ケッセル家の【魔王殺し】
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「……余の身体を持っている者は、本当に人間なのか?」
レイニールの質問に、全員すぐに答えることができなかった。
……………………
………………
いつまでも病院の入り口で話している訳にはいかず、ルーシャたちは一先ずリーヨォの研究室へと戻ってきた。
研究室の奥の部屋に集まり、他に話が漏れないように気をつけながら話を再開する。
「…………で? なんで、サーヴェルト様に『感情の檻』を使った奴が“無感情”だと判った?」
「普通の人間ならば、例え【サウザンドセンス】だったとしても、自分以外の者に向けて何かしらの『思念』のようなものが残るはずなのだ。少なくとも、余が『感情の檻』を使う時は感情を相手に移すのだから……」
「それは…………」
ルーシャは言葉に詰まった。
【魔王】に育てられた子供は、もしかすると人間とは言えない存在になってしまったかもしれないと考えたからだ。
よく考えてみると、ロアンは普通の子供とは次元が違うような行動をしている。
やけに戦い慣れしていることや、当たり前のように『精霊』や『神の欠片』を使いこなしていることも。
……もし、本当にあの子がオレとレイラの子どもだったとしても、もう人間とは――――――
「に……人間だよ!」
少し震えるような、リィケの声が割って入る。
「ロアンは人間だよ。僕はあの子と会ってから、怒ったり困ったりした顔を見たことあるもん!」
それは、リィケがロアンに関しての記憶であり、素直な感想だった。
…………確かに……
報告書だけではなく、ルーシャがリィケに聞いた内容にもロアンの“感情”のことを聞いた気がする。
ロアンが裏の世界のクラストで泥人形をルーシャに向けた時は“怒って”いたし、リィケが『神の欠片』の使い方を尋ねたら説明に困るような仕草もしていた……と言っていた。
「それに、僕もレイニールも…………ロアンも……人間じゃないって言われたら………………困る……」
最後は泣きそうな声だ。
今まで、リィケは『人間』という定義で見ると曖昧な位置に立っていた。
『生ける傀儡』であるリィケは、一歩間違えれば『人間』ではなく『悪魔』と同じにされ、連盟において正体を隠しながら退治員をしている。
そこに同じ状況に置かれたレイニールも加わったことで、リィケは自分の存在というのを前よりも気にし始めていたのだ。
ここで自分やレイニール、ひいてはレイニールの身体を使っているであろうロアンが『人間ではない』と言われてしまえば、リィケは人間の中で身動きが取れなくなってしまうのではないだろうか。
……オレが迷うことじゃない。当の本人たちを不安にさせて何になる?
ルーシャはうつむくリィケの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「…………そうだな。お前もレイニールも…………ロアンも人間だ」
「……うん!」
目にうっすら涙を貯めてはいたが、リィケはルーシャを見上げてにっこりとする。
「リィケ、ライズ、オレたちもそろそろ今日の仕事しに戻るぞ。今日は昨日と同じくらい忙しいと思うし」
「うん! 行こう!」
「俺は事務用の机を決めてもらわないとな……」
ルーシャは強めにリィケの頭を撫でると、退治課の事務室へ向かった。
…………………………
………………
すっかり陽が落ちた頃。
本来ならば、病院の面会時間はとっくに終わっている。しかし、その病院の廊下にルーシャの姿があった。
コンコンコン……
普通にしたノックは予想よりもかなり小さく響く。
しかし、中から「どうぞ」と返答があったので聞こえたようだ。
「失礼……します……」
そっと戸を開けて中に入ると、部屋の灯りはベッドの周辺のみ『法力灯』のランプだけである。
サーヴェルトはベッドから上半身を起こして本を読んでいた。
「……遅くなった。眠くない?」
「ああ。四日も寝てたんじゃ、しばらくは眠れそうにないな……」
「そう…………」
「リィケは……置いてきて大丈夫だったか?」
「今日はライズが付いてくれている。リィケもライズに懐いているから大丈夫だと思う…………」
「そうか……」
「……………………」
「……………………」
普段、気軽に会話をするということがなかったので、ルーシャとサーヴェルトは気まずそうにチラチラと視線を交わしている。
