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Thousand Sense〈サウザンドセンス〉  作者: きしかわ せひろ
第四章 混迷のトーラスト
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感情の檻

お読みいただきありがとうございます!

 “レイニールがサーヴェルトを起こすことができるかもしれない”


 この言葉にルーシャは首を傾げた。


「……じいさんを起こすって……『神の欠片』でそんなことができるのか?」

「ああ。まだ俺もレイニールも、直接サーヴェルト様に会ってないから賭けでしかないが……」


 法術も駄目、魔術も駄目。

 ローディスとイリアの魔法では、サーヴェルトの眉ひとつ動かすことはできなかった。


 それならば魔法ではない『神の欠片』ではどうか?


 すでに四日も目覚めないサーヴェルトは、回復の法術で身体の機能こそ保たれてはいるが、少しずつ体力は削られて衰弱してきている。


 このまま目覚めなければ、サーヴェルトの身体はゆっくりと死に近付いていってしまう。ならば、少しの望みがあるものを試すのみ。


 そして、本部のミルズナの研究報告もされているレイニールの能力ならば、様々な応用ができるとリーヨォは考えていた。


「こいつが使う『感情の檻(エモーション)』の能力は、寝ている相手にも有効だそうだ。そうだな例えば…………おい、レイニール」


 リーヨォはレイニールの方を向き、ちょいちょいとソファーで寝ているリィケを指さす。レイニールはこくんと頷くと、リィケの傍にしゃがみ込みその額に人差し指を軽く当てる。


「すぴー……」

「………………」


 パリッ……


 レイニールの指先に微かな紅い光が走った。


 その光がリィケにまとわりついた途端、


「――――――うに゛ゃあっっっ!?」

「えっ!?」


 リィケはビクンッと身体を揺らしたあと、弾かれたようにソファーから転がり落ちた。

 痛覚はないので痛くはないだろうが、驚いた顔で床に座ったまま固まっている。


「……ひゃうぅ…………び、びっくりした……」

「リィケ、大丈夫か? 一体何が…………」

「“恐怖”の感情だ」

「え?」


「余の『感情の檻(エモーション)』は、余が知りうる限りの“仮の感情”を相手に反映させることができる……」


 リィケを床から引っ張り上げながら、レイニールは淡々と説明を始めた。


「今のリィケは普通に寝ているだけだった。だから、極々薄い“恐怖の感情”を与えて揺さぶりをかけた」


「恐怖を与えるって…………そんなことして、リィケはなんともないのか!?」

「お父さん、僕なんともないからっ……」


 レイニールの言葉にルーシャが顔色を変えた。

 ルーシャがレイニールに少し怒りを向けていたが、子供に“恐怖”を与えられたと聞けば、親としては当然の反応だろうとリーヨォもライズも黙っている。


「ふむ……“恐怖”と言ってしまうと物騒ではあるか。そうだな…………………………」


 レイニールはひとりで考えに没入し、しばらくして小さく頷く。


「今のを例えて言うのならば……うとうとと寝ている時に、階段を踏み外す夢を見てガクッと起きる感じ…………だろうか?」


 わかりやすく説明するために黙っていたようだ。

 あまりに庶民的な例えに、ルーシャはきょとんとしてしまう。


「へ? そんなレベル……?」


「いや、あれ軽く悪夢だろ。俺はよく居眠りしてる時にイスからひっくり返るし……」

「焦りますよね……あれ」

「さっきはびっくりして起きちゃった」


 全員がウンウンと頷いた。


「だけど、そんなことでサーヴェルト様が起きるのか? 相手は魔法が効かないから、最後の頼みで『神の欠片』を使おうとしているんだぞ?」


 今のはほぼ物理的な起こし方に近い。

 リーヨォはレイニールに具体的な案を尋ねた。


「いや……今のは普通に寝ていた場合だ。患者に別の者が神の欠片を行使していた場合は、それによって与える“感情”を変えて起こせばいい。もしくは、同じ『感情の檻(エモーション)』を使われていた場合は、単に能力を『解除』すればいいだけ……」


