど……だから、お前がしつこく絡んでも、マルコシアスはお前を殺したりしない……と。良かったな、これで堂々とストーキングできるぞ」


「ライズはオレのこと何だと思って…………いや、それよりも、マルコシアスのこと……意外に驚かないな?」


 話の始めから、ライズは少しも表情を変えることがなかった。驚くという雰囲気は微塵も感じない。


「クラストから帰った後、ミルズナ様と様々な“可能性”について議論した」

「可能性……」


 トン、トン……とライズは人差し指でテーブルを叩いている。


「問題は【魔王】の言動。何故、【魔王】がひとつの教会のために自ら出向いたのか? 何故、同じ悪魔にわざわざ敵対したのか? 何故、ご丁寧に人間へ忠告までしていったのか…………細かく挙げたらキリがない。だけど、行動に理由を付けて結論だけを考える」


 トン……指の動きが止まった。


「【魔王マルコシアス】が特定の人間に味方している……という考え。これは、ミルズナ様が考えたものの一つだ」


 肩を持つ人間が敵対した悪魔がいれば、マルコシアスもその悪魔と敵対する。


「つまり、クラストを荒らした悪魔たち、もしくはそいつらに関係するであろう者が、【魔王マルコシアス】か『彼女の仲間』から“排除するべき”などと認識されている可能性だ」


「ミルズナ王女はそこまで考えたのか……」


 ルーシャは改めてミルズナという少女の思慮深さを思い知った。

 王族の血筋というだけでなく【サウザンドセンス】であることも影響はあるのだろうが、それを差し引いても、これほどの逸材を本部の長に据えたことは【聖職者連盟】にとって正しい選択だと言える。



「さすがだな……」

「それはそうなんだが、ミルズナ様は他にも突拍子もないことだって言ってるんだぞ?」

「え…………」


「例えば『マルコシアスが母性に目覚めた説』とか『悪魔信仰派謀反説』とか、あとは……『もっと悪いことを考えてる説』とか…………けっこう関係ないことも含めて、100通りは考えていたな……」

「…………………………」


 めちゃくちゃに射った矢も、どれかは当たるかもしれない。


 そんな考えで次々と挙げていったという。


「……あの方は“考える”のが好きだからな。この問答はお前とリィケが王都へ来るまで毎日やっていたな」

「いや……後々、ほとんどが的外れだったとしても、現在はオレにもまだ分からないことが多い……」


 ふぅ……と息をついて、二人は冷めた紅茶を飲む。


「…………で? どうして姉さん()()にマルコシアスが協力した?」

「ああ、それは……………………」


 ライズがあまりに軽い口調で尋ねてきたので、ルーシャは普通に答えようとした。しかし、質問の軽さに対して、ライズの視線がとても鋭いのに気付く。


 …………姉さん……『たち』……?


「ライズ……何を……」

「お前、五年前のこともサーヴェルト様と話したなら、あの人がマルコシアスに言われたことも教えられただろ?」


 真っ直ぐにルーシャを見詰めるライズは、本当にどこかの尋問官になったように見える。


「………………五年前、あの事件が起きることを姉さんはもちろん、うちの父さんと母さんも知っていたんじゃないのか? そう、思って……」

「……………………………………」


 それもミルズナが出した可能性なのかと思ったが、それを聞ける余裕がないことは、雰囲気を読むのが苦手な鈍いルーシャにもよく分かった。



「ルーシャ、五年前……俺たちが出張に行ったの、偶然じゃなかったんだよな?」


「……………………あぁ、そうだ。オレたちは指名されたと言われて仕事へ行ったが、あれはオレたちを街から遠ざけるための…………ランディ様の作戦だったようだ」


「父さんが……」




 五年前。事件を調べていた時点でルーシャたちの出張が、わざと組まれたものだということは判明していた。


 しかし、そのことはサーヴェルトとラナロアによってルーシャたちには伏せられた。

 理由は、仕組まれる意図が分からないこともあったが、フォースラン夫妻とレイラに『あらぬ疑い』が掛けられないようにするためでもあった。



「あの頃は各地で『悪魔信仰者』が見つかった時期だったんだ。だから、ハッキリとした動機が無い状態で事件と結び付けることができなかったそうだ……」


「もしもの時のため、サーヴェルト様が父さんたちの名誉を守ってくれていた……」


「そういうことになる……みたいだな」


 実際は、レイラもフォースラン夫妻も『悪魔信仰者』ではなかった。


「オレはじいさんからこの事を聞いたが、お前は分かっていたんだな?」


「……俺は本部にいる間、時間を見付けては五年前のことを独自に調べたんだ。最近になって、仕事に行ったあの村をもう一度訪れて…………当時、悪魔退治の依頼はしたが、誰も退治員の指名はしてないって判明したんだ。しかも日にちも特に指定されてなかった」


 そこからライズなりに考え、ミルズナとあれこれ考察をした。そのうち出張を指示した課長のランディが、二人をトーラストから離すためにやったことだと考えるに至った。


「何で、父さんたちがそうしたのか、俺には解らないが…………」

「それは…………レイラが【魔王マルコシアス】と契約していたからだ」

「…………え?」


 ルーシャの脳裏に、時計塔で会ったマルコシアスの姿が浮かぶ。そして、それに重なるようにサーヴェルトに言われたことも巡っていく。



「レイラが…………マルコシアスに自身の“身体”と引き換えに、オレとお前…………そして、お腹にいた子供の命を助けるよう交渉したんだ…………」


 表情は大きく変わらないが、ライズの瞳が揺らいだ。だがすぐに持ち直したのか、息をひとつ吐いて向き直った。


「姉さんが悪魔と交渉か…………でも、相手は【魔王階級(サタンクラス)】だ。そんなの、一体どこで…………まさか本当は『悪魔信仰』に足を突っ込んでたんじゃ……」


「たぶん、ケッセルの屋敷だ。マルコシアスは『眷属』になってから、ずっとそこに居たから…………オレも、生まれた時から世話になってたらしい……」


「…………は?」


 とても言いにくそうにルーシャは視線を逸らす。


「子供の頃、うちで『白い大きな犬』がいて……あんまり友達がいなかったオレは、毎日のように遊んでた記憶があるんだ……ぼんやりだけど……」


「え、え? い、犬って…………まさか……」


「今思うと『犬』じゃなくて『狼』だったんだろうなぁ……って…………はは……」


「………………………………………………」


 苦笑いしながらルーシャが恐る恐る顔を上げると、今まで平静を保ってきたライズがポカンと呆れたように口を開けていた。








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