「とりあえず、そこに座れ……お前がいる間は人払いもしているし、防音の法術も部屋に掛けてもらった」
「あぁ……」
ルーシャは言われたイスに腰掛けたが、やはりなかなか会話のタイミングを掴めず視線も合わせにくい。
「……オレが寝ていた間、トーラストで何があったのかはミリアに聞いた」
「…………うん」
「原因は…………レイニール王子のことじゃない方で…………誰かに人形が大量に動かされたことの方だが……一応調査はする。恐らく、形跡は隠されているかもしれないが…………」
「…………うん。リーヨォから聞いてる」
この二人の会話はいつも事務的なことが中心だった。
ルーシャが子供の頃からサーヴェルトが厳しく接してきたせいか、退治員の訓練のことや神学校の成績のことの報告以外は『話したくない』というのがルーシャの本音である。
「それで…………まぁ、街の片付けは二、三日掛かると………………いや、そうじゃなく………………その…………」
「………………?」
しかし、今日はサーヴェルトの話し方が変だと気付く。
いつもの圧迫感のある話し方もなく、ルーシャに対して、どこかもどかしそうにしている感じがする。
ルーシャが違和感に襲われる中、サーヴェルトは深く息を吐いて項垂れた。
「………………………………すまなかった」
「え?」
「これまでのことだ。昨日今日の話じゃない、これまでの…………お前が子供の頃から、今までの話だ」
「何……?」
「息子が……お前の父親のルーベントが死んでから、オレは唯一の跡取りであるお前を厳しく育てた。お前を一人前の退治員に育てたかった責任感からそうしたが…………お前にとっては、さぞかし迷惑だっただろう」
「……………………」
話し始めると、サーヴェルトはルーシャの顔を真っ直ぐ見詰めている。まるで、覚悟を決めているかのように。
「お前には少しずつでも、全て話さなければならないな。そうだな…………まずは……」
「………………」
ルーシャは身体をサーヴェルトに向けるように座り直す。それは“聞く覚悟ができた”という意味だ。
「目覚めた時にオレが『あの子』と言ったが、お前は誰を思い浮かべた?」
「リィケだ…………あと……」
「ロアン…………だな?」
「…………あぁ」
認めてしまうのが嫌だった。
しかし、この事は避けては通れないだろう。
「オレが寝ている間に、マルコシアスに会ったんだな? あいつがよく話したもんだ…………」
「あいつ……?」
やはり、サーヴェルトはマルコシアスの事を知ったうえで言っている。
「順を追って話す。とにかく、どうやって聞き出した?」
「マルコシアスが町の中にいたから、追い掛けてその目的を聞いた。でもその代償に、真実を聞けば喪う……と言われていた。結果、喪ったのは……」
喪ったのは“リィケとの親子関係”ということになる。
「ふ…………」
「じいさん……?」
不意にサーヴェルトから笑みがこぼれて、ルーシャは顔をひきつらせる。
「悪い…………別に、お前が真実を知ったことを笑った訳じゃない。マルコシアスの奴はどんな言い回しをしたんだ?」
「………………」
ルーシャはポツリポツリと【魔王マルコシアス】のことについて話し始めた。
それにはクラストであったことから説明し、今までのこと全てを隠さずに言わなければならなかった。
「そうか。マルコシアスは、お前にはずいぶん優しくしてくれたようだ……」
「なっ……!?」
どこが優しいのか。
いつも射殺されるような視線で見られ、嘲笑うような態度でかわされてしまうのに。
そう、ルーシャがサーヴェルトに抗議する。
しかしサーヴェルトはルーシャに向けて、心底呆れるように笑って言い放った。
「……普通はそんなにしつこく付きまとえば、黙って殺されてもおかしくないんだぞ? 相手は名のある悪魔……【魔王】なんだから」
「ぐ…………」
マルコシアスにも『しつこい』と言われたのを思い出して顔が熱くなる。
「レイラの姿で判断が鈍ったな? まぁ、あいつがお前を殺すことはないだろうが…………」
「何でそんなことわかるんだよ。じいさんはマルコシアスとは知り合いなのか?」
「知り合いか…………」
悪魔と聖職者が知り合いというのもおかしいが、先ほどからのサーヴェルトの態度はただの『知り合い』というものよりも親しげに思えた。
「知り合いも知り合いだ。三十五年来のな」