「同じ能力……」

「……………心当たりがあるようだな?」


 呟いたリィケをレイニールはじっと見詰める。

 まるで考えを見透かされたようで、リィケは困ったような顔で下を向いた。


「その……レイニールと同じ『神の欠片』を使う子が……」

「……………………『ロアン』という者か?」

「え……?」

「そのロアンという者が、余の身体を持っているのだな?」


「「っっっ!?」」


 ルーシャとリィケがリーヨォを方へ同時に振り向く。リーヨォは驚いた顔で手や頭を横に振った。


「もう教えたのか? まだよく分かってないのに?」

「誤解だ! こいつにはまだ何も言ってねぇぞ!? そもそも俺も分からないものを、身内にだってペラペラ話さねぇからな!!」

「じゃ……じゃあ、なんで……!?」


「…………兄上やお前たちの会話の端々……これまでの余が見たもの…………それらの総合で推測した。それらは後に詳しく聞くとして、今は病院へ行くのだろう? ほら、早く行くぞ」


「「「………………………………」」」


 スタスタと廊下へ歩いていくレイニール。

 リーヨォが片手で額を押さえて、苦虫を噛み潰したような顔をする。


「だから……あいつの前では下手なことは言えねぇんだよ……」

「………………そうだな……」


 ルーシャたちは肝に銘じておくことにした。




 …………………………

 ………………




 病院へ着くと、建物の入り口ではアルミリアが待っていた。


「おはようございます、皆さん。そうですか…………あなたが……」


 アルミリアはレイニールの正面に立ち、深々と一礼をする。


「こちらからご挨拶が出来ずに申し訳ございません。私は【聖職者連盟】トーラスト支部支部長、アルミリア・M・ケッセルでございます……」


 周りにはルーシャたち以外は誰もいなかったが、アルミリアはレイニールの素性がわかる言葉を使わなかった。


「いや、余が動けるまでは、何人(なんぴと)も研究室への出入りを禁止していたからな。こうして話せるだけでも嬉しく思う。それよりも……余ができることがあるのだろう? 案内してくれるか」

「はい。感謝致します……」


 もう一度頭を下げ、すぐにレイニールをサーヴェルトの所へ案内する。




「なるほど……ずいぶん深く眠っておるな……」

「…………寝息は聞こえるのですが、寝返りもなく指も動かないのです」


 ベッドの上のサーヴェルトはまるで人形の様だ。レイニールが彼の頬や首元に触れるが何の反応もなかった。


 昨晩、ルーシャも少しだけサーヴェルトを見舞ったが、そこから時が止まったように何も変わっていない。


「おじいちゃん、ずっと寝てるの?」

「えぇ。こんなにじっくり寝顔を見るのは初めてだわ……」


 弱々しい皮肉を聞きながら、レイニール以外は病室の入り口で佇んでいた。


「で? どうなんだ、レイニール?」

「…………確かに、これは神の欠片だ……余と同じ『感情の檻(エモーション)』で間違いないだろう」

「それじゃあ……やっぱり、ロアンが……?」


 サーヴェルトを眠らせた犯人がロアンだと確信したリィケは、泣きそうな表情でルーシャの服の裾を掴む。


「まだわからないだろ? じいさんが起きたら聞いてみないと。な?」

「うん…………」


 不安そうにする周りをチラリと見回して、レイニールは再びサーヴェルトに視線を落とすとその額に手をあてた。


「魔法ではないということで目覚めが遅くはなったが……これが神の欠片ならば、余がすぐにでも解除ができる。早速始めるが……いいか?」

「はい。お願いいたします……」

「……………………」


 レイニールは黙って頷く。


 パリッ…………パリッ、パリパリッ……!


 しばらくすると静かな部屋に小さな破裂音が響き、それはだんだんと音を増やしていった。


 バチンッ!!


 一段と大きな音がすると、その後は何もなかったかのように静まり返る。それが終わりだったのだろう、レイニールが立ち上がって入り口にいた全員の方を振り向いた。


「…………終わった。まもなく目を醒ますはずだ」


 バタバタとサーヴェルトの周りに集まり、彼の寝顔を固唾を飲んで見詰めていると……


「…………う…………」

「あなた、あなたっ……!」


 小さく唸り覚醒しかけているサーヴェルトに、アルミリアは肩を叩いて呼び掛け始める。

 ゆっくりと目を開けるサーヴェルトは、最初にアルミリアをしばらくぼう然としたような顔で見ていた。


「………………ミリア……か?」

「はい…………私です……」


 二人の分かりきった質問と答えを聞きながら、ルーシャたちは安堵のため息をもらす。

 二、三言アルミリアと言葉を交わしたサーヴェルトは、ぐるりと部屋を見回して最後にルーシャに視線を合わせた。


「……ルーシャ、お前……王都にいたはずなのに……」

「じいさんが倒れたと聞いて、昨日帰ってきたんだ」

「そうか。俺はどのくらい寝てた……?」

「…………四日ほどだ」

「………………………………」


 まだ頭がハッキリとしないようで、何かを考えるために黙り込んだように見えた。

 サーヴェルトが黙っている間、アルミリアは改めてレイニールに頭を下げる。


「ありがとうございます……なんと、お礼を言えばいいのか…………」

「いや、余にできることがあっただけで良い。それに………………すまぬ、余は少し部屋を出ている。ゆっくりしてくれ」

「あ、待って! じゃ、おじいちゃんまたね!」


 レイニールは一礼すると、何故か慌てたように廊下へ歩いていく。それをリィケも追い掛け、あっという間に角を曲がって見えなくなった。



「じゃあ、俺たちも一度連盟に戻ることにするか。支部長、あとはよろしくお願いします」

「ええ。ありがとう、皆……」


「あぁ。じゃあ、オレはまた夕方に来るから…………」

「支部長、サーヴェルト様、失礼致します」


 ルーシャたちもレイニールを追って退室しようとした時、サーヴェルトがルーシャを呼び止める。


「ルーシャ……」

「…………何?」

「すまないが、次に来る時はお前一人で来て欲しい」

「え?」

「『あの子』のことで話がある……」


 言葉を濁したが、それがリィケ……もしくはロアンのことであるとルーシャは瞬間的に悟った。


 彼はルーシャがマルコシアスに言われたことの意味を知っているのだ。


 ――――『リィケとはどこの子供か?』


「…………解った。仕事を終えたら必ず来る」


 振り向かずにそう言い、病室を出て病院の入り口へリーヨォたちと向かうと、そこでレイニールとリィケが待っていた。


「良くやったなレイニール! 帰ったらさっそく、お前の顔も造ってやらないと。病院以外じゃ、その包帯ぐるぐる巻きの顔は目立ち過ぎる」


 リーヨォはくしゃくしゃとレイニールの頭を撫でるが、特に嫌がる風もなく撫で回しているリーヨォを見上げた。


「…………兄上」

「なんだ?」


「兄上は余の身体を使っているかもしれない、その『ロアン』という者がどんな人間か、知っているのですか?」

「え……」


 レイニールの質問に、リーヨォだけでなくルーシャたちも固まった。


「俺は……会ったことないからわからねぇな。報告書で確認できることだけだ。知りたいなら、あとで資料を…………」

「その者はどんな境遇に置かれて、()()()()()()()()()のだろう…………」

「レイニール……大丈夫?」


 リィケは微かにレイニールの声色が震えているように感じた。


「どういう意味だ…………?」

「サーヴェルトに掛けられていた“感情”を取り払った時に感じたのだが…………その…………」


 言葉が詰まったように、すんなりと出てこない。


「感情自体が『何も無い』というものだった。普通、人間ならばそんなことは…………ありえない」


 病院の入り口にはぽつりぽつりと人が増え始めている。


 その人々のざわめきが耳に入らなくなるほど、ルーシャたちはレイニールの言葉を図りかねて立ち尽くしていた。






次回で本編の四章が終わりです。

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きしかわせひろの作品
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不死<しなず>の黙示録
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