「さんっ……!?」
予想外の答えにルーシャはただ目を丸くする。
「何でっ……どうやって!?」
「それは話すと長くなる。本当は【魔王】の誇りに関わる事だから、ベラベラと話す訳にはいかないんだが…………お前も【魔王殺し】なら、知っておく必要があるだろう」
彼は何度か深呼吸をしてたっぷり間を開けた。
「……ルーシャ、お前にはうちの二つ名の意味をちゃんと教えてない。【魔王殺し】とは、魔王を殺せるくらい強いという意味ではなく、“退治した魔王の特徴を殺す”と意味だ」
「………………ん?」
一瞬、何を言われたかわからなかったが、セリフを頭の中で反芻するうちに『特徴を殺す』という言葉が引っかかった。
「特徴って……」
「人間の世界にいる【魔王】というのは、魔界にいる『本体』から剥離した魔力の末端だ。それは知っていると思うが……」
「わかる。そこが【魔王】の大きな違いだ」
普通の悪魔と違う【魔王】の特徴は大きく二つある。
一つ、【魔王】は召喚した主でなければ、どんな人間にも膝を折ることはない。
二つ、【魔王】は魔界に『自身の本体』を置いておき、魔界以外の世界に縛られることなく、帰る意思があればいつでも本体へ帰ることができる。
「言ってしまえば、何の関係もない人間は【魔王】と関わることはない……ということ」
「そう…………つまり【魔王】は召喚によって主になった『契約者』でなければ、制御したり束縛したりすることができない。『契約者』以外の者に殺された場合、【魔王】は魔界の本体に戻ることになる」
「待って……え? まさか、じいさんがマルコシアスを召喚したって言うんじゃ…………」
ルーシャの言葉にサーヴェルトは首を振った。
「残念ながら、オレにはそんな魔力は無い。あいつは、人間の世界に『自然発生』した【魔王】だ」
ごく稀に【魔王】の魔力が人間に宿って、人間のように産まれてくる場合がある。
「【魔王】の魂を宿して生まれた人間は、途中で悪魔として覚醒するが、そのほとんどは強大な魔力に精神が耐えられず、発狂して周りを傷付けることが多い。そして、それが連盟宛てに重症の『悪魔憑き』として退治依頼をされる……」
「もしかして、マルコシアスは元々人間として産まれてた?」
「あぁ。まだ覚えている…………国の外れの小さな村。まだ大人になっていない少女が【魔王】の魔力を暴走させていた……」
当時、他の退治員では近付くこともできず、連盟の中で経験も実力もあったサーヴェルトが対処しに行くこととなった。
「苦労して近付いて、その人間の『器』ごと宝剣でたたっ斬らなきゃいけなかった。悪魔憑きとは違って、【魔王】として生まれ魔力を暴走させた者は、再び元の人間に戻ることはないのだから…………覚醒したら死ぬまで【魔王】なんだ」
「じいさんは……その【魔王】を倒した……」
「そんな猛々しいものじゃない。どうしようもなく苦しんでいた『人間』を救うためとはいえ………………手に掛けたんだから」
「…………………………」
サーヴェルトは右手を握っては開き、苦悶の表情で見詰めていた。未だに、彼の手には斬った時の感触があるのだろう。
そうして、その村は平和を取り戻したのだが…………
「普通はここで、人間の『器』から解放された【魔王】の魔力は、自然と魔界にいる『本体』へ還っていく」
「まぁ……普通は…………でも」
――――でも、マルコシアスは人間の世界に残っている。
「それが…………オレたちケッセル家の【魔王殺し】の能力だ」
「え……」
「マルコシアスは、オレに斬られたせいで魔界に帰れなくなった。現在のあいつはオレの『眷属』になっている」
「眷属……って……じゃあ、マルコシアスは……」
「【魔王殺し】とは、殺した【魔王】を屈伏させることができる…………だから、あいつが仲間となったケッセルの人間に害を与えることはない。創世の神の名に誓ってな」
「……………………」
その後、ルーシャは何年分かと思うほどの長い時間、サーヴェルトと話をした。話が終わる頃には日付はとっくに変わっていた。
…………………………
………………
病院を出ると、表には誰の姿もない。
悪魔が暴れていた通りも、マルコシアスがいた時計塔もまるで『裏の世界』のように静かだ。
「そうか、レイラは…………」
聞かされた話を頭の中で整理しながら、ルーシャはリィケたちが待つ自宅へと向かった。
これで四章終了。
次回、五章をお楽しみに!




